フライディと私シリーズ第十八作
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【 III 】(直接ジャンプ 9. 10. 11. 12.
 
9.
 
 ADMC名誉総裁、チャールズ王子によるスピーチが会場内に流された。
 
「……僕自身が経験することはできませんが、出産が女性にとって健康上のリスクを伴うものであることは理解しています。一人の女性が『産まない』という選択をした時に、それを非難する権利は誰にもありません。彼女以外にそのリスクを負える人はいないからです。
 しかしもしもその女性が『産みたいけれど産めない』、つまり『産む』選択が困難な問題を抱えているのなら、誰か問題の解決に力を貸すべきです。子どもは『生まれる』か『生まれない』かを選ぶことはできません。彼または彼女に生まれるチャンスを与えたい、そのためにADMCの活動があります。
 このバザーに参加した団体はみな違ったフェーズで活動していますが、目指すところは一緒です。子ども達にチャンスを与え、彼らがそのチャンスを生かせるよう手助けをすることです。
 会場にいらっしゃる皆さんも力を貸して下さい。かつて子どもだった皆さん、皆さんが与えられたのと同じチャンスを彼らにも与えて下さい。どうかこの素晴らしいチャリティバザーにご協力をお願いします』
 
 続いた拍手の後で、フラッシュとざわめきの中心が少しずつ移動をはじめた。王子が会場内を視察するらしい。
 ゆっくりとその中心がキャット達のいるゲームコーナーに近づいてきた。手の空いたスタッフが王子を待ち構えるように周囲から集まり、人が増えてきた。もっとも遊んでいる子ども達の方は周囲の変化が全く気にならない様子だ。
 キャットは急に横を向くと、小声でフェイスに言った。
「ちょっと抜けるね」
「どうしたの?」
 フェイスの問いには答えずに、キャットはその場から離れた。
 
10.
 
 チップの顔が見たくないわけではない。一目会えたら嬉しいと思っていた。チップが驚いて笑顔になるところが見たかった。
 でもキャットはぎりぎりになって大事なことに気が付いた。王子の動向を追いかけるカメラのファインダーに自分が入り込めば、きっと記者達の誰かが気付く。そんなことでチップの公務を邪魔してはいけない。無名のボランティアスタッフとして働いている自分が目立っては、このバザーを企画したメインスタッフ達にも申し訳ない。
 キャットは会場をぐるっと半周して、チップがもう通り過ぎた場所へと向かった。
「緑の名札の人」
 横から声がかかって、キャットがそちらを向いた。
「この子、迷子みたいなんだ。どこに連れていくか知ってる?」
 首から青い名札を下げた小柄な少年が、自分の半分くらいの背丈の女の子を連れて立っていた。
 
「あなたのお名前は?」
 キャットはさきほどのフェイスを見習って、しゃがんで女の子に目線を合わせて話しかけた。青い名札の少年が代わりに答えた。
「無駄だよ。この子まだしゃべれないみたい」
「お母さんと一緒に来たの?」
 キャットの問いかけの意味が分かっているのかどうか、女の子がこくんと頷いた。
「迷子だ」
 キャットがそう言うと、少年が冷たく答えた。
「だからそう言っただろ。聞いてなかったの?」
 見上げた少年の青い名札がキャットの目に止まった。そこには『キャット』とあり、名前の横に猫の絵が描いてあった。
 
11.
 
「あなた、キャットって言うの!?」
「えっ?」
「ほら、見て。私もキャットなの」
 キャットが喜んで自分の名札を指し示した。
「よろしく、キャット。自分と同じ名前の子と会うのって初めて」
 キャットが少年に右手を差し出した。少年がおざなりにキャットの手を握った。
「よろしく。それよりこの子早く連れていかないと」
「あっ、いけない。ねえ、キャット。あなたも一緒に来てよ。どこで見つけたか説明して」
 キャットが自分と同じ名前の少年の腕を引いた。もう片方の手では迷子の手をしっかりと握っていた。
「本当は、ケイトーって言うんだ」
 少し前を歩きはじめたキャットに、少年が言い出した。
「え?」
「名前。C-A-T-Oでケイトー。でも小さい子にはCAT(猫)の方が分かりやすいかと思って」
 名札の猫の絵は、最後のO(オー)に耳とひげを描き加えたのだとケイトーが言った。
「なんだそうだったの。私、名前の横に猫のイラストを描くのって字が読めない子のためにすごくいいなって感心したのに。私もそのアイデア借りていいかな?」
「その子、歩かせるんじゃなくて抱いていった方がいいんじゃない? さっきから邪魔になってるよ」
 ケイトーはキャットの話より、迷子の方を気にしていた。
「あ、そうだね」
 キャットが脇に手を入れて持ち上げると、女の子は遊んでもらえると思ったのかきゃっきゃと声を立てて笑い出した。キャットは自分の正面に女の子を引き寄せたところで、次にとるべき動作が分からなくなった。
「そうじゃないよ、貸して」
 ケイトーが女の子をキャットの腕から取り上げた。慣れた様子で肩に女の子をもたせかけ、手で支えた。
「ケイトー、上手だね」
「キャットが下手すぎるんだよ」
 ケイトーは言い切った。
 
12.
 
 キャット達三人が案内所のすぐ近くまで辿りついたところで、予想外の障害が現れた。王子を囲む一団だ。
「あ、まずい」
 キャットが小声でつぶやくと同時にチップがこちらを向いた。この距離でキャットの声が届いたはずはなかった。でも一瞬、確かに目が合ったと思った。しかしチップの視線はすぐに反れ、横にいる誰かに話しかけられてクッキーの試食を受け取った。何かチップが言ったひとことに、場がわっと盛り上がった。
 
 ほっとしたキャットがふと隣を見ると、ケイトーが青ざめた顔で立ちすくんでいた。
「どうしたの、ケイトー。大丈夫?」
 キャットの声で我に返ったケイトーが、キャットに自分が抱いていた迷子を押し付けた。
「よろしく」
「えっ?」
 ケイトーは人垣をかきわけて、いなくなってしまった。
 
 ケイトーの背中を目で追っていたキャットは、いきなり横から伸びてきた手に抱いていた女の子を奪われた。
「モリー!」
「あー」
 明らかに血のつながりを感じさせる女性の取り乱した姿と、その女性に上機嫌で手を伸ばす女の子の様子に、キャットはここまで来た目的がいつの間にか果たされたことを知った。
 
 ゲームコーナーに戻ったキャットを、知らない男性が呼びにきた。何度も抜けることを周囲に詫びたキャットが連れて行かれた先は、事務局の控え室だった。中にはキャットの予想通りチップがいた。しかしチップの反応はキャットの予想と違っていた。
 
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