フライディと私シリーズ第十七作
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(現代・外国・20代男×10代女/原稿用紙33枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作→「フライディと私
 
【 I 】(直接ジャンプ プロローグ 1. 2. 3. 4.
 
プロローグ
「来月の船上パーティーは出席するの、チップ?」
 ベスがそう訊いたのは、久しぶりに四人でテニスをした日の午後、王宮内にあるテニスコート脇のクラブハウスでのことだった。
 四人というのはもちろんチップとエドの兄弟とその恋人キャットとベスのこと、そして久しぶりの理由は、エドがこのところずっと修士論文の仕上げで忙しかったからだった。エドは一度書き直しになった修士論文をつい先週提出したが、まだ学位取得までには口頭試問が残っていた。
 
「そのつもりだけど、パートナーをどうするか迷ってて」
 ベスは答えたチップではなく、その横に座るキャットの方を向いた。
「キャットはどうしたの?」
 キャットの返事より前に、チップが横から口を挟んだ。
「そろそろ試験だから、キャットはパーティーなんかに出てる暇ないんだよ。ファースト・セメスターで危うく落としそうになった……」
「うるさい」
 チップの言葉をさえぎったキャットがチップをにらみつけた。ベスも一緒になってチップをにらんでから、キャットには改めて同情の視線を送った。
「私も苦労したから、気持ちは分かるわ。セメスターエンドとシーズンが重なるこの時期はつらいわよね」
 
1.
 キャットの誕生日からしばらく経って陽気も暖かくなり、本格的な社交シーズンに入っていた。大学の方は秋から始まった年度の締めくくりとなる、セカンド・セメスターの期末試験が近づいていた。ベスが苦労したというのは、この時期の社交と勉強の兼ね合いのことだろう。
 
 王女であるベスとは違ってキャットはあくまでチップのパートナーとしての出席だから、絶対に出なくてはいけない催しはない。招待状は『チャールズ王子とそのパートナー』宛なので、チップが別の誰かを連れていこうと、一人でいこうと問題はないのだ。キャットに限って言えば、苦労は勉強の方にあった。
 キャットの大学での成績はあまり芳しいものではなかったが、それはキャットが怠けて遊んでいたからというわけでもない。キャットの通う王立大学はポリシーとして『留学生を全て受け入れる』。その分留学生の学費は国内の生徒に比べて何倍も高く設定されていた。ただし入学後の成績評価は他の学生と変わらない。留学生の中には勉強についていけず、一般留学から聴講留学に切り替える者もいた。キャットは一般留学で入っているが、他の留学生のように言葉のハンディがないからなんとかやっているというだけで、やはり国内で選抜された学生についていくのは大変だった。
 
 チップはもちろんどこへ行くにもキャットと一緒がいい。しかしキャットが勉強以外に使える時間が限られているなら、人前に出るより二人だけで過ごす方を優先したかった。そのためならパーティーくらいは一人でも、誰か他のパートナーと出ても構わないと思っていた。キャットが卒業するまでのほんの三シーズンのことだ……単位を落とさなければの話だが。
 そのあたりに不安を覚えはじめたチップが二言目には試験のことを口にするので、キャットは試験がはじまるよりずっと前からその話題にうんざりしていた。
 ゴシップ誌では婚約間近などと報じられることもある二人だが、この前チップが『勉強しろ』としつこく言い過ぎてキャットに電話を途中で切られたという事実が報じられることはない。
 
2.
 今日もキャットは不機嫌な顔で言った。
「パーティーに私を誘わない理由と一緒に成績まで言いふらすのはやめてよね」
「どうしてもファースト・セメスターの成績表を開いた時の衝撃が忘れられなくてね。君の成績を見たおかげで、自分の次席卒業はひいきなしの公正な評価だったと信じられるようになったよ。ありがとう、キャット」
「もうっ! そうやって人を落として自分を上げるのもやめてっ!」
 
 二人が言い合う横で、ベスがエドの顔を見た。エドが今年学位を授与されるかどうかは、エドとベス二人の将来に関わることではあった。しかしベスは未来のことよりも、論文を提出してすぐの高揚が醒めて段々元気をなくしてきたエドの現在を心配していた。
「エドも院の方が忙しかったら、無理しないでね」
「いや、大丈夫だよ。忙しいというわけじゃないんだ」
 そう言ってエドは控えめな微笑を浮かべ、それから少し赤くなって言い添えた。
「エリスのエスコート役をチップにとられるのは嫌だし」
 ベスが三つ年下のいとこでもある恋人を、たまらなく愛していると実感するのはこんな時だった。
 エドの控えめな愛情表現は、薔薇のつぼみがほころんだようなベスの微笑で報われた。
 
 その横では、チップ達の言い合いがまだ続いていた。
「もうガーディアンじゃなくなったのに、前よりもっとうるさくなった!」
「僕だってうるさく言わずにすめばどんなに嬉しいか」
「嘘だねっ。フライディは私に君はあれが駄目だこれができないって言うのが好きなんだよ」
 キャットは面白くもないのに口元だけで笑った。
「ベスと結婚しなくて良かったね、ベスにはそうやって下げるところないもんね」
「僕が下げてるわけじゃなくて、君の成績が」
 ああ言えばこう言い返してくるチップに、キャットがとうとう切れた。
「いばり虫っ!」
 
3.
 その場にいたエドとベスは笑いをこらえ切れなかった。言われたチップも苦笑しながらだったが、素早く言った。
「よし、君の得意なもので勝負しようか。勝ったら好きなだけ君がいばっていいから」
「私はいばったりしないよ!」
「勝負は?」
「する」
 
 二人がクラブハウスを出て扉が閉まるまで待ってから、エドがベスに言った。
「チップがからかうのがいけないんだけど、キャットももうちょっと大人になればいいのに。むきになるから余計からかわれるんだよ」
「そうね。最近大人っぽくなったと思ってたけど、気のせいみたいね。でも悪いのはチップよ」
 ベスがさっきの二人を思い出して笑った。
「あの『僕は何でも知ってるよ』みたいな態度には、キャットじゃなくてもひとこと言いたくなるわよ。私も昔からよく嫌な思いしてるもの」
 エドもにこりとした。恋人としてより幼馴染として通じ合うものがあった。
「うん。僕も我慢する方が得だとは分かってるけど、キャットが言い返すのを聞くとちょっと胸がすくよ」
 二人で笑いあってから、ベスがそっとエドの手の上に自分の手を乗せた。
「私達、もっと前から色々な話ができたらよかったわね」
 エドは報われなかった長い片思い時代を振り返って胸を熱くし、返事の代わりに気持ちを込めたキスをした。キスをした瞬間にベスの唇が微笑んだのを感じて、エドは幸せではちきれそうになった。
 
4. 
 コートに着いたチップとキャットはネットの同じ側に立ち、反対側に置いたバスケットめがけて交代でボールを打ち込んでいた。
「キャット、真剣だね」
「話しかけないで」
 バスケットにテニスボールを入れるのにはこつがある。コントロールだけで狙っても勢いで飛び出したらアウト、ワンバウンドで入れるのはインだがグラス(芝)コート特有の跳ね方を考えなくてはいけないのでなかなか難しい。回転もなく力を調節したフラットボールを落とし込むのが一番だが、これは現役のテニス部員であるキャットの方がチップより上手だった。
「やった」
 キャットが狙いどおりにボールを打ち込んで、一人でガッツポーズを作った。キャットの機嫌が少し良くなったとみたチップが、タイミングを逃さず言った。 
「ロビン。さっきは調子に乗って言い過ぎた。ごめん」
「本当に『ごめん』だよ」
 キャットの言葉は厳しかったが、口調の方には許してあげないでもないといった甘さを含んでいた。
「フライディから見たら私の成績はありえないくらいひどいかもしれないけど、あんな風に言われたくない」
「うん。反省してる」
「二人でいる時みたいにもっと優しくして」
 言いながらキャットがちらりとチップを見た、その視線でチップは心臓を撃ち抜かれた。『二人でいる時』って例えばどういう時、なんていうのは訊くだけ野暮だ。チップは急に渇きを覚えた。
「ロビン……キスしたくない?」
「全然」
 キャットが勝利を予感し、微笑んで言った。
「次、フライディの番だよ」
 キャットの予感どおり、集中力を欠くチップはそこからボールがまるで入らなくなった。勝負に勝ったキャットはチップから『今度二度と成績のことでからかわない』という約束をとりつけた。
 
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