フライディと私シリーズ第十八作
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13.
 
 二人きりになったとたん、キャットに椅子を勧めもしないでチップが言い出した。
「ロビン、さっき隣にいたのは誰?」
「えっ?」
「子どもを抱いた子と一緒だっただろう」
「見てたの?」
「誰?」
「……ケイトーって名前しか聞いてない。一緒に迷子を連れていっただけだよ、知らない子」
 畳み掛けるように訊いてくるチップの勢いに押され、キャットはやっとそう告げて、それから訊いた。
「フライディ、ケイトーがどうしたの?」
 キャットの言葉にチップは一瞬で笑顔を作った。
「どうしたのって、君の隣に見知らぬ男がいたら、僕が気にするのは当然だろう?」
 明らかな嘘だった。それにケイトーは男ではなくまだ子どもだ。せいぜい十歳くらいだろう。しかし嘘をつこうと決めたチップが本当のことを言うはずがない。何が別のことが頭にあるのは明らかだが、キャットにそれを言うつもりがないことだけはよく分かった。キャットはややそっけなく言い添えた。
「青い名札だったから、当日だけのお手伝いのはずだよ。用事がそれだけだったら、私は持ち場に戻るね」
 部屋を出ようとしたところで、チップに腕をつかまれた。抱きしめられてキスをうけ、キャットはようやく恋人らしい気分になった。
「今日は実家まで帰るの?」
「ううん、泊まる」
「ごめん、行きたいけど今夜は……」
 チップが言葉を濁した。キャットはもともとチップを誘うつもりがなかったにもかかわらず、ひどくがっかりした。
「いいよ、最初からそのつもりじゃなかったから」
 少しつんとして答えたキャットにチップが顔を寄せ、首筋を甘く噛むと耳元でささやいた。
「夢で会いにいくよ、僕のロビン」
 別のこと考えながら、どうしてこんなこと言えるんだろう。やっぱりフライディはうそつきだ。キャットはこみあげる切なさで泣きたくなった。 
 
14. 
 
 午後になり、ようやくゲームコーナーも落ち着いてきた。チップはもうとっくに会場の視察を終えて退場している。
 交代のスタッフが入ったので、さきほどのチップの様子がどうしても気になったキャットは、ケイトーに最初に会った場所に一人で戻ってみた。辺りを見回しても彼は見当たらなかった。係りを交代したのかと周囲にも聞いてみたが、青い名札の少年はあまりに多すぎて、ケイトーがどの団体を手伝っていたのか見つけることはできなかった。
 キャットは、結局バザーが終了して会場の片付けが終わっても彼を見つけることができなかった。
 
 しかしキャットはあまり待たずにケイトーと再会できた。
 
 バザーの翌日、施設のスタッフ何人かと一緒に市民病院を見舞いにいった帰りだった。皆と別れて病院の駐車場で自分の車に乗りエンジンをかけたキャットは、目の前を横切った小柄な少年の横顔に見覚えがあるのに気付いた。思わずハンドル越しに身を乗り出し二度見して確かめた。
「ケイトー!?」
 車を降りて声をかけようか迷った。しかしケイトーが駐輪場から自分の自転車を引き出すのを見て、キャットは車を降りる代わりに携帯電話を取り出した。
 四コール目でチップが電話に出た。
「どうしたの、ロビン?」
「昨日の子、ケイトーを見つけたの。チップ、捜してたでしょ?」
「君は今どこにいるんだ?」
「市民病院の駐車場。自転車で来てるみたいだから追いかけてみる」
「やめろっ。そんな探偵みたいな真似しなくていい」
「とにかくまた電話する」
 チップが何か言っていたが、キャットは電話を途中で切ってサイドブレーキを解除し、アクセルを踏み込んだ。
 
15.
 
 キャットは自転車を追いかけて車を走らせた。勢い余ってケイトーの自転車を追い越してしまったり、進路妨害で他の車にクラクションを鳴らされたりもしたが、とうとうケイトーがある家の門を入り、乱暴に自転車を倒して家のドアを開けるところまで確かめた。
 まずキャットは通りの名前を確認し、チップに電話をしようと携帯電話を取り出した。病院へ行くのでマナーモードにしたままだった携帯には着信が十五件にメールが十件入っていた。
 気乗りしないもののキャットはメールを読み始めた。
『やめろ 電話に出ろ』
 命令口調なのは急いでいたせいだろう。
『電話に出ろ』
 何件か同じメールが続いた。
『電話に出ろ 頼む』
 最後はとうとう『頼む』がついた。悪いと思いつつもキャットは微笑んでしまった。
 
 助手席側のガラスを誰かがノックした。顔を上げると、ガラスの向こうにケイトーがいた。
「ひゃっ」
 思わず悲鳴を上げて携帯電話を取り落としたキャットに、ケイトーが口と手振りでドアを開けるよう伝えた。ドアロックを外すと、ケイトーが助手席に乗り込んできた。
「俺のこと追いかけてた?」
 なんで分かったんだろう、口に出さなかったキャットの思いは顔に出たらしい。ケイトーが答えてくれた。
「速く走ったり遅く走ったりしてる車がいるから、ひっかけられたら嫌だなって思ってみたら、キャットだったから」
 
16.
 
 キャットは何故と訊かれる前にこちらから訊いた。
「昨日どうしていなくなっちゃったの?」
「トイレ我慢してたんだ」
 ケイトーはそっけなく答えた。本当らしくみせようと話を飾りもしなかった。
 
 どうして私のまわりにはうそつきばっかりいるんだろう、とキャットは急にかっとなった。
「嘘っ、様子がおかしかったじゃないっ。それにあの後チャールズ王子にあなたのこと訊かれたよ?」
 ケイトーが顔色を変え、助手席から腰を浮かせた。
「何て言ってたっ?」
「隣にいた子は誰だって。なんだかすごく気にしてたよ、ケイトーのこと。彼も変だった」
 ケイトーが座りなおした。それから顔を上げて改めてキャットを正面から見た。
「やっぱりキャットがチャールズ王子と知り会いだったんだ」
「えっ!?」
 突然言い切られてごまかしようがなく、キャットが真っ赤になった。
「たぶん王子はこっちを見たあの短い時間に、俺じゃなくてまずキャットをみつけたんだよね。それから一緒にいた俺に気付いたんだよね。あの人込みで俺に気付いた理由はそれだったんだ。まさかと思ったけど用意してきてよかった」
 ケイトーの話は途中からキャットには分からないひとりごとになってしまったが、こうやって論理を組み立てて話す人を、キャットはもう一人知っていた。話題の主、チャールズ王子その人だ。
「ねえっ」
 ケイトーこそチップとはどういう知り合いなの、そう訊こうとしたキャットはケイトーに出端をくじかれた。
「チャールズ王子と会いたいんだ。協力して」
「えっ?」
「俺、実の父親が誰なのか分からなくて捜してるんだ」
 
 座ってるのに、どうして床に沈みこむような気がするんだろう。
 
 キャットは地面の底が抜けて、車ごとエレベーターのようにどこまでも下がっていくような感覚に襲われた。
 
17.
 
 キャットは、チップとの昔の関係を匂わせる女性とは何度も会った。初めての時は相手と言い合いになって叩かれた。しかし似たような話がありすぎて衝撃も薄まり、最近では聞き流せるようになっていた。
 
 でも、これはさすがにちょっと聞き流せなかった。
 
「……チップがそうなの?」
 思わず口から出たキャットのつぶやきに、ケイトーが顔をしかめた。
「キャットってどうして人の話聞かないの。『誰なのか分からなくて捜してる』ってさっき言っただろ」
「ケイトーっ、今いくつっ!?」
 キャットが叫ぶように訊いた。対するケイトーは淡々と答えた。
「十歳」
 キャットが頭の中で逆算した。ありえない。
「母親は十五歳で俺を産んだらしいよ。行方不明だけど」
 ありえな……くないかもしれない。
「ねえ、チャールズ王子に連絡してよ」
 
 キャットは無言でこくこくと頷いて、さきほど落とした携帯電話を拾い上げた。話している間に着信がまた増えていた。キャットは再び手の中で震えだした携帯電話の着信ボタンを押した。
「ロビン、今どこだっ!?」
 電話のスピーカーから、大音声が響いた。
 
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