フライディと私シリーズ第十八作
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エピローグ5.
 
 シンクの前に二人並んで、リーは洗った皿を水切りに並べ、チップはそれを拭きあげていった。ディナー皿を三枚重ねて四枚目を拭きかけたところで、チップはやっと、必要なだけの勇気を集めた。
「浅い考えであなたに大変失礼なことを申し上げました。本当にすみません、ミセス・ベーカー」
「リーでかまわないわよ」
 チップは驚いて四枚目のディナー皿を落としそうになった。初めて会った時「何とお呼びすれば?」と訊いたチップに、意外そうな顔で(もちろんわざとだ)「皆さん『ミセス・ベーカー』とおっしゃいますけど、ミセスを使うのがお嫌いでしたらミズでも結構ですわ」と答えて以来、リーがチップにこんな親切を示してくれたことはなかったのだ。
「私も言い過ぎたわ。ごめんなさい、チップ。キャットの前であんな風にあなたをやっつけるなってジャックに叱られたわ。逃げ道のひとつくらい用意してやりなさいって」
 チップにリーと呼ぶのを許したのは、どうやらそのお詫びらしい。しかしあの場でリーに言い負かされなければ、チップは今回の件でまだ自分を責め続けていただろう。
 
 チップは思わず大きな溜息をついた。
「ジャックには……とても敵わないな」
 リーが少し頬を染めて誇らしげに微笑んだ。
「そうよ。ジャックみたいな人、他には誰もいないわよ」
「僕もそう思います」
 チップがリーに笑いかけた。それは今までミセス・ベーカーに向けてきた、そつのない笑顔よりもずっと親しみが込もっていた。リーは無邪気そうに目を躍らせて笑みをかえした。
「まあ、驚いたわチップ。あなたと意見が一致したのは初めてじゃないかしら」
 そのいたずらっぽい目があんまりキャットにそっくりだったので――もちろんキャットの方がリーに似ているのだが――チップは恋人への愛しさで胸が苦しくなった。彼女が生かされている運命の全てに感謝したかった。
「リー、キャットを産んでくださってありがとう」
 リーはその言葉に軽く眉を上げて、あきれた人ね、自分のためにキャットが生まれたとでも思ってるのかしら、という返事の代わりにした。
 
エピローグ6.
 
 チップは灯りを消した客用寝室で目を閉じて横になり、ここ数日の出来事を思い返していた。ドアが控え目にノックされたのに気付いて、体を起こした。
「起きてる?」
 黒い影は小さな声でそう言うと返事を待たずにドアのすきまから入り込み、チップがかけていたシーツの上で丸くなりチップの足の上に頭を落ち着けた。
「ロビン、君がこんなところにいるのをジャックとリーは喜ばないと思うよ」
「一緒にいたいの」
 甘えたささやきが返ってきた。チップは愛しさで胸がつまり、キャットの頬をくすぐった。
「愛してるよ、ロビン」
 
 すこし間があって、キャットがささやき声で訊いた。
「フライディ……誰かのこと私と同じくらい愛してたことある?」
「ないよ」
 即座に答え、それからまたチップが言った。
「君を世界一愛してる。宇宙一愛してる。宇宙よりもっと愛してる」
「私も、フライディ。宇宙よりもっと愛してる」
 
 二人はシーツを挟んで身を寄せ合い、指だけを無言でからめあった。ごく控えめな触れ合いだったけれど、触れ合った場所からはお互いへの気持ちが流れ込んできた。
 
エピローグ7.
 
 ノックの音がした。チップが一瞬迷ってから観念してノックに応えた。
「……どうぞ」
 キャットはどうしようもなくなって目を閉じて寝たふりをした。
「私達はもう休むが、足りないものは――うちの猫が迷惑をかけているようだな」
「いえ、キャットはここに枕を捜しにきただけですよ」
 ジャックがくっと笑いをこらえた。寝ている筈のキャットの肩も震えた。
「私なら枕を捜す時はまず自分のベッドの下を見るんだが、娘は違うやり方をしたようだ。邪魔だったら遠慮なく追い出してくれ」
「邪魔じゃなかったら?」
「君に任せるよ」
「では彼女の枕に選ばれた名誉を謹んで引き受けます」
 寝ている筈のキャットの肩が再び震え、ジャックも再び笑いをこらえた。
「私とリーは5時過ぎに店に降りるが、君は気にせずゆっくり休んでくれ。起きてからの君の面倒はそこで寝ている娘がみるはずだ」
「ありがとうございます――何もかも全て」
「ではおやすみ、チップ」
「おやすみ、ジャック」
 
 再び扉が閉まった。やがて押さえたくすくす笑いと衣擦れの音のあと、宇宙よりもっと愛し合う恋人達はシーツの下でぴったりと抱き合って眠りについた。
 
end.(2010/09/24)
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あとがき(別ページ)
時系列続き(並列含む) 番外編→お礼SS#008
(番外編を読まずに本編の続きを読む場合)本編→048◆Nothing Special
 
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