フライディと私シリーズ第十八作
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【 VI 】(直接ジャンプ 22. 23. 24. 25.
 
22.
 
「キャット、ファイルを取ってきて」
 ケイトーに言われて、キャットがソファから立ち、チップがテーブルに置いたファイルを取りに向かった。チップは壁のほうを向いた姿勢を崩さなかったが、キャットに横顔だけで笑ってくれた。
「ソファのひじかけにファイルを置いて、元のところに座って」
 ケイトーにファイルを手渡す時に隙ができないものかと考えていたキャットは期待を裏切られた。ケイトーは歳に似合わず狡猾だった。
 
 背後で紙をめくる音がした。
「……なんだよ、これっ」
 怒りを含んだ声がした。チップが壁に向かって答えた。
「ADMCの書類管理台帳だ。僕が嘘をついていない証拠に持って来た。君が見たがってた書類はここから三百キロ離れた倉庫に保管してある」
「嘘だっ」
「彼女が人質になってて僕が嘘なんかつくわけないだろう。どの箱にどの記録が入ってるかちゃんと書いてあるから確かめてみろ」
「コンピュータには書類を移した記録はなかった」
「事務所荒しだけじゃなくてハッキングまでしてたのか。最近の子どもは恐ろしいな……都会の事務所は狭いんだ。それにADMCの事務をしているディーはコンピュータを信用してなくて、手書きが好きなんだよ。僕はずっと電子化するように勧めてきたけど、どうやら彼女の方が正しかったみたいだな」
 ケイトーが子どもらしからぬ悪態をついた。チップが再び口を開いた。
「ここで君に提案があるんだが、彼女の代わりに僕を人質にしてくれないか。僕がその倉庫まで君を連れていってもいいし、書類が届くまで君に付き合ってもいい。どちらの方法でも君は目的を果たすことができる」
 ケイトーが答えるより早く、キャットが叫んだ。
「フライディ、何言ってるのっ!?」
「君をこの状況から救い出すためなら、僕は何でもする。古い紙束くらい、いくらでもくれてやるよ」
 壁の方を向いたまま、チップはきっぱりと言った。
 
23.
 
 キャットは思わずケイトーを振り返った。ケイトーは眉を寄せてチップの提案を考えているらしく、キャットにほとんど関心をむけなかった。彼が持っていた銃をキャットはその時、初めて明るい場所ではっきりと見た。
 
 いきなり立ち上がったキャットは、ケイトーに駆け寄って椅子ごとつきとばした。ネットダッシュの練習をしていてよかったと心から思った。
 気配に振り向いたチップが一瞬遅れてケイトーのところへ駆け寄り、キャットに加勢した。チップは腕を押さえつけてケイトーの銃をむしり取り、自分のスラックスの背中にそれを収めた。なんとか二人がかりで暴れるケイトーを床の上で押さえつけると、その状態のままチップがキャットを叱りつけた。
「ロビン、何やってるんだっ! 壊れやすい陶器の人形みたいにおとなしくしてろって言ったじゃないかっ!」
「安全装置かかってるのが見えたんだものっ!」
「安全装置を外す方が早かったらどうするつもりだったんだっ!」
 チップは鋭くそう言い、今の状況を思い出したらしく口調を和らげた。
「この話はあとでしよう。僕が押さえてるから、君はこいつが他に武器を持ってないか確認して、そこの窓からタッセルを持ってきてくれ」
 キャットが持ってきたカーテンのタッセルでケイトーの両腕と両足を縛ったチップが、キャットに銃を渡した。
「これをどこかに仕舞ってきて」
 キャットが別の部屋の引き出しに銃を仕舞ってから戻ると、チップは縛り上げたケイトーをソファに座らせ、向かい側で嫌味なほどにくつろいだ姿勢をとっていた。
「おいで、ロビン」
 チップが自分の隣にくるようキャットを促した。キャットが座ると、頼もしい腕がしっかりとキャットを抱いた。
 キャットはやっと本来の場所に戻ったと感じた。そして今になって震えだした。
 
24.
 
 チップがキャットの頭の上に口づけてから、ケイトーに向き直った。
「僕の大切な恋人をよくもこんなに脅かしてくれたね」
 ケイトーは口をかたく結んで答えなかった。
「分かってるだけで危険物所持、監禁、脅迫……それに多分ハッキングと窃盗目的での建造物侵入」
「窃盗はしてない」
「窃盗未遂」
「するつもりもなかった」
 ケイトーが頑固に言い張った。チップはとりあわずに冷たく言った。
「他の罪状だけで充分だよ。矯正施設行きか保護観察か、どちらにしても保護者に連絡しないとな」
「どうしてそんな風に脅かすの? 俺がめそめそ泣き出すのでも待ってるの?」
 ケイトーがチップを見据えた。その口調と顔つきはとてもこれから泣き出すようには見えなかった。
「本当ならすぐ警察に連絡するだろ。なんでこんな手間かけるの? もしかして見逃してくれようとか思ってる?」
「どうしても今すぐ事情が知りたくてたまらないんだ。好奇心が強すぎるとろくなことにならないってことは分かってるんだけどね」
 一人だけ会話に参加していないキャットはまだ震えが収まらないものの、このやりとりを聞きながらやっぱりこの二人は似ていると思った。キャットがチップの腕の下からケイトーに話しかけた。
「ねえ、ケイトー。お父さんを捜してるっていうのと、お母さんが行方不明って言ってたのは本当? さっき見たがってた書類には何が書いてあるの?」
 チップを見据えていたケイトーがキャットに視線を移した。キャットと目が合うと、彼が少しだけ目を伏せた。
「俺の母親は俺を産むかどうかADMCに相談しにいったみたいなんだ。だから、そこで父親について何か話したんじゃないかと思って」
「親戚に訊くとか、もっと穏やかな方法はなかったのか?」
 チップの質問に、ケイトーは再びチップを見据えた。
「何も言ってないはずだよ。あいつらが知ってたら、父親に俺を押し付けるか口止め料をたかるかしなかった筈ないから」
 
25.
 
 ケイトーの母親は十五歳で彼を産んでからしばらく両親と一緒に暮らしていた。彼が一歳になる前に、家族のもとに子どもを残して家を出て行って、その後は行方知れずらしい。施設に入れられた彼は一年も経たないうちに里親に引き取られ、里親の二人と一緒に暮らしはじめた。
 ケイトーは自分が里子であること、実母の両親に親権があり正式に養子にできないのだという事情は小さい頃に里親から聞いて知っていたが、最近になって里親夫婦が深刻な問題を抱えていることを知り、それについて調べたのだという。
「きっと君のことだからあらゆる手を使ったんだろうね」
 チップが嫌味ったらしく言ったが、ケイトーは無視した。
「里親は最初から、俺のことを正式に養子にしたいって言ってたらしいんだ。でも、俺の母親の両親は親権を渡さなかった。それどころか、里親として俺を引き取れば養育費がもらえるんだから、俺を手許に置きたいなら金を払えって言ったらしい」
「里親と実親の間での金銭の収受は禁止されている」
 チップが言った。ケイトーが面白くなさそうに笑った。
「子どもを亡くしてから泣いてばかりだったマミーが笑うようになったのを見て、禁止されてるのは分かってたけど払っちゃったんだってさ、ダディーは。正式な養子縁組の手続きに何年もかかってすごく大変だってことを分かってたから、里子でもいいからすぐに俺を引き取りたかったんだって」
 間違った行為だが、それがケイトーへの愛情からであったことも確かなのだろう。ケイトーの言葉には里親の行為への憤りと諦め、それに自分のためにそこまでしてもらったことへの照れが混ざり合っていた。
「それから?」
 チップが先を促した。
「俺が十六になって自分で親権者が決められるようになったら、正式に養子になる筈だったんだ。でも最近ダディーに外国勤務のオファーがあった。里子のままだと国外に連れていけない。ダディーは親権を譲ってくれるようにまた俺の母親の両親に頼んだ」
「それでまた金銭を要求されたのか?」
 ケイトーが頷いた。
 
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