フライディと私シリーズ第十五作
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cake interior / scaredy_kat
7.
 笑いながらフライディが私を抱き寄せようとした。ちらっとドアの方を確認した。もし誰かが入ってきたらお互いに気まずい思いをする。フライディの胸に手をついて距離をとりながら訊いた。
「ねえ、預け忘れた荷物って何?」
「これを帰るまで預かってて欲しいんだ」
 返事より先に『荷物』を預けられた。決して軽くはないけど、預けなくちゃいけないほどの荷物とも思えない。
……フライディのうそつき」
「嘘じゃない。ちゃんと後で返してもらうよ。先に戻るから君はメイクを直してからおいで」
 フライディはいつかのようにさっと私を置いていってしまった。言われたとおりに口紅を直し頬の赤みにパウダーを刷いてダイニングホールに戻ったとたんに友達に腕を掴まれた。お母さんに飲み物を手渡すフライディを部屋の向こう側に見つけたものの、そのまま私は友達の輪に引き込まれてしまった。
 
 パーティーがはじまって1時間ほど経ちほぼ全員が揃ったところで、アイシングをかけ18本のロウソクを立てた大きなケーキが運び込まれた。シロップ漬けのフルーツとナッツがたっぷり入ったクラシカルなこのケーキは、お父さんが何ヶ月も前に焼き上げていた。味がよくしみこむように一週間ごとにブランデーシロップをかけて熟成させているとお母さんが電話で言ってた。小さい頃は酔うといけないからって少しずつしか食べさせてもらえなかった憧れのケーキだ。ふわふわのスポンジや生クリームを使った軽いケーキもいいけど、家ではずっと昔から何かイベントがある時にはお父さんがこれを焼いてくれた。 
 呼ばれて前に出た私がケーキの後ろに立つと、皆は声を揃えてハッピーバースデーを歌ってくれた。最後に一息でロウソクを吹き消したら拍手と歓声が部屋中から聞こえた。
 お父さんが私の横に立った。
「皆さん、今日はキャットの18歳の誕生日を祝うために集まってくださってありがとうございます。小さい頃からご存知の皆さんはここまで大きくするのにどんなに手がかかったかもよくご存知でしょう(ここで皆は失礼なことにくすくすと笑った)。贔屓目かもしれませんがなんとか一人前に育ったようで(ここでも皆は失礼なことに野次を飛ばしたり親指を下に向けた。誰がやったか私はちゃんと見てたからね)、親としてもほっとしています。
 最後にひとつだけ忠告を。『もうおてんばは程々に』。キャット、誕生日おめでとう」
 
8.
 最後の言葉と一緒に、お父さんは鍵をかたどった大きな誕生日カードを私に差し出した。これからは門限なしで自分の好きな時間に帰って来ていい、一人前の大人として認めるという印だ。本当のところもう私は家を出ているけど、やっぱりこうやって晴れて自由を認めてもらえるのってちょっと照れくさいけど嬉しい。
 皆に向かって、金色に輝くその鍵を優勝トロフィーのように高く突き上げたら、横でお父さんがやれやれというように肩をすくめた。私に倣うように皆がグラスを上げ、私はそこここで鳴るグラスの涼やかな音色とお祝いの言葉に包まれた。
 
 切り分けられたケーキと用意された食べ物、それに飲み物は順調に消費され、目立たないように新しいものに代えられていった。集まった皆はそれぞれに輪を作り、それぞれのやりかたで私の誕生日を祝ってくれていた。
 私が今いるのは高校の時の友達――あの夏休み旅行で一緒に潜った――とそのボーイフレンド達が作る輪の中で、フライディはその文字通り中心にいた……つまりゲームの鬼のポジションだ。
「次の問題です。キャットが小学校の頃なりたかった職業は?」
「パン職人?……いや、テニス選手かな」
 輪の真ん中に置かれた椅子に座らされたフライディが確信なさげに答えた。その途端、またもや皆からブーイングを受けた。
「正解はバレリーナでした。残念ながらこれまで一問も正解なし。ここからは更に問題が難しくなります。頑張って下さいね」
 進行役の友達が楽しそうにそう告げた。『キャットに関するカルトクイズ』でさっきからいたぶられていたフライディがとうとう耐え切れなくなったらしく、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「問題が偏りすぎだ! そんな昔のこと知るもんか! 僕は過去にこだわるような小さい男じゃないぞ!」
 その場にいた半分は大笑いし、残りの半分はひゅーひゅーと冷やかしの声をあげた。私は大笑いの方だったが、フライディがくるっと私に向き直った。
「恋人の窮地を救おうともせずよくそんなに笑えるな。これ以上笑ったら君の成績を皆の前で暴露してやるからな」
「そんなことしたら二度と口きかないから! どこが『小さい男じゃない』のよっ!」
 フライディは慌てる私を見てにやりとした。この顔は本当にやりかねない。カルトクイズを切り上げて笑い崩れる皆を散らしてる間に、フライディは鬼ではなく本当の輪の中心になっていた。
 
9.
 やがて少しずつ帰る人もでてきた。挨拶以外に一言以上は話をしたいと部屋を巡るのに忙しくて、フライディのことはひととおり紹介してあるしとつい置いていきがちになった。フライディは如才なく行く先々で輪の中心になっていたが、お父さんの知り合いのおじさん達にはずいぶん長い間つかまっているようだったので、(また成績を暴露するとか言われたら大変だから)話の途切れたところをみはからって助け出してきた。
「大丈夫だった?」
「うん。以前他のパーティーで面識のあった人もいたからそういう話になるかと思ったけど全然違った。ご両親と小さい頃の君の話を色々聞かせてもらったよ。君が留学するならガーディアンの役目は自分がやりたかったってちくちくといじめられたけどね。僕がこんな大事な役目を他人に譲るわけないのにね」
 フライディはなんだか嬉しそうだったからこれならわざわざ助け出すことなかったかと思ったけど、ちょうど私にも話したいことがあった。
「そのことなんだけど」
 フライディが真面目な顔になった。
「昨夜お父さんに『もう成人したんだからこれからは自分で自分を監督しなさい』って言われた。お父さんとお母さんからも改めてお礼申し上げるって言ってたけど、自分でもお礼をいいたくて。
 フライディ、今までガーディアンを引き受けてくれて本当にありがとう。それから色々助けてくれてありがとう。フライディがいたから安心して留学できた」
「どういたしまして。君のためにすることはどんなことも僕の喜びだ、ロビン」
 微笑んでそう答えたフライディが、不意に目の光を強くした。
「それでは今から僕はガーディアン兼恋人じゃなくて、ただの恋人に戻るよ」
 
 使われたのは特別な言葉じゃなかった。誰に聞かれても困らないものだった。でもフライディの口調に、目に、言葉以外の何かがあった。
 周囲の物音は遠ざかり、代わりに自分の鼓動が心臓からこめかみへがんがんと響いた。
 
10.
 鼓動の向こうからフライディの声が聞こえた。
「僕が帰るとき一緒に帰らない?」
 自分の声も普段とは違って聞こえた。
「わかった……。言ってくるね」
 会話の底で、もう一つ別の会話を交わしたようだった。
 
 お父さんとお母さんは部屋の別の端にいた。話をしていた相手がその場を離れていくところに近寄って、今晩帰ると告げた。いつものようにお父さんは何も言わず、お母さんが訊いた。
「今日は泊まっていくって言ってなかったかしら?」
「やめたの。チップと一緒に帰る。後片付け手伝えないけど」
「それは構わないわ。皆もいてくれるから」
 そう答えたお母さんと一緒にお父さんまでが私をじっと見た。別に嘘はついてない。金の鍵を貰ったからには、もう家で寝なくても何を言われることもない筈だ。……それとももしかして赤くなっててそのせいで見られてるんだろうかと思ったらその場を逃げ出したくなったけど、踏みとどまって二人を見返した。
「なあに?」
「そのピアス、よく似合ってるわ」
 こういう時にわざと話題を変えるのはお母さんの得意技だ。分かってるのについ笑顔になってしまった。
 お父さんとお母さんから誕生日に貰ったダイヤのピアスは、私が初めて手にした本物の宝石だった。本当はダイヤには色が映るゴールドよりプラチナの台の方が普通だけど、私にはこっちの方が似合うからってお母さんはゴールドの台にしたそうだ。ひと目見たときから気に入っていた。あまり触ると嫌味になると思って我慢してたけど、ちゃんとしているか心配でまた触って確かめてみた。うん、大丈夫。
「大切にするからね」
「着替える時には気をつけて」
「分かってる。大丈夫だよ」
 さっきの気まずい空気はダイヤのおかげでやりすごせた。お父さんの友達がやってきたのをきっかけに二人のところを離れ、私はまたフライディを連れて別の輪に加わった。
 
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