フライディと私シリーズ第十五作
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(現代・外国・日常・10代女×20代男/原稿用紙48枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
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【 I 】 (直接ジャンプ プロローグ  1. 2. 3.
 

Calla LilySoft / geishaboy500
 
プロローグ
 目を開けた時、目の前にあったのはリボンのかかった大きな箱だった。さっき『僕がいいって言うまで目を閉じて』と私をソファに座らせたフライディは、箱を置いたテーブルの横で、まるでこれから手品を始めるマジシャンのように笑っていた。
「少し早いけど誕生日おめでとう、ロビン。開けてみて」
 中身は何だろうと考えながらリボンを外し包装紙を破り、言われたように箱を開けた。
「わあ」
 箱の中身は大きな花束だった。歳の数の茎の長い薔薇……ではなく白いカラーの花を中心にした、緑と白だけのアレンジ。フライディは今までも何度か花を贈ってくれたけど、これは今までの可愛らしい花束とは全然違った。ゴージャスでシック。
「素敵なお花をありがとう。すごく大人になったみたいな気がする」
 フライディを見上げてそう言うと、フライディが私をけしかけるように言った。
「もうひとつプレゼントが入ってるんだけど見つけられる、ロビン?」
 
1.
 どきっと心臓が鳴った。もうひとつって? どんなもの? 小さいもの? 心臓の音は一層大きくなり、もしかしたらフライディにも聞こえてるんじゃないかと心配になった。
 立ちあがって重たい花束を抱えて取り出し、箱の中を覗き込んだ。何もない。今度はカラーの花の中を一輪ずつ覗き込んでみた。やっぱり何もない。じゃあこの芸術的な飾り結びをほどいてみようかとリボンをにらんでいたらフライディが笑い出した。
「そんなに小さくはないよ」
 はっとして花束をテーブルに置き、空箱を持ち上げた。何も入っていない筈の箱の中からごとんと鈍い音がした。きっと私はすごくびっくりした顔をしたんだろう、嬉しそうなフライディが二重になった箱の底を開けるのを手伝ってくれた。 
 そこに入っていたのは、さっきの花束と同じくらい大きくて、でも底に隠せるくらい平べったいもの、つまり。
 
 気の抜けた声が出た。
「ラケットだ」
「この箱に合わせて花束を頼んだらフラワーアーティストがずいぶん張り切ってね。サイトにも載せるって言ってたから後で見てごらん」
 国際テニス連盟の定めるラケットのサイズはハンドルを含め長さ29インチ(74センチ)、フレーム幅12.5インチ(32センチ)以内。たしかにこの箱はゴージャスでシックな花束にもラケットにもちょうどいいサイズだ。そう気付いたとたん、さっきの花束が急に魅力を失った。胸の奥がずきんと痛んだ。
「ごめん。ぜんぜん面白くなかった?」
 フライディの言葉で我に返った。何でもいいから何か言わなきゃ。しかめ面を作ってフライディを見上げた。
「フライディ、まさかこの箱自分で作ったの?」
「いや。花束を入れる箱の底が二重になってるのを見て思いついたんだ」
「やっぱりね。そうだと思った。フライディ工作とか苦手そうだもん」
「ずいぶん見くびられたもんだな。立体図形の模型づくりは得意だよ」
 フライディが自慢げに言った。でも悪いけどそんなこと自慢されても全然尊敬できない。
 
2.
 もしかしたら『僕の歴代の彼女』にもこうやってプレゼントしてたのかなって思ったけど、すぐに思いなおした。きっとしてない。『理想の恋人』からのプレゼントはもっとロマンチックに贈られる筈だ。私のことは子どもだと思ってるから、こんなことで喜ぶと思ってるんだ。ばっかみたい。
 目を伏せてラケットのグリップに手を伸ばし、ぐっと握り締めた。そのまま軽く振ってみたら想像以上にバランスが良かった。フライディがくれたものだから当然だけど、すごくいいラケットだった。ちょっと機嫌が直った。
……次の試合、フライディはラケット替えちゃ駄目だからね。私にこれをプレゼントしたこと後悔しないでよっ!」
 フライディの胸元にラケットを剣のように突き当てたら、ラケットごと引き寄せられそのまま腕の中に抱きとめられた。
「可愛いロビン、愛してるよ」
「プレゼントありがとう、フライディ」
 やっと言えるようになったお礼の言葉を口にすると、フライディの腕に力が入った。顔を伏せてそのままフライディの肩に額を押し付けた。もうちょっとだけこのままでいれば、ちゃんと笑顔になれる筈。
「土曜日まで君に会えないなんて寂しいな」
 胸がぎゅうっと苦しくなった。フライディは遠くに出来た博物館の落成式で明日から首都を離れる。今週はもう会えない。本当の誕生日は金曜日だけど、その日も一緒には過ごせない。
 悔しいけどやっぱり私、フライディのことがものすごく好き。胸が痛いのも苦しいのもフライディを大好きだからなんだ。
「私も寂しい」
「夢に出そうなキスしようよ」
 見上げた時には自然に微笑んでいた。人前ではできないようなキスをするうちに、さっきの痛みはいつの間にか和らぎほとんど分からなくなっていた。
 
 ――フライディはぜんぜん悪くない。勝手に私ががっかりしただけ。それも元々は私のお母さんに、ううん、私に責任があることだ。
 
3.
 ずっと前に一度だけ、フライディから香水をプレゼントしようかと言われたことがあった。その時よく考えずに『男の人から婚約指輪より前に身につけるものを貰っちゃいけないって、お母さんに言われてるの』って断ってしまった。普段のフライディはこじつけやごまかしで規則を曲げたりするのが大の得意なくせに、このことに関しては驚くほど厳密にルールを守っていた。
 例外はこの前のクリスマスに届けられたテニスシューズ。だけどその時はカードの署名が『君のガーディアン』になっていた。
 お礼の電話をかけた時にフライディが理由を教えてくれた。
「君のお母さんに『ガーディアンからのクリスマスプレゼントでも身につけるものは駄目ですか』って訊いたら『ガーディアンは親代わりだし良いんじゃないかしら』って言ってもらえたからね」
 テニスシューズは実用的な消耗品だ。身につけるものではあるけどロマンチックとはいいがたい。確かに親代わりのガーディアンから貰うのにふさわしいプレゼントだ。
「ありがとう、ミスタ・ガーディアン」
「その言い方、お母さんにそっくりだ」
 何がおかしいのかフライディが電話の向こうで大笑いした。その時貰ったシューズはもちろんいいものだったけど、いいものだけにすぐ底が減った。数ヶ月で使えなくなったけどなんとなく捨てられなくて記念にとってある。
 
 お母さんはこうも言っていた。欲しいものを家族でもない男の人にねだったり、プレゼントで愛情を量ったりしてはいけません。高価な贈り物であなたの気持ちを動かそうとする人より、そんなものを使わずに気持ちを動かす人を見つけなさい。
 小さい頃は意味も分からず頷いていた。意味が分かるようになった今もそれは真実だと思う。思うけど、でも。
 
 ――でももっと恋人らしいプレゼントが欲しいなんて、こんなのはただのわがままだ。ちゃんと分かってる。
 
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