フライディと私シリーズ第十二作
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【 V 】 (直接ジャンプ 15. 16. エピローグ
 
15.
 翌日は前々からドライブに行く約束になっていたので、チップが寮までキャットを迎えにきてくれた。今日のキャットはチップに行き先を任せて助手席でくつろいでいた。天気がいい日にはいつもチップの車はお気に入りのコンバーティブルなので、スピードが出ている時は風の音でろくに会話もできないが、チップと一緒にいるだけでキャットは穏やかな幸せを感じ、時折チップの横顔を見ては自分では気づかずに微笑んでいた。
 やがて車が大きなカーブを曲がった。その先の景色に見覚えがあることに気付いたキャットが、驚いて声を上げた。
「フライディ? どうしたの?」
「たまには飛行機でも眺めようかと思って」
 空港についたチップは車を駐車場に入れ、助手席に回って降りるキャットに手を貸した。
「今日の昼に帰るんだろう、彼は」
「便名は聞いてないよ」
「直行便は一日何本もなかったよ」
 出国ゲートの前でチップと一緒に座ったキャットはそわそわとしてほとんど喋らなかった。チップも会話を弾ませようという気はないらしく紙とペンを取り出すと何やら考え事をしながら数式を書いては消していた。
 ほどなく、見覚えのある後ろ姿を見つけたキャットが釣り上げられたように立った。チップは椅子から立たずその場に残った。
 
「ケン」
 自分の名前が聞こえたような気がした時によくするように、ケンが自分ではないだろうという顔で振り向いてキャットに気付き、驚いて一歩後ずさりした。
「キャット?」
「お見送りに来た」
「一人?」
「ううん」
 ケンは誰と来たか尋ねなかった。分かっていたのかもしれなかった。
 
16.
「ありがとう。今日会えるなんて思わなかった。とても嬉しい」
「あのね……ごめんね」
 ケンが笑った。
「昨日もそう言ったね。どうしてキャットが謝るの?」
「私、色んなこと気付かなくて。力にもなれなくて」
 顔を歪めたキャットにケンが笑いかけた。
「謝られるようなことじゃないよ。きっともう会えないけど、僕も頑張るから君も頑張って。笑って見送ってもらえる?」
「うん」
 キャットが背中に力を入れて、極上の笑顔を作った。ケンは思わず口を開けぐっと拳を握り締め、それから笑いながら溜息を逃がして言った。
「君の笑顔が好きだ」
 ケンはそのままキャットの方を見ないで出国ゲートまで進み、一度振り返って、笑顔を浮かべたキャットに一度大きく手を振ってからゲートの向こうに消えた。
 
 キャットはそれからしばらく、ケンのいなくなったゲートを笑顔のまま見つめ続けた。背中の力を抜いたら泣き出しそうだった。しばらくたって、大丈夫、もう泣かない、そう確信できてからキャットはほっと息を吐いてチップの方を振り返った。
 チップは下を向いて紙に何かを書き加えていた。キャットが近づいていくと気付いてペンを止め、キャットを見上げた。
「見送りは済んだ?」
「うん」
 今回の件でキャットは自分が気付いていなかった色々なことに気付いた。ケンのことを思うと胸が痛んだ。もっと前に気付けていたら――それでもきっと動物園に行くくらいしかキャットにできることはなかったけれど。
 でもチップが気付いていて行かせてくれたこと、今日ここに連れてきてくれたこと、何よりも『行っておいで』がやっぱり『行くな』じゃなかったことが分かって、実のところキャットは今すごくすごく幸せだった。
「フライディ、世界一愛してる。今度一緒に動物園に行こうね」
 キャットは胸が一杯になってそう言った。なのにチップは動物園と聞いたとたんに声を立てて笑い出した。
 
エピローグ
「いいよ。君の友達のローズとフェイスも誘って行こう」
「どうしたの、フライディ? なんで笑ってるの? どうしてローズ達が出てくるの?」
「留学はいろいろ大変なんだって自分で言ってたじゃないか。君の力になってくれる友達に、僕から日頃の感謝を込めて招待させて欲しいな。そうだ、動物園に行ったら君達に動物フレームのサングラスをお揃いで買ってあげるよ。君にはヒョウがいいと思うよ。ライオンもいいけど雌はたてがみがないからね」
 チップがやたらに笑うので何かおかしいと感じたキャットは疑り深いまなざしでチップを眺めていたが、チップが口笛で『動物園へ行こう』を吹き始めたところでとうとう我慢できなくなり一緒に笑い出した。
 
end.(2009/10/22)
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時系列続き(並列含む) 番外編→S04◆お礼SS#004
(番外編を読まずに本編の続きを読む場合)本編→027◆Necessity
 
※『動物園へ行こう(Goin' to the Zoo)』 アメリカのトム・パックストン(Tom Paxton)作詞作曲。海野洋司により日本語訳詞がつけられて日本でもよく知られています。ご存知ない方は検索して頂くとどこかで曲が聴けると思います。
※蛇足ですがチップがどうして笑っていたのか気になる方は、13.でチップが言ったことから言わなかったことをご推測下さい。ずっと見張るようなタイプじゃないのでたまたま見つけたキャットが楽しそうなのを見て安心しつつもちろん妬いて、ケンをじっくり観察し、後はローズ達に任せて仕事に戻ったと思います。
 
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