フライディと私シリーズ第四作
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(現代・外国・日常・20代男×10代女/原稿用紙19枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
 
1.
 その日僕は、イタリア製の赤いコンバーティブルで街を軽く流しているところだった。たまたま目の前を通過したシルバーのドイツ車に目がいったのは、弟の車と同じだったからというよりは虫の知らせとしかいいようがない。助手席に座る人影は一瞬しか見えなかったが、僕はすぐ追いかけて次の信号で隣に並んだ。軽くクラクションを鳴らすと、顔を背けていた人影があきらめたようにウィンドウを下ろした。
「キャット、今日は用事があるからって僕を断ったんじゃなかったかな」
 彼女の横でハンドルを握っていた弟のエドが代わりに答えた。
「別にチップに隠れてデートしてるわけじゃないよ。今からエリザベスのところに彼女を送っていくところだ。僕はただの運転手」
「ふぅん」
 僕は少し顎を上げるようにして彼女を見つめてから、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、その役目は僕が引き受けるよ。間違いなくベスの所に届けるから、おいでキャット」
 一瞬いやぁな顔をした彼女だが、信号が青になって後ろからクラクションを鳴らされているのに動かない僕を見て、小さく溜息をついてシートベルトを外した。
「エド、ごめんなさい。後で行くからってベスに伝えて」
「ああ、また後で」
 彼女が座ってシートベルトをかけたのを確認して、僕は車を走らせた。しばらく無言だったが、シフトレバーに乗せた手に彼女がそっと自分の手を重ねたから、じわじわと笑顔になってしまった。
「ロビン、会えて嬉しい」
「私も。フライディ」
 そう言って僕の恋人ロビン――本名はキャサリン、愛称はキャット――も微笑んだ。どの名前も彼女に似合っていて僕は気に入ってるが、二人の時はロビンと呼ぶことが多い。彼女も二人の時は僕をフライディと呼ぶことが多い。僕達の壮大なロビンソン・クルーソーごっこはまだ続いている。
「ロビン、せっかくだからちょっとドライブして行かない?」
「行かない」
「どうして」
「言ったでしょ。用事があるって」
「ベスに会いに行くんだったら、そう言ってくれたらよかったのに。そうしたらちゃんと僕が送り迎えしてあげたのに」
「だからー」
 ロビンは嫌そうな顔をして説明をした。
「フライディに頼んだら、ちょっとドライブしていこうとか、やっぱり今日は僕とデートしようとか、帰りは何時だとか色々言われてゆっくりできないと思ってエドにお願いしたの。やっぱり思ったとおりだったじゃない」
……君は歴代の彼女の中でもそっけなさではライバルの追随を許さないな」
「フライディが……
 ロビンが何事かぶつぶつと横を向いて言い終えた。僕はその脇腹をくすぐって、笑って息ができなくなったロビンが切れ切れのごめんなさいを言うまで許さなかった。が、そこまで言われては送らないわけにはいかないので、素直にベスの家にロビンを送り届けた。
「キャット、いらっしゃい。思ったより早く着けたのね」
「遅くなってごめんなさい、ベス。ありがとう、エド」
 ロビンは出迎えた二人に愛想よくそう返事をしてエドの手を借りて車から降りると、僕に向かってにっこり微笑んだ。
「じゃあチップ、送ってくれてありがとう」
 そして自分の恋人があまりに情けない顔をしたのを見て、ぐるっと運転席まで回ってから耳元で「帰るときに電話するね」と囁いて頬に軽いキスを落としてくれた。背中を向けた彼女をぼんやり見送った僕は、にやにやする弟の視線に気づいて表情を改め、前を向きその場を離れた。
 夕方になってから待ちかねた電話が来たが、「今日はベスの家に泊めてもらうことになったから送ってもらわなくても大丈夫」という内容だったので僕はまた粘って翌日午後に時間を空けてもらい、デートの約束をとりつけた。
(何故か僕、時々自分があまり愛されていないような気がする)
 さすがに七つも年下の恋人に向かってそんなことを訴える気はなかったが、電話を切った後で僕はうーんと悩んだ。
 彼女は名前のとおり猫みたいだ。自分がその気になった時しかすりよってこない。そう考えてから、でも、と続きを考えてにっこりした。
(でも、こっちが元気がない時にはそっと傍に来てくれるとこも猫みたいだ)
 自分がどうしようもなくロビンに甘いことは分かっているが、ロビンのことを考えるだけで心が温かくなるのは自分ではどうしようもない。
 
 翌日、僕はロビンを家(つまり王宮)に連れてきた。ロビンの家は車を飛ばしても片道二時間の隣国にあり、平日はロビンが学生なのもあって会いづらい。本当は週末はいつもめいっぱい一緒に過ごしたいけど、ロビンは休日には友達と会ったり自分のことをしたり、恋人と会う以外にもやりたいことが色々あるらしくて、やりたくない勉強もしなくちゃいけなくて、僕の願いはなかなか叶わなかった。おまけに最近はずいぶんベスと仲が良いみたいで、こっちに来てもベスと一緒のことが多い。ベスがロビンを泊まりがけで誘ってくれることには感謝しているのだが、二人だけで過ごす時間がどう考えても足りなすぎる。
「ロビン、昨日は何してたの?」
「秘密」
 ロビンは、本当に嬉しそうに満面の笑みでそう答えた。
「教えないとまたくすぐるよ」
「駄目。そんなことするならもう帰る」
……君はいつもそうやって僕を翻弄するんだね。僕にこんなに愛されてるのは世界中で君だけなのに」
 僕はそう言いながらロビンの手を握った。いたっ、と彼女が小さく悲鳴を上げた。僕は彼女の手を返し、手のひらに張られた血のにじむ絆創膏に息を呑んだ。
「ロビン、この手どうしたの?」
「テニスの練習で」
 そう言ったロビンの手に、傷を避けながらキスをした。手首にキスをするとロビンがびくっと身じろぎした。僕は今のキスが恋人に及ぼした影響を横目で眺めてから、最後に軽いキスをして彼女を解放してあげた。
「君のガッツはよく知ってるけどね、僕の大切な恋人の体をもっといたわって欲しいな」
「うん」
 ロビンが僕の肩に額を押し付けてきた。
「フライディ、大好き」
(ロビンはキス以上は許してくれないし、僕の甘い言葉は聞こえてないみたいに聞き流す。君がそっけないのは男女の仲に疎いだけなのか、ほんとは僕のことがそんなに好きじゃないのかって時々問いただしたくなる。それなのに僕はこんな風に額を押し付けられるだけでロビンに何も言えなくなるんだ)
 そんな贅沢な憂鬱に悩む僕の気持ちは、ロビンに伝わっているのかいないのか。すりよってきたロビンは幸せそうな表情で目を閉じていた。
 
 やがてすやすやと寝息を立て始めたロビンを起こせず、僕は2時間そのまま間抜け面でロビンを優しく抱きしめて過ごした。幸い僕にはこういう時の暇つぶしに絶好の趣味があるが、それにしても。
(こんな姿は誰にも見せられないな)
 ロビンはもう少し僕といることにときめいたり緊張したりした方がいいんじゃないかと思う。僕が安全であることを島で刷り込んでしまったのは失敗だったかもしれない。
 そう思う一方で、こんなに信頼して寝顔を見せる相手は僕だけだと考えるとつい微笑んでしまう。
 ……やっぱり僕はどうしようもなくロビンに甘い。
 
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