フライディと私シリーズお礼SS#004 シリーズ目次 サイトトップ
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
 
■Have a Nice Christmas
 
 キャットのクリスマス休暇初日に大寒波がやってきた。実家までチップに送ってもらう筈だったキャットがとりあえずチップの部屋で様子をみている間に、あちこちの道路が雪で通行止めになり、みるみるうちに列車も飛行機も運休になっていった。
「ゲストルームを用意するから安心して何日でも滞在してくれていいよ。僕はこの雪も君も大歓迎だ」
 ソファに座りテレビの交通情報をじっと見ているキャットに、後ろからチップが声をかけた。キャットはこくりと頷いたが、その首筋のあたりに不安そうな気配があった。
「少しは嬉しそうにしてくれよ。どちらにしても今は帰れないんだからいい方に考えよう。雪が止むまで二人で雪山で遭難したつもりになって一枚の毛布をかぶって過ごすとか、それが嫌ならいっそ外に出て庭で北極探検ごっこでもしない?」
「フライディは今夜パーティーに行く予定だったでしょ」
 キャットが自分が実家に帰る間、チップが様々なパーティーに出席の返事を出したことを知っていた。
「パーティーもこの雪じゃ中止だと思うよ。……なんだよ、何でそんなに元気ないんだよ」
「お父さんとお母さんをがっかりさせたくないから、早く帰りたいだけ」
 少しうつむいてそう言ったキャットの横にソファを乗り越えたチップが座り、更にキャットを膝に乗せながら迫った。
「家に帰ることばかり考えないで、僕のことも少しは考えてくれないかな。僕と一緒にいられて嬉しいって言ってもっと僕に優しくしてくれたら、できるだけ早く君の願いをかなえてあげるから」
「一緒にいられて嬉しい。けど、邪魔じゃない?」
「邪魔なもんか。つまらない予定なんて君のためなら全部キャンセルするよ」
 それが申し訳なくて素直に嬉しいと言えないのだとは、キャットは口に出して言えなかった。クリスマスシーズンの賑やかな社交の中には未成年を連れていけない集まりも多い。今回キャットの不在中にチップがそういうパーティーをまとめて『片付ける』と言っていたのを、キャットはちゃんと覚えていた。
 
「ロビン」 
 チップがキャットの名前を呼び、黙ってキャットの不安そうな目をじっと見つめた。キャットが耐え切れずに顔を伏せようとしたところ、チップがキャットの左の頬に手を添えて顔を上げさせた。
「僕は君のそういう真面目なところも大好きだよ。でもそんなに帰りたそうにしてると、意地悪したくなる。一緒にいられて嬉しいってちゃんと言ってくれないとずっと帰さないよ」
「一緒にいられて嬉しい」
 ためらいを含んだ口調のままキャットがそう言った。微笑んだチップが今度はキャットの右頬にも手を添えた。そしていつもより冷たいキャットの鼻のあたまに軽く音を立ててキスをした。
「去年の今頃、病院を抜け出して君に会いにいった。迷惑かもしれないって分かってたけど、どうしても君の顔が見たかった。君が笑っていることがあの時の僕には何よりも大切なことだった。ロビン、あの時は笑顔をありがとう」
 キャットの鼓動が早くなった。次にいつ会えるのか、本当にそんな日がくるのかも信じられずに部屋で泣いた日のことを思い出して胸が詰まった。
 どうして、あんなに切なかった気持ちを今の今まで忘れていられたんだろう。
 
「フライディと一緒にいられるなんて夢みたい」
 キャットがチップにぎゅっとしがみつきながら言った。
「君がここにいて嬉しい」
「一緒にいられて嬉しい」
 今度こそキャットが、心を込めてそう言った。他の誰かのことも予定のことも頭から消えた。二人は自然に唇を重ね、お互いの存在と熱を直に感じあう行為に長い時間を費やした。テレビの音は遠ざかり、吐息と時折混じる短い囁き以外だけがキャットの耳に届いた。泣きたいくらい幸せだった。
 
 二人のキスを中断したのは、電話の音だった。キャットを抱いたチップの腕がびくりと震え、二人は現実に引き戻された。短いキスをもうひとつだけしてから、チップはキャットを膝から降ろして電話を受けた。
「ああ、ああ。そうか。分かった」
 電話を切ったチップがキャットを振り向いた。
「キャット。雪が止んだ。ヘリが飛ぶ。家まで送っていくよ」
「えっ」
 キャットは驚いた顔をしてから切なげに顔をゆがめた。チップが笑った。
「ほら、そんな顔するなよ。ものごとのいい面をみる訓練が足りないな。ちょっと前まで君はあんなに帰りたがってたじゃないか」
「フライディは私がいなくても平気なの?」
「お父さんとお母さんが君を待ってるよ。がっかりさせたくないんだろう」
「意地悪言わないでよ」
「そんな可愛い顔してると本当に帰さないぞ」
「いいよ。帰らないから」
 チップがちっとも引き止めてくれないから、キャットは心置きなく名残を惜しんでソファにしがみついた。チップが奥の手を出した。
「ねえ、ロビン。雪の降った町を上からみたらサンタ・クロースの気持ちが味わえるよ」
「ほんと?」
 ぱっと顔を上げてしまったキャットは、にやにやするチップの顔を見て自分の負けを悟った。
「本当かどうか、今から一緒に確かめてみよう」
――うん」
 うまくのせられてしまったキャットが恥ずかしそうに笑いながらチップを見上げた。チップはキャットに笑い返す代わりに目をそらし、キャットのバッグに手を伸ばしながら呟いた。
 
……なければよかったのに」
「えっ、なあに?」
 キャットがチップの呟きを聞きとがめたが、バッグを手にしたチップは笑顔で振り向いた。
「何でもない。楽しいクリスマス休暇を過ごすよう祈ってるよ」
 
end.(2009/12/15)
 
時系列続き(並列含む) →027◆Necessity
 
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