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フライディと私シリーズ第十九作
048◆Nothing Special(直接ジャンプ )
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズの他の作品はF&I時系列からご覧下さい。
 
【 1 】
 
 その日、王宮のオランジェリーには豪華な顔ぶれが揃っていた。そこにいたのは王宮の外であれば臣民の携帯電話やパパラッチの高性能カメラでベストショットを狙われるであろうセレブリティ、メルシエ王国の観光資源とも言われる四王子とエリザベス王女殿下、王太子の婚約者レディ・アン・バーグレッド……と一人の民間人だった。
 その一人は今のところ世間では『恋多き王子の最新の恋人』(但し時々『!?』つきで別の女性もこのポジションに納まる)というあまりありがたくない肩書だけが知られていたが、今日のごく内輪の集まり、チップの誕生日を兄弟で祝う昼食会のメンバーにはミス・キャサリン・ベーカー/キャット/ロビンとしてよく知られ、愛されていた。
 
 チップ達兄弟とその恋人達は気取らない午餐を終えて給仕も下がらせ、ゆるく弧を描くように置かれたソファに思い思いに座り、外の景色を眺めながらお茶を楽しんでいるところだった。そうしてくつろいでいるとただの親しい仲間同士の集まりにしか見えなかった。彼らにも私人としての時間はあるのだ。
 元々は柑橘類の冬越しのために建てられたこの建物は南側に大きなガラス窓が設けられており、この季節には鮮やかな彩りが目を惹く花たちが強い日差しに挑むように顔を上げて咲き誇る姿が楽しめた。もちろんガラス一枚で隔てられたオランジェリーの空気は、夏服に合わせて過ごしやすく調整されていた。
 
「来年もこうして集まれるといいな」
 チップは横に座るキャットの手を握って、皆に笑いかけた。
「これくらいの人数ならジョークの一番面白いところを聞き逃さずに済むし、つまらないことを言う奴にはパンをぶつけられる」
「それは駄目」
 キャットは手を握られたままチップをぴしりと叱りつけた。エドが噴きだした。チップは全く堪えた様子もなく甘い声で恋人を口説いた。
「ねえ、キャット。今日は僕の誕生パーティーなんだから、もっと甘やかしてくれてもいいんじゃない? 僕の分のバースディケーキは君が全部食べちゃったんだし」
「あれはっ」
 キャットは赤くなった。この場にいる全員がその一部始終を見ていたので誤解される心配はないのだが、それでも欲張って人の分まで食べたような言われ方はまったくもって心外だった。
「チップが食べろ食べろって無理やり食べさせたからじゃないっ」
「君が食べても食べても痩せていくからだよ」
 チップがちらりとキャットの胸元あたりに視線を送った、途端にキャットの声は小さくなった。
「夏はしょうがないよ。秋になれば戻るから」
「テニスにそこまで打ち込むのは、健康のためにはむしろ良くないんじゃないかと思うよ」
「私、別に健康になるためにテニスしてるわけじゃないもん」
 憎らしく言い返すキャットを見て、少し離れた場所でアンが笑みをもらした。とたんにチップは人の悪そうな笑顔を浮かべた。
「子どもみたいにすねるなよ。ほら、アンに笑われてるぞ」
 いきなり話題を振られたアンがあわてて、しどろもどろで言い訳をした。
「笑うなんてっ! そうじゃなくて……その……食べても食べても痩せるなんて見習いたいわ」
「年が違うだろう」
 アートがよく通る声でそう言い、アンはさっと赤くなって目を伏せた。確かにキャットは花もほころぶ十八歳、三十三歳のアンとでは代謝も生活も違いすぎて参考にはならない。でも事実を告げたその言葉はひどくきつく響いた。アートの兄弟達は肩をすくめあったが、キャットだけは摂政殿下、アーサー王太子をじっと見つめた。いや、にらみつけていたと言ってもいい。
 
 それからすぐアートとアンは、結婚祝いとして二人に贈られる王室所蔵の絵について家宰と話をするため中座した。
 ドアが閉まったとたん、キャットが隣のチップの腕を掴んだ。
「ねえっ! アートってどうしていつもああいう言い方なの? もっと優しい言い方すればいいと思わない?」
 先ほどから黙って怒りをつのらせていたらしいキャットに、チップが真面目な顔で言った。
「僕のように深い愛情と真心を常に言葉にする恋人は、本当に、とても、希少な存在なんだよ」
 キャットが疑い深いまなざしを向けたが、チップは表情を崩さなかった。エドが横から口を挟んだ。
「アートは昔っからああだよね。図書室でもそうだったじゃない」
 するとチップはいきなり破顔してエドに同意した。
「確かに。その本面白いの、って聞くと」
 
「 "Nothing Special"(別に)」
 
 エドとチップは声を揃えてそう言うとげらげらと笑い出した。
「……どうしていつもいつもそうやってふざけて欲しくない時にふざけるの」
 奥歯を噛みしめたキャットに、チップが陽気に言い返した。
「君こそどうしていつも僕の話を聞き流すんだよ。エドも僕と同じことを言ってただろう。アートの愛情は昔から分かりにくいんだ。自分が読んでる本を面白いとは絶対言わないくせに、僕達が貸してって言っても絶対貸してくれなかったんだよ。君の恋人がアートじゃなくて僕で幸いだったね。あまり気付いてはもらえないけど心から愛してるよ」
 キャットがからかわれているのか口説かれているのか悩んでいる間に、チップはエドに標的を移した。
「図書室といえばエドは昔から装丁の綺麗な本を選んで、表紙も開かずに眺めるのが好きだったよな。本と恋人は似てるって誰の言葉だったかな」
 幸いエドは兄に口説かれる心配がないので、言葉の意味に悩まずに済んだ。そしてきっちりと言われた分だけの仕返しをした。
「チップはよく『この本すっごく面白いんだ。でもお前には見せない』って言いに来たよね。見せびらかしたいのか隠したいんだかはっきりしないところ、今とそっくりだよね」
 兄弟が頭越しに言い合う様子を横目で見て、ベスがキャットに言った。
「ね。ずっとこんな姿ばかり見ていたら、ベンがいかに素敵に見えたか分かるでしょう?」
 キャットがはじけるように笑い出した。すっかり笑顔になったキャットが、まだ言い合っているチップ達に急に思いついて訊いた。
「ねえベンは? ベンはどんな本を読んでたの?」
「ベンは、『その本どこにあったの?』っていうような本をどこかから見つけてきて一人で読んでるんだ。図書館の主みたいだったよ」
「僕達が捜してる本もすぐ見つけてくれるんだよね。題名全部覚えているんじゃないかっていうくらい」
 
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