フライディと私シリーズ第十作
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(現代・外国・10代女×20代男/原稿用紙19枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
 
【 I 】
1.
 大学のカフェで友達を待ちながら、キャットは一人で難しい顔をしていた。難しい顔の原因は後ろの席の学生達の会話だ。 彼らは学内報に載ったチャールズ殿下の理事就任挨拶をネタに先程から無責任な噂話に興じていた。
「何か勘違いしてるよな。こんな写真でまで格好つけて」
「王子じゃなきゃ全然大したことないのにな」
「税金で楽して暮らして、いい気なもんだよな」
 
(フライディは王子じゃなくたって凄い人なんだから。難しい数学の問題の世界で一番スマートな解き方を知ってるし、サバイバルもテニスも上手いんだから。ただ遊んでるんじゃなくて色んな団体を支援するために公務でやってることも多いんだし、アートは忙しいしベンとエドは喋るのも目立つのも好きじゃないからって皆のために……)
 
 その後、話が女性関係の品のない方向に流れ、キャットは憤慨に恥じらいが加わって顔を赤くした。
「やらしい奴だな」
 いきなり現れたリックがキャットに向かってそう言うと、断りもしないで隣の椅子に座った。
「何よいきなりっ」
「盗み聞きして一人で赤くなって」
 言われてみると確かにその通りだったので、キャットは反論できずに黙り込んだ。
「まともに聞くな。あんなの平民のやっかみだ」
「だからあなたのそういう言い方は気に入らないってば」
「多く与えられた者にはより多くが求められる*1ってことも分からずに、与えられたものだけをうらやんで好きなこと言ってるんだ。だから平民は嫌なんだ」
 言い方はどうかと思うが、どうやらリックは一緒に憤ってくれているのか、そう気付いたキャットがリックを見つめた。 リックはいつもよく見せる不機嫌そうな表情だった。
「あなたと気が合うとは思わなかった」
「殿下のことを悪く言われるのが嫌なだけだ。お前なんかと気が合うか、だいたいお前も平民だろう」
「はいはい。そうだよね。私の勘違いでした」
 キャットはそう答えて横を向いたが、もしかしてリックも他人から(言い方は気に入らないが平民から)やっかまれて悪く言われることがあって、それでいつもあんな言い方をするんだろうかとふと思った。そして改めてリックに向き直ると笑顔で言った。
「ねえ、リック、私のことはキャットって呼んで。お前とか平民とかじゃなくて」
「リチャードだ」
 キャットから差し伸べた和解の手を払うようにして、リックはそっけなくそう答えた。 あまりに徹底した嫌な奴っぷりにキャットはおかしくなって声高らかに笑い出した。そこへローズ達が現れ、リックが入れ替わるように椅子から立ってその場を離れた。
「じゃあね、リック」
 笑いを含んだ声でキャットが背中からそう声をかけたが、リックは挨拶を返さなかった。
 
*1多く与えられた者には……;ノブレス・オブリージュという言葉の説明として有名な聖書の一節より
「すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される。(日本聖書協会『新共同訳 新約聖書』ルカによる福音書12章48節)」→リックの台詞に戻る
 
2.
 そんなことがあってからしばらく経ったある日のデートの帰りだった。
「どこかで子どもが泣いてない?」
 チップが運転しながら不意にそう言った。助手席のキャットが周囲を見回した。
「そう?」
 そう言ってキャットが見上げた建物の3階あたりの窓が赤く輝いていた。
「フライディッ!」
 キャットがチップを呼ぶのと同時にチップもその輝きを見つけていた。急ブレーキで車を止めたチップが、シートベルトを外しサングラスをダッシュボードに放り投げ、ドアを開けて走り出した。
「フライディッ!?」
「消防に連絡してくれ」
「待ってっ!」
「緊急車両の邪魔にならないように車を動かして」
 振り向かずそう言ったチップが建物の入口に着いたのを、キャットは動けないまま見守った。チップは入口の扉を開けようとして開けられず、何かを取り出した。と思ったら銃声が響いた。
 鍵を壊したチップが、扉の向こうに消えた。
 
 泣きそうになったキャットはようやく言われたことを思い出したが、歩道で興奮した声の通行人が消防に連絡をしているのを耳にして、動きを止めたまま全身で輝く窓を見つめた。
(早く、早く……!)
 小さな子どもを抱いたチップの姿が赤く輝くのとは別の窓に現れて、キャットは思わず嗚咽をもらした。チップは窓を開け、下までの距離を測るように見下ろした。まだ消防車は来ていない。
 キャットは嗚咽しながらシートベルトを外し、運転席に移った。そして無理やりチップから目を離してハンドルを握り、ブレーキを降ろしてからアクセルを踏み込んでやや乱暴にクラッチをつないだ。車は飛び跳ねるようにして走り始めた。
「どいて下さいっ!」
 そう叫びながら窓を見上げる通行人を蹴散らすようにして、キャットは窓の下に車を着け、一声叫んだ。
「フライディッ!」
 返事の代わりににこりと笑う顔が見えた。子どもを片手で抱いたチップはもう一方の手で一旦窓枠にぶらさがり、それからするりと落ちてきた。助手席に収まったチップに、真っ青になったキャットが訊いた。
「大丈夫っ?」
 チップは片手をさっき投げたサングラスに伸ばしながら、にやっと笑って言った。
「ロビン、君こそ顔色が悪いみたいだけど大丈夫?」
 その時ようやくサイレンを鳴らして消防車がやってきた。
 
3.
「まったく君ときたら。僕は緊急車両の邪魔にならないように車を動かしてとは言ったけど、火事の真下に車を動かせなんて言ってないからな」
「でも車がコンバーチブルでよかったね」
「それに君が免許を取った後でよかった」
 二人はそこで顔を見合わせて笑い出した。先程の興奮の名残か、お互いの言ったことが可笑しくてたまらなくて片方が笑いやむともう片方がまた笑い出すので、二人ともが笑いやむのにずいぶんかかった。
 
 あの後チップは通りすがりの者だと言い張って子どもを救急隊員に預け、キャットに車を出すように言って名乗らず強引にその場から立ち去った。硬い路面の代わりに高級車のシートに飛び降りたおかげで、幸いにも怪我一つしていなかった。代わりに犠牲となった本革シートにはチップの足跡がくっきり残っていた。チップはこすったら消えるんじゃないかと期待するようにシートを撫でたがまったく変化は見られず、肩をすくめるとキャットに笑いかけた。 
「車両担当が泣くな。ロビン、君はよくやった。君の機転がきいて助かった」
 キャットが嬉しそうな顔をしたところで、チップが急に厳しい顔をした。
「でも二度とやるな。君も危険だったんだぞ」
「フライディだって火事に飛び込んだじゃない」
「僕は予備役だけど軍人だからね。国民を守る義務がある。君はそうじゃない」
 そのチップの言葉に、キャットはさっきの光景を思い出した。どこからともなく現れた拳銃と、銃声。
「ねえ、ピストルなんて持ってたの?」
「ああ。護身用に持たされてる」
「知らなかった」
「小さい奴だから」
「撃てるんだ」
「僕が軍で水泳でも習ってたと思ってるのか? ……ウィリアム・テルみたいに君の頭の上のリンゴを撃ち抜くような真似はできないから期待するなよ。撃つ前に安全装置を外すのを忘れない程度の腕だから。今回は的が近くで良かったよ」
 チップはいつものようにふざけた口調でそう言ったが、キャットは笑えなかった。
「ねえ、フライディ」
「何、ロビン」
「またああいうことがあったら、またフライディは飛び込むの?」
「義務だからね。じゃあそろそろ運転代わるよ」
 チップが話題を変えるようにそう言って笑った。
 
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