フライディと私シリーズ第十八作
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【 II 】(直接ジャンプ 5. 6. 7. 8.
 
5.
 
「ねえ、フライディ?」
「なあに、ロビン」
 キャットの口から出たのは考えていたのと別の言葉だった。
「さっき『歳は関係ない』って言われてたの、何のこと?」
「さあ、何だろうね。でも僕が歳を気にするかどうかは君が一番良く知ってると思うよ」
 キャットの追及を軽く受け流してチップが笑った。キャットは笑えなかった。
 
 過去の噂のすべてが真実じゃないと以前にチップは言った。それ以上のことは教えてくれないから、キャットはチップが過去に何人と付き合って別れたのか正確には知らない。でも今までも真剣に付き合った相手が何人かはいた筈だった。だって今キャットをこんなにも愛し慈しんでくれるチップが、キャットに会う前に付き合った誰かを同じように真剣に思っていなかった筈がない。
 キャットは間違いなく愛されている。求められてもいる。それで充分なはずだった。それなのに、どうして片思いしてるような気分になるんだろう。
 
「観察はまだ続けるの? それともこれは視線で穴が開くかどうかの実験?」
 チップに声をかけられてキャットは我に返った。そんなに長い間見つめていたつもりはなかったのだが、チップはキャットの不躾な視線に気づいていたらしい。
「ごめんなさい」
「いいよ。後で同じ時間だけ君を見つめる口実ができたから」
 チップが前を向いたままキャットの手を探って自分の口元に持ってきた。
「愛してるよ」
 指先に受けたキスで、キャットは幸せよりも切なさを味わった。
 
 最近、チップに愛されれば愛されるほどキャットは苦しくなる。誰よりも愛しているとささやかれると、今まで付き合った誰と比べているのかと思ってしまう。世界一愛してると言われると、二番は誰なのかと訊きたくなる。
(フライディのことなんて好きにならなければよかった。そうしたら自分がこんなに欲張りだって知らずに済んだのに)
 キャットは溜息を押し殺した。
 
6.
 
 それからまたしばらくキャットは、夏休みの予定と予定の間にはさまったありふれた日常を送った。チップも友人の別荘に出かけていて不在だったから、好物ばかりがテーブルに並ぶ実家で久しぶりに両親の娘としてのんびりと過ごしていた。
 
 ある日、キャットはアイリーンからの電話を受けた。
「こんにちは、キャット。来週のチャリティバザーだけど、予定通り手伝ってもらえそう?」
 アイリーンは児童養護施設で働いている若い女性だった。キャットが所属する王立大学のテニス部では、アイリーン達に協力して毎年ボランティアテニス教室を開いている。キャットは二ヶ月ほど前にそのテニス教室を手伝った時、施設でボランティアを募集していると聞いて登録していた。
「うん。前日と当日の手伝いだよね。大丈夫」
「夏休みでみんな忙しいかもしれないけど、興味のあるお友達がいたら誘ってみて。人数が多いほど作業が楽になるし、短時間でも来てもらえたら助かる」
 押し付けがましくもなく、かといって遠慮もないアイリーンのこの話し方が初めて会った時からキャットには好ましかった。
「分かった。友達に声かけてみるね」
「ありがとう。あ、そうそう。バザー当日には生チャールズ王子が見られるわよ」
 キャットは一瞬返事に詰まって、やっとのことで答えた。
「そうなの?」
 幸いアイリーンはキャットの反応に注意を払わなかった。
「去年からADMCの名誉総裁になられたからね。今年も期待できそうよ」
「期待って?」
 キャットの問いに対するアイリーンの答えはあけすけなものだった。
「収益。去年は凄かったのよ。スピーチの最後に王子自ら献金箱を回したらみんな競うようにして献金してくれたし、バザーの売れ残りを買っていくように勧めてくれてほぼ完売したの。バザーにくるお客さんは女性が多いから、王子ににっこりされるといいとこ見せたくて財布出しちゃうみたい。さすがよね」
 
7.
 
 チップがしょっちゅうあちこちに招待されたり公務で出かけるのは、本人の口から聞いてキャットも知ってはいた。エドやベスと一緒の機会にも、話のはしばしから二人が同じように公務に励んでいることが窺えた。だからキャットは一部の悪意ある人々が噂するように彼らが遊んで暮らしていないことはよく知っていたが、彼らの活動が社会に何をもたらしているのかまでは考えていなかった。キャットが育った国にはない制度なので、王国臣民にとって王室がどういう存在なのかがキャットにはどうもよく理解できていないようなのだ。
「王室っていろんな仕事してるんだね」
「そうね。身分制度は好きじゃないけど、我が国の王室は国民のために結構頑張ってくれてると思うわ。公益事業のひとつとしてこれからも末永く存続して欲しいわね」
 アイリーンの言葉は、キャットにはとても共感できるものだった。
 
 キャットはバザーの当日ボランティアに、王室好きの祖母をもつフェイスを誘った。フェイスも長い夏休みに実家で退屈していたらしく、喜んで出てきてくれた。
 
 そのバザーはアイリーン達の施設だけではなく、いくつもの児童福祉に関わる団体が集まって行う大規模なものだった。会場には軽食コーナーやゲーム、移動遊園地もあり、施設で暮らす子ども達にとっては楽しいお祭りになっていた。
 キャットが忙しく立ち働くアイリーンを見つけて挨拶をした。
「こんにちは」
「こんにちは。キャットは緑の名札、お友達は青の名札に自分の名前を書いて」
「何が違うの?」
 言われた名札を取りながらフェイスがキャットに訊いた。アイリーンが代わりに答えてくれた。
「緑は身分証を確認済みのスタッフ、青は当日だけのお手伝い。二人にはゲームコーナーを頼みたいんだけどいいかしら。子ども達を見て順番を守らせたり、小さい子には手を貸してあげてくれない? お金の収受ができるのは赤い名札と黄色い名札のスタッフだけだから気をつけて。黄色がリーダーだから、何か分からないことがあったら近くにいる黄色い名札のスタッフを捜して」
「すごい。よく仕組みができてるんだね」
 
8.
 
 アイリーンがにこりとした。
「人が多いから、見た目ですぐわかるようにしておかないとまぎれちゃうのよ。他の団体のスタッフは顔を見ただけじゃ分からないし。もし手が足りなかったらその場にいる子をスカウトして青い名札かけて一緒に働かせちゃって」
「スカウトするの?」
「スタッフとして参加してもらった方が関心を持ってもらえるでしょう? 後でジュースが貰えるから毎年人気あるのよ、お手伝い。これを持っていって」
 てきぱきと説明したアイリーンは二人に予備の青い名札を渡すと、さっさと次のスタッフに説明を始めた。キャット達もさっそくゲームコーナーの準備を手伝いに向かった。
 
 キャットは一人っ子の常で子どもは好きだったが世話には慣れていなかったので、少し大きな子どもとのやりとりが多かった。小さな子どもの面倒はフェイスがみた。しゃがんで目線をあわせ、しんぼう強く手を貸すフェイスにキャットは感心した。
「フェイスすごい。尊敬しちゃう」
「おばあちゃんと一緒に、親戚の子の面倒をみることが多かったから」
「なるほどね」
 
 その時、会場の一角がまぶしく光った。一斉に光ったフラッシュの後で、ざわめきが波紋のように広がった。
「誰が来たのかしら」
 そう言ったフェイスに答えるように、スピーカーからお知らせが流れた。
「ただいまADMCの名誉総裁を務めるチャールズ王子が会場に到着されました。『ADMC』は出産と子育てに困難を抱える母と子を支援する団体で……」
 キャットの頬がほんのりと朱に染まった。
「キャット、知ってたの?」
 ささやくフェイスに、キャットもささやき声で答えた。
「うん」
「ここに来るって言ってあるの?」
「ううん」
 
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