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行こう、城塞都市! 中世料理2

 給仕たちの配膳が終わると、テーブルに囲まれた真ん中の開けた場所では、道化師によるジャグリングが始まった。ハイテーブルから投げ込まれたカップを受け取って加えた時にはわあっと声があがる。
 手を滑らせて小道具がテーブルに飛んだりしたら大変なことになりそうだが、そこはプロの仕事。最後には脱いだ帽子を持ってすべての小道具を収め入れ、領主から受け取った木製のカップだけを後ろ手でキャッチしてから大きく掲げてみせた。
 そのカップに、少し離れて立った給仕がふくらんだ革袋で水鉄砲のように狙い、水割りのワインを注ぐ。
 どちらも大きな喝采を浴びて一礼した。

 長テーブルの下手側では、伏せたカップを使ったあてものも始まった。楽師による演奏も続いている。(ディナーコースが終わるまで休みなく演奏を続けるとしたら、見習い楽師はあまりおいしい仕事とは言えないんじゃないかな、とキャットは思った)
 
 そんな賑やかな空気の中でまずチップが、続いてキャットとハーヴェイも大皿から各自のトレンチャーに料理を取り分けた。ここで使うトレンチャーはパンではなく金属のプレートだ。おそらく(あまり実感はわかないが)各自に食器が用意されるというのは贅沢なもてなしなのだろう。

 豚と鶏のモートローズというのは、スパイスの効いたひき肉のシチューらしかった。
 取り分けたスプーンをパンで拭ってから、そのパンで更にトレンチャーを拭ってそれぞれがまずひとくち食べてみた。

「シチューのわりに意外とあっさりしてる。バター風味じゃないからかな」
「これルーのかわりにパン粉でとろみをつけてるんだよ。留学生の交流会でこういう味のもの食べた気がする。自分で作るならもうちょっと味つけ変えたいけど」

 豆さやパイは、手でつまんで食べられる大きさだった。
 これもサレットのように形状からつけられた名前らしい。中身は豆と全く関係がないドライフルーツだった。

「スパイスが効いたシチューとの味の対比と、皮の食感がいいね」
「へぇ、甘いんだ。意外。これ屋台で売ったら売れるかな、ちょっと味がくどいかな。でもこの頃は揚げ物って高級料理なんだっけ?」

 鮭のサレットは、見た目も綺麗だが味の方もなかなかだった。
 スナック以外の手食は離乳食以来という客も多いようだ。鮭は焼いてあったが、弾力のある切り身を手でつまむという行為に広間のあちこちから嬉しそうな悲鳴が上がっている。
 大人だけの食事だからまだこの程度の騒ぎで済んでいるといえばいいのか、大人だけだからこそ大人ぶるのをやめて遠慮なく騒いでいるといえばいいのか。
 この錬金術城塞(オルチャミベリー)の、大人向けエリアをあえて訪れている時点で彼らが冷静かつ成熟していると言いがたいのは明らかだ。
 そんな周囲の騒ぎと比べたら、三人の席は静かなものだった。

「ほぼサーモンマリネ」
「うん。下の玉ねぎが美味しい」
 このふたりにとっては一口大に切り分けて味付けをされ、調理され、野菜を添えて盛りつけ給仕された焼いた魚は充分に文明的であり、なおかつ、自分で釣り上げたり罠に追い込んだ生きた魚に比べたら動くわけでもない。騒ぐ理由がなかった。

 スミレを口に運ぶハーヴェイはなんだかしおらしい様子だった。
「……俺この皿が一番好きだ」
 もし彼に双子の妹がいたらこんな感じだろうか。
 意外にも自由人のハーヴェイは、味の好みにおいてはがちがちの保守派だった。

 他のテーブルの料理の残り方を見たところ、だいたいハーヴェイと同じような評価をしたらしくモートローズはどこでもあまり進んでいないようだ。
 豆さやパイも甘いせいかべったりした食感のせいか、男性にはあまり受けが良くないらしかった。

 そんな中でチップとキャットは中世人の味覚に敬意を表しつつ順調に料理を平らげていた。
 キャットが嬉しそうに嘆いた。
「いいけど床に投げるものが全然出てこない!」
 チップがにやりと笑う。
「次あたり、お待ちかねの肉が出てくると思うよ」

 チップの言葉に合わせたように、いつの間にか増えていた楽師が太鼓を鳴らした。
 詩人が広間の真ん中に出てきて告げた。
「皆様はご存知でしょうか、天国に近い空を飛ぶ鳥は貴人の食事にこそふさわしいとされ、種類によっては下々の者が口にすることが許されないことを。
 今宵、領主の宴にいらした高貴な客人のため用意されたのは邪悪な蛇を喰らうという清らかな鳥、クジャクです」
 入口に近い席から歓声、もしくは悲鳴が上がった。

 歓声と、楽師の奏でる音楽をバックに数人がかりで運ばれてきたのは、(たぶん)剥製の首と、大きくひろげた尾羽で飾られた、大きな鳥の丸焼きだった。
 ハーヴェイが抑揚の消えた声でつぶやいた。
「うわあ」
 キャットも声を上げた。
「エスニックフード来たぁ!」
 チップが訂正を入れた。
「外来の鳥ではあるけど、エスニックフードというよりむしろ忘れられた伝統食かな。昔はクリスマスに騎士があの丸焼きに手を添えて誓いを立てたらしいよ。酔っぱらって大げさな誓いを立ててそれに縛られるとか物語の定番だね」

 ハイテーブルに座った騎士のひとりが指名され立ち上がり、肉を切り分けていく。
 切り分けた肉はいくつもの皿に分けられ、一番いい部分はもちろんハイテーブルに、他の部分が客たちに順番に配られた。
 クジャクがいくら大きな鳥でも、ひとりあたりの量にするとほんの数切れだ。安いチキンサラダの上に気持ち添えられたくらい。
 その横にまた別の、おそらく鶏のローストらしい肉がたっぷりと添えられた。安い食材でかさましするのは昔からの伝統なのか、クジャクを食べられない高貴な客人以外にふるまうためなのか。
「どれくらい?」
 ナイフを手にチップが訊いた。
「俺はクジャクはいい」
 首を小さく何度も横に振るハーヴェイを、チップはあおったりからかったりしなかった。食の好みというのは誰にでも多かれ少なかれあるし、無理にそれを勧められては食事の場が楽しくなくなる。このあたりはさすがに他人と食事をする機会が多いだけのことはあった。
「両方普通に食べる」
 キャットが元気よく答えた。
 一緒に配られた白っぽいソースをつけて、キャットはまず初めて食べるクジャク肉を口に入れた。
「あ、思ったより美味しい。でもこれってソースが美味しいのかも」
 チップも同じようにして肉を口に運ぶ。
「うん、このソースをつけると食べやすい。甘酸っぱさにショウガが効いてるね」
「チキン美味い……肉の味がする……美味い」

 会話の間に他の料理も運ばれてきた。
「鱈(たら)とフルーツのパイと、牛リブのワイン煮です」
 鱈とフルーツのパイは丸くて、上にかぶせた皮にオルチャミベリーの紋章が焼きつけられていた。牛リブのワイン煮の方も美味しそうな匂いをさせていた、が。
「骨がない!!」
 期待を裏切られたキャットが叫ぶ。
 さっき切り分けてもらったクジャクと鶏の肉も骨のない部分だった。
 チップが苦笑しながら恋人を慰めた。
「骨付き肉はもうちょっと庶民的な店じゃないと出ないんじゃないかな。そうでなければここより二百年ばかり前の時代設定の、もっと野性味あふれる店か。宮廷料理だし、手だけで上品に食べられるような調理法になっている気がするよ」
「しまったぁ」
 キャットが痛恨の声をあげた。

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