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フライディと私シリーズ第十九作
048◆Nothing Special(直接ジャンプ )
 
【 2 】
 
 チップとエドが口々に答えたが、ベン当人は自分は話題の人物とは別人だというような涼しい顔でティーテーブルの横に立ち、自分で入れた紅茶を一口飲み、そこに何かの実験のような慎重な手つきで熱いお湯を足した。その仕草を見つめながら小さく微笑んだベスを、エドが何か言いたげに見つめた。
 その微妙な空気はキャットの一言で跡形もなく散らされた。
 
「そういう時のベンって仕事してる時のお父さんみたい」
 
 ベンはキャットに微笑んでみせたが、ベスとエドは二人揃って今度はキャットをまじまじと見つめ、チップは大笑いした。
「キャット。『お父さんみたい』は誉め言葉にならないよ」
「えっ、そうなの? でも私、お父さんのこと格好いいと思ってるよ?」
 本気で笑われた理由を理解できないらしいキャットが、真面目に訴えた。チップがいたずらっぽい目つきになった。
「じゃあ僕は?」
「全然お父さんみたいじゃない」
 すかさず答えたキャットの髪を、チップが両手でわしゃわしゃと混ぜた。
「やめてやめてっ、ベス助けてっ」
 キャットはあわててチップの手を逃れてソファから飛び降り、ベスのところまで逃げていった。ベスを楯にして本物の猫のように顔を半分だけ出したキャットを、チップが笑顔で誘った。
「ほら、そんなところに隠れてないで出ておいで。もう意地悪しないから」
 キャットがそっと近づいていくと、笑顔のチップはもう一度隣に座るよう身振りで促し……キャットが座ったとたん、片手でがしりと頭を掴んだ。
「うそつきっ!」
「何もしてないよ。頭に手を乗せただけだろう」
 
 皆がしょうがないという顔で二人を見たところで、扉が開いてアートとアンが戻ってきた。チップがキャットの頭を掴んだまま、アートに訊いた。
「おかえり。気に入った絵は見つかった?」
「別に」
 アートは何故その場にいた全員が笑い出したのか分からずいぶかしげな顔をしたが、理由を聞くと無言で眉根を寄せた。
 ようやく頭を掴む手から解放されたキャットが髪を手ぐしで整えながらチップに訊いた。
「四人で図書室って、『図書の時間』か何かがあったの?」
「気軽に友達の家に遊びに行ったりはできなかったし、廊下のステンドグラスを割ってからはボールも取り上げられて、天気の悪い日は部屋でゲームをするか図書室に行くくらいしか暇がつぶせなかったんだよ。晴れている日には庭でテニスや釣りもできたんだけど」
「釣り? どこで?」
 キャットが言った。
「目が大きくなったよ、子猫ちゃん」
 チップがキャットの喉を人差し指でくすぐってから、エドの顔を見た。
「エド、昔使ってた釣竿はまだ取ってあるよな?」
「ある」
 訊かれたエドではなくアートが答えた。チップが残りの全員に向かって言った。
「バースディ・フィッシング・パーティーに参加する人は?」
 まずキャットがさっと手を高く挙げ、チップの兄弟達もキャットほど積極的ではなかったが順に手を挙げた。アンとベスが控えめにそれに続いた。エドが立ち上がった。
「じゃあ厨房に」
 内線電話の方へ行きかけたエドをアートが止めた。
「餌はある」
「ねえ。釣りの餌って」
 キャットが小声でチップに言いかけ、チップが言いたいことを汲み取って答えた。
「アートが冷蔵庫に活餌を入れてるって話は聞かないから大丈夫、ミミズや虫じゃないよ。子どもの頃はいつも、ピクニックバスケットの用意を頼むついでに厨房でマッシュポテトを貰って釣ってたんだ」
 
 しばらくして、準備が出来たと連絡がきたので、四兄弟とその恋人達三人は王宮の北堀へと向かった。ベスは幼い頃にもよく来ていたし、アンも王宮の歴史は知っていたから、これから行くのがどんな場所なのか知らないのは隣国から来たキャットだけだった。
「宮殿の周りに堀なんてあった?」
「外敵を防ぐための堀じゃなくて、篭城に備えた貯水池に、水源から水を流すために作られたものだ。子どもの頃はよく来たよ」
「釣った魚はどうするの?」
「リリースする。水の毒見と兵糧用に放された魚だけど、美味しくはないらしい。あまり美味しいと兵糧が食べつくされちゃうからね。アートとベンが小さい頃、毎日持って帰っては夕食に出してもらって母が三日で音を上げたって。僕は試したことがない」
 ベンが珍しく口を挟んだ。
「それほど不味くはない。生じゃなければ」
 その途端にチップが肩を震わせて笑い出し、アートは無言でその肩を強く殴った。きっかけを作ったベンはすました顔をしていた。
「どうしたの?」
 三兄弟の無言劇の意味がわからず、キャット達はエドに説明を求めた。エドがすまなそうな顔でアートをちらっと見てから説明した。
「小さい頃、この三人で釣りに来て、アートはサンドイッチを食べながら釣りをしてたんだって。『こういう時に片手で食べられるように発明されたものだ』って言ってね。その時たまたますごく小さい魚を釣り上げたチップが、サンドイッチをこっそり一切れ取って」
 そこでエドはもう一度アートの様子を確かめた。アートは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。エドは早口で残りを話した。
「パンの間に魚を挟んで戻したんだって」
 エドの話の結びにキャットとアンの叫び声が重なった。ベスは叫ぶ代わりにやっぱりという顔でチップをにらんだ。チップは女性達に無邪気な笑顔で言い訳をした。
「まだ善悪の判断がつかない子どもだったんだよ。でもあの、食べようとしたサンドイッチが跳ねた時のアートの顔ったら」
 言いかけたチップを、アートが首を絞めたそうな目つきでにらんだ。しかし全く応えないチップはアートにも同じ無邪気な笑顔を返した。エドが説明を追加した。
「今日のピクニックバスケットにもサンドイッチは入ってないはずだよ。アートが食べないから」
 アートがサンドイッチに手をつけなくなったので、ピクニックバスケットの中にはパイか口の開かないホットサンドしか入れられないと、コックがいつかぼやいていた。
「以前にサンドイッチをお出したことがなかったかしら」
 アンの心配そうな口調に、アートが初めて表情を和らげ口を開いた。
「大丈夫だ。ピクニックバスケットの中のサンドイッチを見ると腹が立つだけで」
「アートは我慢強いけど執念深い性質なんだ」
 背後に放ったアートの裏拳は、狙い通りチップの眉間の急所に直撃した。さすがのチップもしばらく軽口を叩く余裕がなくなったが、今回ばかりはキャットにすら同情してもらえなかった。
 
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