フライディと私シリーズ第十二作
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4.
「そういうわけで、明日はケンとデートすることになったの」
 キャットはチップに話した翌週の土曜日に例の留学生、ケンと出かけることにした。金曜日になって翌日の待ち合わせを相談していたキャットとケンを不審に思ったローズに問い詰められ、キャットは放課後のカフェでローズとフェイスに事情を説明し終えたところだった。
「ばっかじゃないのっ、キャット! 『行っておいで』って言うのは『行くな』ってことじゃないのっ!」
 ローズがいきなり頭ごなしに言った。キャットの素直なところは友達として付き合うのには美点だが、そんな言葉の裏くらい読んでくれと思った。これだから友達としては放っておけないのだ。
 大学に入ってすぐの頃、ローズの友達はキャットのことを『よく一緒にいるあの感じのいい元気な子』と言った。しかし最近キャットは変わった。もしミス・キャンパスを選ぶとしたらおそらくキャットは今でも候補には挙がらない。でも以前に比べると見違えるほど綺麗になった。
 キャットが変わると周囲の男子学生の態度も変わった。まるでオセロゲームを見ているようだった。男っていうのはこれだからとローズをはじめとするキャットの友人は呆れつつ、以前と変わらず人のいいキャットが下心のある誘いにひっかからないよう目を光らせていた。しかし今回はケンにまんまと出し抜かれてしまった。
「私もやめた方がいいと思う」
 ローズとは違った理由でフェイスもそう言った。フェイスは以前からキャットに対するケンの気持ちに気付いていた。ケンは顔にほとんど感情が出ないので他に気付いた人がいるかどうかは分からなかったが、それはキャットが綺麗になるより前からだった。わざわざ誰かに言ったりはしていなかったが、まさかこんな風にデートの予定を聞かされることになるとは思わなかったので驚いていた。でもキャットの気持ちとケンの気持ちの重さはおそらく全然つりあってない、それが分からないキャットが親切心だけでデートするのはあまり良くないんじゃないか、とフェイスは思っていた。
 
 二人に止められたキャットはしばらく考え込み、やがて答えた。
「チップはよく嘘つくけど、そういう嘘はつかないと思う」
 チップとのやりとりを全て二人に言ったわけではないし、二人が言うことももっともだった。チップも行かせたくないと思っていたのは本人もそう言っていたから確かだが、だからといってキャットが知っているチップは、いやフライディは、『行くな』の意味で『行っておいで』と言うようなことはしないような気がした。
「どっちにしても私は行く。もう約束したことだし」
 
5.
 きっぱりと答えたキャットの顔をみて、ローズとフェイスは言いたいことを飲み込んだ。その代わりに、明日の予定を二人が交互に質問して、それぞれが思いついたアドバイスをしていった。地元っ子のローズがデートにふさわしい人気スポットを紹介し、フェイスは明日着る服のコーディネートを考えた。特にデートスポットについてはキャットもケンも留学生同士であまりこの辺りに詳しくないので、キャットはありがたくアドバイスを聞いてメモをとった。
 
「ありがとう。じゃあまた来週」
「うん、明日何か途中で困ったことがあったらいつでも電話して」
「ありがとう。じゃあね」
 手をふるキャットが声の届かないところまで離れたのを見送って、ローズとフェイスが同時に顔を見合わせた。
「明日」
「ええ」
「こっそりついていこうと思うの」
「私も行くわ」
 二人の気持ちは同じだった。ローズがアドバイスしたのはテーマパークや遊園地など人は多いが移動する範囲が限定される場所ばかり、フェイスが考えたコーディネートはキャットが持っている服の中で一番鮮やかな色をした遠目にも目立つ服。事前に打ち合わせもなく二人ともがそれぞれに勧めたことでお互いの意図に気付いていた。
「『行っておいで』なんてよく言えるわよね。私なら彼氏が他の女の子とデートするなんて絶対嫌。自信あるの? 格好つけてるの? それともほんとに平気なの? ああ、それにしてもケンのやつめ。調子に乗ったりしたら出てって邪魔してやる」
「キャットって強い相手には立ち向かえるのに弱い相手には何故か負けちゃうのよねぇ。何もないとは思うけど、万一何かあったらそばに誰かいた方がいいよね」
 友達のデートのあとをつけるなんて理由がどうであれ誉められたことじゃないことぐらいはどちらかが気付いてもよさそうなものだったが、二人とも自分達こそが正しいと信じて疑わなかった。
 
6.
「お待たせ、ケン」
「ううん、僕も今来た」
 土曜日の昼過ぎ、いわゆるおのぼりさんの集まる有名な待ち合わせ場所でケンとキャットは顔を合わせた。キャットはフェリスのアドバイスどおりの鮮やかな服で現れ、ケンはまぶしそうな顔でキャットを見た。
「今日はありがとう。本当は君が来てくれるかどうか心配だった」
「どうして? 約束したのに。今日はよろしくね」
 キャットがにっこりと微笑みかけて、ケンがはにかむような笑顔を見せた。
「どこか行きたいところある、キャット?」
「あのね、昨日ローズに聞いたんだけど近くの遊園地の新しいアトラクションがすごく面白いんだって」
「僕は今朝ニュースで見たんだけど、今日から動物園でゾウの赤ちゃんを公開するんだって」
「見たい! 赤ちゃん見たい!」
 キャットが目を輝かせた。
「場所分かる?」
「うん、調べてきた。地下鉄で1本だよ」
「じゃあそこに行こう!」
 キャットが元気よく言って、地下鉄の駅を目指して先頭を切って歩き出した。
 
「ちょっ、ちょっと! どうして地下鉄に向かってるの?」
「予定と違うわね」
 少し離れた場所で様子を窺っていたローズとフェイスがあわてて後を追いかけた。二人ともサングラスをかけて変装したつもりでいた。ちょっと振り返ればすぐ分かりそうな下手な尾行だったが、誰かが後をつけてきているとは知らないキャット達は地下鉄の入口を抜けプラットフォームに降りて、すぐに入ってきた電車に乗った。ローズとフェイスは階段の途中で呆然と立ち尽くして電車を見送り、そのまま駅に取り残された。
「うっそ、どうしよう」
「まだメールがあるわ」
 
 地下鉄から地上に上がったところで、キャットがメールに気付いた。
「ちょっとごめんね、見てもいい?」
「どうぞ」
 フェイスから届いていた『デートは順調? 結局どこになったの?』のメールに、疑いもせずにキャットは『動物園! ゾウの赤ちゃんを見にいくの!!』と返信した。
 
7.
「わー、ここの動物園初めて来たー」
 携帯をしまったキャットが大喜びでゲートを見上げた。
「動物好きなんだ」
「うん、ケンは?」
「好きだよ。家では犬を二匹飼ってる」
「いいなぁ。私の家は食べ物を扱ってるから、ペット禁止だったんだ。万一にも毛が入ったりしたらいけないからって。私も犬が飼いたかったなぁ」
「キャットの家って何を扱ってるの?」
「パン屋だよ。ケンの家は?」
「政治家」
「へえー。お父さんの跡を継ぐの?」
「うん」
 雑談を交わしながら二人はゾウの檻へ向かった。
 檻の前は、今朝のニュースを見てやってきた老若男女で混雑していた。前の方で歓声が上がるのでどうやら外に出ているらしいが、肝心の子ゾウは人の頭に隠れて全く見えなかった。ケンがキャットに訊いた。
「どうする、待ってみる?」
「そうだね、そのうち空くかも」
 キャットはそう答えながら、チップと一緒ならこんな時はいきなり猫でも抱くように片手で抱き上げられるだろうなと考えていた。ケンに抱き上げて欲しいというわけではない――もちろん、とんでもない――でも自分とそれほど体格も変わらないケンでは両手でも無理かもしれない、キャットはそんな光景を想像してにやりとした。
(チップとは動物園とかそういう人の多いところには来たことないな)
 言えば多分チップは連れてきてくれるだろうと思う。でもキャットは何となく人の多い場所にはチップを誘わないようにしていた。
(待ち合わせもしたことないなぁ、いつも迎えに来てくれるし。地下鉄に一緒に乗ったこともない)
 考えてみたらチップと過ごす時は二人きりの時もそうでない時もキャットの年齢では少し背伸びをした場所が多かった。
(同い年の男の子と付き合ってると、普段はこういうデートするんだろうな)
 キャットが物思いにふける間に少しずつゾウの前の人波からは人が抜けていき、気付いたらキャット達はゾウの檻のすぐ前まで出てきていた。
 
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