フライディと私シリーズ番外編その2
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(現代・外国・日常・20代男×10代女/原稿用紙9枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
 
「ロビン。今すぐ降りてこい」
 木の下から、フライディの声が届いた。ロビンはどうして見つかったんだろうとは思ったものの、降りるくらいならこのままてっぺんまで登ってしまおうかと梢を見上げた。
「ロビン。今すぐ・降りて・こい」
 単語ごとに区切るようにして、フライディが繰り返した。初めて会った三日前からフライディはふざけたりへりくだったり偉そうだったり様々な口調でロビンに話しかけてきたが、こんな言い方は初めてだった。ロビンはフライディの言葉に従って降りることにした。
 
 腕を組んで待ち構えるフライディの前にすとんと降りたロビンは、どうしたのと笑顔で問いかけようとしたが、フライディが感じの悪い笑い方をして言った。
「子どもじゃないって言ってるわりに、木登りなんかしたがるところをみるとやっぱりガキなんだな」
 先ほどの命令口調に続いて、ガキ呼ばわりされてロビンはむかっとした。
「いちいちガキって言わないでよ。そっちがおじさんなんでしょ?」
「ガキが嫌ならサルって呼ぼうか?」
「なんでフライディって失礼なことばっかり言うの? ちょっと木に登ってみたくらいでサルとか言われたくない。誰だってこれくらいの木登りできるでしょう?」
「サマーキャンプならともかくサバイバルでやることじゃない。うっかり手を滑らせなくても枝が裂けて落ちて、骨でも折ったらどうするんだよ。僕は骨つぎの技術なんかもってないからな。折れた骨がそのままくっついたらどうするか知ってるのか?いちど折ってから繋ぎ直すんだぞ」
 ロビンがいやぁな顔をした。
「そういうこと言わないで」
「運良く骨折を免れたとしたって折れた枝でざっくりいった傷なんか手当てするのはごめんだよ」
「やめてよ。気分悪くなる」
「僕だって言いたくないさ。しかも君は僕に呼ばれてから、いったん言うことを聞かずに上まであがろうと思っただろ」
「思っただけでやらなかったじゃない」
「でもちょっとはやろうとしてただろ。馬鹿じゃないのか」
「ねえ、ちょっと待ってよ。やらなかったことについて何でこんなに言われなくちゃいけないの?」
「木登りには必ず一定の割合で失敗の危険があるんだよ。数学の苦手な君に確率の問題を解けって言っても無理かもしれないけどね」
「だからなんでそんな嫌味ったらしい言い方するのよ。今日のフライディものすごく感じわるーい」
 二人はそのまま無言でフルーツの夕食を摂り、ロビンはその後フライディからうーんと離れた場所に横になった。フライディに背中を向けて目を閉じたものの、ロビンは腹が立って腹が立ってちっとも眠れる気がしなかった。それに暗くて他にやることがないから横になっているしかないとはいえ、家にいた頃ならまだまだテレビを見たり音楽を聴いたりしている時間だ。
(なんでああいう言い方するかなぁ。あんな風に怪我の話をしつこくすることないじゃない。だいたい、心配のしすぎだよ。私、木登りで落ちたことなんてないのに。人のことをすぐガキとかサルとか言わないでほしいよ。私が馬鹿なのだって言われなくても分かってるよ。どうせ数学できませんよーだ。ああーむかむかする……
 
 辺りはもう暗闇に包まれていた。元々なにもない場所で寝ているので目を凝らしてもほとんど何も見えない。
 
(ひとりで寝るの、初めてだ)
 
 明かりのないこんな場所で、今晩はこのまま一人で寝ることになるんだろうか、そう思ったら急に不安がこみ上げてきた。
「ロビン」
 フライディが向こうからロビンを呼んだ。ロビンは寝返りをうったが、暗くてよく見えなかった。
「フライディ」
 ロビン自身も驚くほど頼りない声だった。返事の代わりに足音とともにフライディの気配が近づいてきた。傍に座ったらしく、すぐ横の床に近い位置からフライディの声がした。
「ねえ、ロビン。ケンカを翌日に持ち越すのって気分悪いよ。仲直りしない?」
「ケンカなんかしてない。フライディが一人で怒ってた」
―― 君みたいなガキに下手にでたのが間違いだった。分かった。じゃあ今日は気分が悪いまま一日を終えることにする。おやすみ」
「待って」
 ロビンが手を伸ばしてフライディの腕に触れた。
「行かないでよ」
「行かないよ。大丈夫」
 ロビンが触れた腕と反対の手が、ロビンの手をぽんぽんと軽く叩いた。
 
「ねえ、なんであんな嫌な言い方したの?」
「僕は……君の身の安全を図るのは自分の義務だと思ってる。君はそうは思ってないだろうけど。自立心旺盛なのは悪いことじゃないけど、たとえ理不尽に感じたとしてもああいう時だけは僕の言うことを聞いてくれないか。僕は年上だし軍のサバイバル訓練も受けている。別に君に意地悪しようとか威張ろうと思って言ってるわけじゃない。
 君はこの島に辿りついてすぐ僕に会ったからたいして危機感がないだろうけど、食べ物を捜せるのも水を飲めるのも、君が潜水病にもならずに自由に体を動かせる状態でここに辿りついたからだ。幸いここには危険な生物もいない。必要もないのにわざわざ危険を冒すのはやめてくれ。退屈してるのは分かるけど、暇さえつぶしていればいつか戻れるんだ。できればこの島を離れるまでにひとつの怪我もさせたくない。
 君の行動を一から十まで制限するつもりはないけど、できるだけリスクは避けて欲しいんだよ。僕がフォローしきれないこともある。自分でもよく考えて、気をつけて行動して欲しい。熱を出した時に分かっただろう? いったんことが起きてしまえば、ここで僕が君にできることはあまりないんだ」
 フライディの口調には最初いらついた様子がかすかに残っていたが、その言葉からは驚くほどの優しさが感じられた。ロビンは何だか申し訳なくていたたまれなくなった。あんな嫌な言い方じゃなく、あの場でこんな風に言ってくれたら私にだってちゃんと分かったのにと思う反面、大人の男の人からこんな風に真剣に話をされることに何ともいえない居心地の悪さを感じていた。
 フライディのふざけた喋り方には腹を立てることも多かったが、そのおかげですごく話しやすかったのだということに今やっと気付いた。ともかく今は素直に謝るしかなかった。
「ごめんなさい」
「僕も言い方が悪かった。でもまあ単調な日々の彩りにはなったよね」
 フライディの顔は見えなかったが、きっとあの人の悪そうな微笑を浮かべているんだろう、とロビンは思った。謝罪を受け入れてもらえたこととフライディからも謝罪があったことで、ロビンがほっとした次の瞬間、フライディが口調を変えて続けた。
「それに、あの木は登ってもたいして面白いものは見えないよ。海岸沿いのマングローブに遮られるから海は見えない。マングローブを眺めるために怪我するなんて馬鹿らしいだろ?」
 
 ロビンは妙に静かな声で呼びかけた。
……フライディ?」
「何だよ。僕はちゃんとリスクを計算した上で、必要があったから登ったまでだ。君みたいに考えなしに登ったんじゃ……やめろよっ、蹴るなよ。やっぱり子どもは寝相が悪いな」
「もうっ、もうっ……もおーっ!! やっぱり悔しいーっ! ムカつくーっ! 避けるなーっ!」
 
 こうしてロビンのサバイバル三日目は更けていった。
 
end.(2009/06/13)
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時系列続き(並列含む) 本編→004◆ロビンと僕
 
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