004◆ロビンと僕(直接ジャンプ ) シリーズ目次 サイトトップ
 
5.
「なんて無茶をするんだ、ロビンっ! 危ないじゃないか!」
 自分で呼びつけておいて悪いとは思ったが、言わずにはいられなかった。それなのにこの小娘ときたら。
「大丈夫だよ。だって私、幸運の星の下に生まれたんだもの」
「相変わらず生意気なガキだな」
 そう言って僕はロビンの頬をむにっとつまんだ。懐かしい感触だった。ロビンが変わってしまったんじゃないかと、僕は密かに恐れていた。でもロビンは相変わらず、元気でおしゃべりで人懐っこくてちょっと生意気なままだった。嬉しくてついからかってたら僕にくってかかった。
「ガキじゃないったらっ!」
「ああ、懐かしいな。君にそうやって怒鳴られると島に戻ったみたいだよ」
 笑ってたけど、僕は本当は少し泣きそうだった。君が元気なら大丈夫。僕はもう少し頑張ってみるよ。
 前の座席からエドが秘話ガラスをノックした。そろそろ戻らなきゃいけない。それに弟は僕がロビンと二人きりで話しているのが不満らしい。
「そろそろ行かなくちゃいけないみたいだ。ごめんね突然訪ねたりして」
「ううん……会えてよかった」
「君が元気そうで安心した」
 ロビンが眉根を寄せ、僕の袖を掴んだ。答えるまで離さないというように力を込めて。
「ねえ、元気なの?」
「うん、元気。ありがとう」
 君が元気だから、大丈夫。
 何を思ったかロビンが自分の鞄を開けて、一枚の紙を取り出した。
「これっ、あげる!ほら、数学。90点!」
 そういえば数学のテストの結果だけは教えてもらわなきゃなんて軽口を叩いた覚えがある。ロビンは覚えていてくれたらしい。
「なんで100点じゃないんだよ」
 そう言うとロビンが不満げに口を尖らせた。
「……教わってないこといっぱいあるんだもん」
「チャンスがあればまた教えてあげるよ。これは記念にもらっとく」
 僕がそう言った時、もう一度エドがガラスをノックした。本気でエドが怒り出す前にロビンを帰したほうがいい。
「じゃあね、ロビン」
 そう言って促すと、ロビンは何か言いたげな顔をしてから笑顔を作った。僕の手を一瞬だけ両手で挟んでから、自分でドアを開けて車を降りた。
 今の君の手が伝えたかったこと、ちゃんと分かってるよ。僕が君に会いにくるなんておかしいって、君は気付いてるんだよね。テストとぬくもりをありがとう。君は本当に時々聖母みたいになる。普段は生意気な16歳の小娘だけど。
「チップ!ほんとに信じられないよ!」
 ロビンと入れ替わりで、エドが後部座席に戻ってきた。
「進退問題であれだけ揉めてる時に、よく女の子と密会なんかする気になるよなっ!?」
「密会じゃないさ。お前だって弁護士だって同席してたじゃないか」
「またそんな詭弁を。何を貰ったの?」
「テスト」
「はぁっ!?」
 そう言ったエドに、ロビンから貰ったテストを見せた。エドは面白くもなさそうにちらっと見てから僕に返し、病院に戻るまでくどくどと僕に説教をした。エドは政治家になるべきだ。王族の政治参加が認められてないのが残念だ。
「チップ! ちゃんと聞いてる?」
 気をそらしていたのがバレて、またエドに怒られた。僕はロビンに会えて励ましてもらったことと、一瞬で覚えた携帯電話の番号(僕は数字を覚えるのが得意だ)だけでもう充分幸せだったから、エドのお説教は甘んじて受けた。
 
 それからはまた病院で軟禁の日々。ついでに毎日のカウンセリングと一日おきの事故調査委員会からのヒアリング。僕は気がおかしくなりそうになると、ロビンの電話番号を呪文のように唱えた。それから素数、それから円周率、それから対数、エトセトラ、エトセトラ。僕にとってそれらは全て意味がある数字だったが、ぶつぶつと数字を呟く姿は他の人からは奇妙に見えたらしい。後であれは怖かったと兄弟達から言われた。
 追求されていた主題は大きく分けて三つあった。ひとつめ、訓練船での事故は本当に事故だったのか。ふたつめ、無人島に漂着したというのは偶然の幸運なのか、あらかじめ自ら計画したことだったのか。はたまた誰かが何かの目的で連れて行ったのか。みっつめ、ひとつめとふたつめの出来事で僕はどう変わったのか。そしてその全てはそれぞれの人間により勝手に判定され、その結果によって僕は海軍に残るか除隊になるか決まり、王位継承順位第三位の王子としてふさわしいかどうかも決まる筈だった。更に言うとその判定は、僕の精神状態だけでなく、王子が海軍で活動をすることのメリットデメリットや、王室廃止論者の最近の活動や、僕の部隊の仲間たちの政治的傾向や、政治家同士の権力争いや、軍部と政府の権力争いや……もういい、とにかく様々な人や団体を巻き込んで水面下でさまざまな波紋を起こしていた。
 でもロビンが元気だから。僕に笑ってくれたから、僕は大丈夫。いっそ戻ってこない方が良かったなんて思わない。ロビンは戻らなくちゃいけなかった。だから僕も一緒に戻った。ついでにロビンは僕と勉強して数学で90点を取った。大丈夫、大丈夫。
 
 ある日ようやく全ての結論が出た。僕は負傷を理由に予備役になる。完全な退役ではないが、部隊に戻ることはない。友情を育んだ仲間達ともお別れだ。王位継承権は放棄する。つまり死ぬまで王家の宣伝担当として(多分時々は海軍の宣伝担当としても)働けということだ。あれだけ大騒ぎをした割には、今までと大して変わらない。それで済んで助かった。一昔前ならことを荒立てないために一服盛られてもおかしくなかった。この騒ぎで職を失った何人かからは多分殺してやりたいくらいに憎まれていることと思うが、僕にはどうしようもない。
「チップ。あまり力になれなかった、すまない」
 珍しく兄達が僕にそんなことを言ったから驚いた。
「アート達が謝ることなんて何もない」
「お前のためにできるだけのことはしたが、軍や政治の方には口が出せなかった」
「いいよ、そんなの」
「俺達に出来ることがあれば、何でも言って欲しい」
 下の兄のベンがそう言った。普段無口なだけに、ベンは僕のように口からでまかせを言うことはない。
「……ひとつ頼みがあるんだ」
 僕がそう切り出すと、兄達は少し顔を明るくした。
 
 僕はようやく病院を退院した。ずっと軍にいたから、自室に住むのは休暇以外では数年ぶりだ。
 部屋の電話を取り上げ、まだ一度も掛けたことのない番号をコールした。覚えた番号には間違いがないという自信があったけど、4コール目で出た声を聞いた時には鼓動が早くなった。
「やあ、ロビン」
「フライディ」
 抑えた声で返事をしたのは、僕のバディ、ロビンだった。
「また近くにいるの?」
「いや、今日は自分の部屋から。君は?」
「私も。自分の部屋」
 どんな部屋なんだろう、きっと女の子らしいものでいっぱいなんだろう。僕はそんなことを思いながら、用件を切り出した。
「あんまり時間がないけど、君に話しておきたいことがある」
 そう言って僕は、王位継承権を放棄することを話した。途中でロビンの声が途切れた。電波の状態が悪いんだろうか。聞き返すと思いがけずに鋭い声が刺さった。
「また事務官の人を代理でよこせばよかったんじゃない?」
 ロビンは僕に腹を立てていた。僕がずっと彼女に連絡をしなかったせいだろうか。いや、そもそも僕なんかがいちいち電話をするのをわずらわしく思ったんだろうか。僕と一緒にいたせいでずいぶん迷惑をかけたのに、僕はまだ彼女が、僕が落ち込んでいる時には支えてくれるって勝手に信じてたみたいだ。
 そして確かにロビンに言われたとおり、僕が彼女に電話をする理由は何もなかった。電話したのが、ただ僕が彼女と話をしたかったという理由で、電話の用件はただの口実だったことに僕も今更気が付いた。
「……そうか、そうだね。ごめんね、ロビン。じゃあ」
 僕は静かに受話器を置いた。それから内線で、今日は夕飯は要らないことを告げ、明かりを消してベッドにもぐった。ここは島じゃない。僕は一人じゃない。だからロビンがいなくても大丈夫。大丈夫。
 
to be continued ... 「ロビンと僕・6」
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