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フライディと私シリーズ番外編その3
022◆エリザベスと僕( )
(現代・外国・日常・20代男×20代女/原稿用紙23枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
※旧「エドとエリス」を改題しました(2011/02)
 
【 1 】
1.
 今朝も食堂では兄のチップが新聞を読んでいた。他の家族はもうその日の予定に向けて行動を始めているが、チップは今日も暇らしい。ここ数ヶ月暇をもてあましている上に、二年近く家を空けた後でもあるので家にいてもなんとなく手持ち無沙汰な様子だ。
 そして家族の中でチップの次に暇な僕は、毎朝のように兄の暇つぶしに付き合わされていた。今朝も朝食を終えて紅茶のカップに手を伸ばしたとたんにチップに話しかけられた。
「今週末、ベスとお前は何か予定入ってる? 二人を誘いたいんだけど」
「エリザベスの予定は分からないよ」
「デートじゃないのか?」
「そんなに毎週は誘えないよ。しつこいと思われても嫌だし、エリザベスは人気者なんだから。だいたいその歳でそんなに毎日暇そうにしてるのはチップくらいだよ。そろそろ公務増やしたら? もう軍には戻らないんだろ」
「朝からやめてくれよ。お前の説教を聞くのは一週間に五時間までって決めてるんだ。今週のノルマはもう水曜日で終わってる」
 そんな風に思うなら毎朝毎朝僕に絡まないで欲しい。そう思っていたらチップが続けた。
「キャットとテニスをするんだけど、試合がしたいって言うから審判が要るんだ。お前に頼めたらと思って」
 チップは何でもなさそうに言ったが、僕はものすごく驚いた。
 
「そんなことにエリザベスを付き合わせるつもり? キャットってあの子だろ? エリザベスに会わせるの?」
「ベスもテニスが好きだからちょうどいいじゃないか。お前だってベスに会えたら嬉しいだろう?」
 チップはけろりと答えた。その態度に内心で強い憤りを感じた。あの時チップが抜け出すのを手伝ったことで、僕自身は未だにエリザベスへを裏切ったような罪の意識にさいなまれているのに。事故がチップのせいじゃないことも、婚約解消が王位継承権の放棄と関わっていることも、そのおかげで僕がエリザベスと付き合えていることも、そもそもエリザベスはチップと結婚するのが嫌でたまらなかったということも全部分かってはいるが、チップが婚約期間中ちっともエリザベスを大切にしていなかったことは事実だ。
「どんな顔してエリザベスを誘えるっていうんだよ。僕はエリザベスを誘うのには反対だ。というか僕から誘うのは無理だ」
 しかしチップは僕の意見になど耳も貸さずに、新聞を畳みながら命令した。
「じゃあベスには僕から訊いてみるから、どっちにしてもお前は付き合えよ」
 そして返事も待たずに、新聞を置いて部屋を出ていってしまった。
 
2. 
「エド、ベス。こちらが僕の最愛の恋人、キャットだ。キャット、エドとベスだ」
 チップは恥ずかしげもなくそう言ってのけた。キャットは赤くなったもののしっかり顔を上げてきちんと挨拶をした。
「はじめまして。キャサリン・ベーカーといいます。キャットと呼んでください。今日はよろしくお願いします」
「こんにちは。エドです。こちらがいとこのエリザベス」
「はじめまして、キャット。ベスって呼んでね」
 キャットは僕のことを覚えていなかった。以前会った時には紹介もされなかったし、僕が助手席、彼女が後部座席でほんの十五分ほど一緒にいただけだったから仕方ないかもしれない。でももちろん僕はよく覚えていた。あの時のキャットはジーンズをはいてバックパックを背負った、男か女かも分からないような姿だった。チップがわざわざ病院を抜け出してまで何でこんな子に会いに来たのかと不思議でたまらなかったし、彼女が車道に飛び出してそのまま突っ切ってきたことで正直に言えばあまり……いや、かなり印象が悪かった。
 今日の彼女はカジュアルながらもきちんとした格好をしていたし、口の利き方や身のこなしにも乱暴なところはなかった。僕はどんな一日になるのか密かに心配していたから、ちょっとほっとした。初対面の緊張が解けた後キャットはずいぶん口数が増え、話題や言葉の選び方から口と頭がよく回ることも分かった。
 
 が、周囲にはあまりいないタイプであることがチップとの会話から窺えた。
「迎えに行くのがどうしてそんなに嫌なんだよ」
「二時間もかかるなんて教えてくれなかったじゃない。今度から私が一時間前に家を出て電車で途中まで行くからそこで待ち合わせようって言ってるの。それなら会うのに二人とも一時間で済むでしょ?」
「いいや。これからも僕が迎えに行く。君のご両親だって絶対にその方がいい筈だしデートのために一人で電車なんか乗せられない」
「じゃあ私、十七になったら免許取って自分で運転して会いに行く。それならいい?」
 チップは海軍にいたから色んな階級の友人がいるし、きっと僕よりもっと彼女の言うことも理解できるのだろうが、僕にはキャットの理屈は全然分からなかった。キャットの周囲ではこれが普通なのかどうかも分からない。もしエリザベスが僕に同じことを訴えたとしたら――と考えてみたが、エリザベスがそんな提案をする様子はどうやっても想像できなかった。エリザベスと僕の間に、そういうギャップはない。ありがたいことに。
 
3.
 ウォーミングアップにチップと僕、キャットとエリザベスで組んで打ちあった。エリザベスがテニスをするところを見るのは初めてだったけど、いつもの淑やかな印象は崩さないままちゃんとプレーできるのがすごい。少し顔を上気させたエリザベスも綺麗だった。また一つエリザベスの素敵なところを知った。
 でもエリザベスがテニス好きだってこと、チップはどうして知っていたんだろう。途中まで学校が同じだったからだろうとは思うけど、二人には僕の知らない共通の思い出がたくさんあるのかもしれない。
 体が温まったところで、チップがそろそろいいかとキャットに声をかけ、キャットは真剣な顔で頷いた。
「キャット、頑張って」
 エリザベスの応援にキャットがにこりとした。試合中もエリザベスはキャットを応援し、ファインプレーに拍手を送った。
 残念ながら試合はチップが勝った。キャットは一ゲームも取れなかった。
「やっぱりグラスコートって難しいね、ハードコートとは全然違う」
 キャットは悔しそうというよりはむしろ嬉しそうにそう言った。
「一度グラスコートで試合がしてみたかったから、すごく楽しかった。ありがとう、チップ。エドとベスにもありがとう」
「僕も楽しかったよ。きみをやっつける機会なんてそれほどないからね」
 チップがものすごく腹の立つ笑顔でそう言って、キャットにボールをぶつけられそうになった。僕も笑って答えた。
「見ている方も楽しませてもらったよ」
 キャットのテニスは一生懸命で見ていて気持ちがよかった。サーブを決めた時の笑顔にはこちらも笑顔を誘われた。審判はもちろん公正にしたけど僕も心中ではキャットを応援していた。チップは年下相手でも手加減するようなタイプじゃないから(僕はそれをよーく知っている)最初から勝てるとは思わなかったが、せめて一ゲームでも取らせてあげたかった。
 一緒に笑っていたエリザベスも同じ気持ちだったらしい。意外なことを言い出した。
「キャット、今度うちに泊まりに来ない。うちのもグラスコートだから練習できるわよ」
「本当? いいの?」
 キャットが飛び上がるようにして喜んだ。エリザベスは笑っていた。
「ぜひいらして。私も卒業してからあまり機会がなくて久しぶりだったけど、やっぱり相手がいると楽しいわ」
「ありがとう。ベス大好き」
 キャットはそう叫ぶとぎゅうっとエリザベスに抱きついた。僕は(多分チップも)驚いたけど、エリザベスは笑っていた。
「僕も泊まりにおいでって誘ったら『大好き』ってハグしてもらえる?」
 チップが横からまんざら冗談でもなさそうに茶々を入れたが、キャットはためらいもせず却下した。
「駄目。女の子の家に泊まりにいくのと恋人の家に泊まりに行くのは全然違うもん。お父さんとお母さんだってきっと許してくれないよ」
 つまりチップはこういうところに弱いんだろう。そう思ってチップを見ると案の定、ものすごくしまりのない顔でキャットに見惚れていた。王宮への招待を『恋人の家だから駄目』だと断る子は多分初めてだと思うけど、本当にチップっていつもこういうクセのあるタイプが好きなんだ。
 
4.
 日が暮れてきた頃、キャットはチップに送られて帰ることになった。エリザベスと連絡先を交換し予定を合わせ、また近々遊びにくるらしい。チップはそこにデートを割り込ませようとして見てるこちらが恥ずかしくなるくらいに食い下がって、どうやら努力が報われたらしかった。
 僕もエリザベスを家まで送るため車を回してもらった。実際には歩いていける距離だけど、もちろんエリザベスを歩かせたりはしない。エリザベスと後部座席に乗り込んで、車が走り出したところで彼女が言った。
「もし――予定がなければこのまま家で夕食を召し上がっていかない?」
 思いがけない誘いに頬が緩んだ。
「もちろん、喜んで。伯父さんと伯母さんも一緒に?」
「父と母は今日遅いのよ。私と二人でもいいかしら」
 エリザベスは申し訳なさそうに言ったが、僕に不満のあるはずなどなかった。
 
 二人でテーブルを囲むと、今日は二人だけだしプライベートな食事だからとエリザベスが給仕を下がらせた。
「エリザベスと二人だとなんだか緊張するな」
 そういうとエリザベスがさっと頬を染めた。
「次はちゃんと両親がいる時に誘うわね」
「あっ、いや」
 そういう意味じゃなかった。外出する時も警護官がつくし家の中や学校内では他の誰かがいるから、本当に二人だけの時間はすごく少なくて、今ここで二人きりというのがすごく親密な感じで緊張する、でも嬉しい、ということをうまい言い方で言えなかっただけだ。ちゃんと言おうとするとこんどは過剰になってしまうし、エリザベスに何かを伝えようとするときにちょうどいい言葉が浮かんだためしがない。夜ベッドに入ってからああ言えば良かったこう言えば良かったと思うのだが、それを次のデートで生かせたためしもなかった。
 もっとチップみたいに歯の浮くようなことがいえたらエリザベスは喜んでくれるかな。軽薄ねって眉をひそめられてしまうかもしれない。エリザベスはやっぱりベンみたいに無口な方が好きなのかな。でも無口なのと説明が下手なのは全然違うような気もするし。
 そんな風に色々考えていたら会話が止まってしまった。場の雰囲気を変えるようにエリザベスが話しかけてくれた。
「学校は忙しい?」
「もうすぐ学会があるからその準備を色々手伝ってるけど、エリザベスこそ忙しいんじゃない?」
「新しい組織の立ち上げはどうしてもね。うるさい人達が関わっているから顔を立てるのが大変」
「大丈夫? 忙しいところをチップが無理言って誘ったんじゃない?」
「いいえ、そんなことないわ。今日は楽しかったわ」
 そう言って笑顔を作ってくれたエリザベスは、でもほんの少し元気がないように見えた。
 食事が終わるとエリザベスはテーブルの片づけを頼んで部屋を移り、食後酒を持ってこさせた。テニスは久しぶりだと言っていたから、そのせいで疲れたんだろうか。
 
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