フライディと私シリーズ第十五作
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【 V 】 (直接ジャンプ 15. 16. 17. エピローグ
 

Soft Calla 2 / geishaboy500
15.
 私が恋人らしい贈り物が欲しいなんてありふれたつまらないことを考えている間ずっと、フライディは何よりも特別な贈り物を用意してくれていた。鍵のことじゃない。気持ちのことだ。
 
 あの島にいた頃はいつ元の生活に戻れるのか不安でたまらなかった筈なのに、この一年半の間に何度も島に戻りたくなる瞬間があった。フライディと二人だけで毎日数学の問題を解いていた単調な毎日の繰り返しが、時々やけに懐かしくなった。最近では人の多い場所に出る前の日なんかに島の夢をみたりもした――多分、いつどこで誰に見られているか分からないという緊張から逃げ出したいって、心のどこかで思ってるんだろう。
 何があってもフライディと一緒にいるって決めてるから逃げ出したりするつもりはないけど、フライディは黙ってこんなシェルターを用意してくれていた。フライディは私が頑張ってるって気付いてくれている。出来る限り守ろうとしてくれている。
 誕生日だって、身につけるものを贈れないかわりに私が喜びそうな(外したけど)仕掛けを作ってびっくりさせようとしたり、公務で忙しいのにわざわざパーティーにエスコートしに来てくれた。昨夜だって私のためにあんな風に部屋を飾って夢みたいに優しくして、一生忘れられない夜にしてくれた。
 こんなに愛されてるのに、恋人らしい贈り物が欲しいなんて私ってどこまで欲張りなんだろう。本当はこのシェルターだってなくていい。ただフライディの気持ちがあればいい。
 
「フライディ、大好き。愛してる。私本当にフライディに会えて嬉しかったよ」
「君に会えたことは人生で最大の幸運だよ、僕のラッキー・ガール。愛してる、ロビン」
 あの島とどこか似た景色の中で、あの島から数えてもう何度目かも分からなくなったキスを交わした。何度も、何度も。数え切れないくらい。
 
16.
「ところでただの恋人に戻った僕から君に、誕生日のプレゼントがもうひとつあるんだけど。見つけられる、ロビン?」
 どこかで聞いたような台詞だった。フライディの膝の上で、目を閉じて肩にもたれていた私は顔を上げた。本当はまだ余韻に浸っていたかった。
「庭のどこかとか言わないでね。私ここから降りたくない」
「降りなくていいよ、僕もその方が嬉しい」
 そこでお土産を捜す子どものように、くすくす笑いながら身をよじるフライディのポケットを探し回った。
 上着の胸ポケットからチーフを抜き出して中を探っていた指先に、何かがはまった。
「うそ」
 思わずつぶやいていた。ポケットから手を抜くと、人差し指の先に金の指輪がついてきた。
「うそ」
 また同じ言葉が出た。それは金色の曲線でできた指輪だった。婚約指輪には見えないけど『指輪』だ。身につけるものだ。
「僕はうそつきだけどそれは本物で間違いない。鑑定書もついてる。受け取ってくれる?」
 
 口もきけずにただ頷いたら、フライディが私の左手をうやうやしく取り、改めて指輪を薬指にはめた。金色の曲線の重なった奥に、よく見ると小さなダイヤらしい石が控えめに埋め込まれていた。
「この指輪は数学記号の∞(無限大)をかたどってデザインしてもらった。つまり僕の気持ち。ダイヤの方はちょっとした飾りだけどこれも数学者マーセル・トルコウスキーに敬意を表してアイディアル・カットで……
「ちょっ、ちょっと待ってフライディ」
 ようやく喋れるようになった私はフライディの話を途中で遮った。
「ねえ。これ……どうしたの?」
――もういいかげん我慢できなくなったんだ。君のご両親に、誕生日に指輪を贈らせて下さいって話した」
「いいって?」
 これからは自分で自分を監督しろとお父さんに言われたばかりなのに、つい心配になって確かめてしまった。
「ジャックは君が受け取るなら自分が言うべきことは特にないって。お母さんは最初『もちろんジャックと同意見よ。ごくさりげない、石のついてない指輪でしょう?』って。どうしても石つきじゃ駄目ですかって食い下がったら、『私達からダイヤのピアスを最初の宝石として贈ることになってるから、もちろんその後でということになるけど、あなたがどうしてもって言うなら0.2カラットまでね。それ以上大きいと婚約でもしたのかと思われるから』って」
 ――お母さんっ!?
 
17.
 フライディの種明かしはまだ続いた。
「ついでに言うとクリスマスに『そういえば新しいテニスシューズを欲しがってたみたいだけど』って言ったのもお母さんだよ。僕がもっと違うものをあげたいって分かってて、いつもそんなこと言うんだ。昨日は昨日で僕の顔をじっと見て『ところであなたってやっぱり持ち物には名前を書いておく方なの?』なんて訊くから、笑いを堪えてそのまま失神しそうになったよ」
「どういうこと?」
「『持ち物に名前を書くみたいに、うちの娘に自分のものだって印をつけたいんでしょう』って意味だよ。まったく惚れ惚れするね。お母さんとの会話はいつも刺激的だ」
 
 フライディは楽しそうに言ってたけど、いつもにこにこ会話してる二人が他にどんな話をしてるのかと考えて背筋が寒くなった。フライディが私の顔を見て付け足した。
「大丈夫だよ。僕、お母さんのああいうところ大好きなんだ。つれない時の君をもっと洗練させた感じだ。僕には『ミセス・ベーカー』としか呼ばせてくれないくせに、ジャックに『リー』って呼ばれると少女みたいにはにかむところなんかたまらないね。お母さんが独身で僕が君に会ってなければ口説いてたかもしれない」
 ……フライディの女性の趣味ってよく分からない。フライディに愛される以上の幸せはないって思ってた自分をだんだん疑いたくなってきたけど、それにしてもひどいのはお母さんだ。
 
 さっきの話を思い返して気がついた。
「ねえフライディ、あの花束とかラケットくれた時にこれも用意してたの?」
「君が健気にラケットのお礼を言ってくれた時はもう僕の部屋にあったよ。よっぽどあの時に君の『最初の宝石』を贈ってしまおうかと思ったけど、どうしてもお母さんを出し抜く勇気が出なかったんだ。ごめんね」
 いろんな感情がいちどに湧きあがって絶句した私に、フライディがにやりと共犯者の笑みを浮かべてみせた。
「だけどその石、外からは分からないけど本当は0.3カラットあるんだ。お母さんには内緒だよ」
 
エピローグ
 指輪を眺める私を膝にのせたまま、フライディは楽しそうに言った。
「この日を待っていたよ。身につけるものは受け取れないって言われてずっと我慢してたんだ。香水とかお揃いのテニスウェアとかシートベルトとか」
 ふざけだすと止まらないフライディに、ひとつだけ確認しておきたかった。
「ねえ、この指輪は誕生日プレゼントでいいの?」
「もしそれが『婚約指輪は?』って意味なら、そこは僕から君に訊くところだよ。僕はもう何度となくプロポーズしてるのに、そのたびに君にはぐらかされてるじゃないか。ねえロビン、今すぐ結婚しよう」
「今すぐは無理」
 いつものようにそう答えて私は笑い出した。いつもならフライディはここで『じゃあ明日』って言うけど、今日は違った。
 急に私を溶かそうとするみたいにじっと見つめて、おへそがくすぐったくなるような声を出した。
「本当言うと、僕も今すぐじゃない方がいい。今は他にしたいことがあるんだ――君と」
 こんな声今まで聞いたことない。フライディって本当にずるい。口説こうと思えばいつでもこういう風にできたくせにずっと隠してた。
「これからはいっぱいしよう。今までの分も」
「よし。じゃあ早速はじめようか」
 フライディはいつもの声に戻って明るくそう言うと、膝に乗っていた私をぽいと肩に放り上げて立ち上がった。
 
end.(2010/01/24) 
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