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フライディと私シリーズ第十九作
048◆Nothing Special(直接ジャンプ )
 
【 6 】
 
「人目を惹くというのは、先程エリザベス殿下のために選ばれたような服でしょうか。確かに色も仕立も素晴らしいスーツですが、レディ・アンがお召しになっても堅苦しくて居心地が悪そうに見えるでしょう。エリザベス殿下と同じような服で並ばれたらただの引き立て役になってしまいます。エドワード殿下は喜んで引き立て役をなさっておいででしょうけれど、同じ女性であるレディ・アンがそのような役を引き受けることには何のメリットもございません。
 更に申し上げればレディ・アンのお隣に立たれるアーサー殿下は周囲に自然に人の輪が出来るというよりは、少し離れた位置から仰ぎ見られる、どちらかといえば堅苦しい雰囲気のお方です。そのアーサー殿下の隣に、やはり堅苦しい服を着たレディ・アンが並ばれては、余計に堅い印象を与えてしまいます。服によってはレディ・アンが前に出すぎてアーサー殿下が引き立て役になってしまいます。殿下を引き立て役になさりたいですか?」
「とんでもない!」
「同じ引き立て役なら、エリザベス殿下よりもアーサー殿下の引き立て役をなさりたいのでは?」
「ええ。もちろんです」
「それなら簡単です。ああいうタイプの服はエリザベス殿下が引き受けて下さるんですから、レディ・アンはもっと違う服の宣伝をなさった方が国益になりますわ。無理に変わろうとなさらず、ぱっとしないと思われる服の中からお似合いになるものを選べばいいのです」
「……はい」
 アンはとりあえずそう返事をしたものの、今言われたことがストレートに頭に入っていかなかった。自分は今、野暮ったい方がいいと言われたのだろうか?
「もしお隣がチャールズ殿下だったとしたら、今のこの服では確かにぼやけたりかすんで見えてしまいますが、幸いにもお隣はアーサー殿下です。レディ・アンはただ家庭的で女性らしい柔らかさを王太子殿下に添えて下されば宜しいのです。たとえばこのようなドレスで」
 話をしながらミラは一着のドレスを引き出した。さっきアンがぱっとしないと言ったワンピースは昼向けだったが、こちらは夜向けの、寒色と暖色の境目にある淡い緑のすとんとしたロングドレスだった。これもアンが安心して着られる色だ。言われるがままに試着して鏡の前に立っても鏡の自分には違和感がない。
「このままではゆとりが野暮ったく見えますから、こことここを絞ります。少しこちらを向いて頂けますか?」
 話をしながらミラがアンの服の袖と肩、そして腰にシルク用の細いピンを打った。再び鏡を覗くと、そこにはいつもよりぐっと洗練された姿のアンが映っていた。タイトで体型に添ったシルエットだが、いったいどういうわけなのかいつもと違って下着でいるような気分にならない。
「……どんな魔法をお使いになったの?」
「魔法でも何でもありません。元々二の腕と腰が細いのですからそこをもっとアピールするべきなのです。胸を目立たせたくなければデザインをアシンメトリーにしてそこに視線を集めるという手もありますが」
 そう言いながらミラは腰の位置に打ったピンを外して右脇の縫い目にドレスのゆとりを集め何箇所かピンで留めていった。綺麗なドレープが胸元から右腰へ、そこで折り返して今度は左裾へと流れた。
「私としては先程のようにあえて隠さない方をお勧めしたいですね。王太子殿下のご成婚で国民が期待するのはお世継ぎの誕生でしょうから、王太子妃に母性を感じると安心すると思います。そこはアーサー殿下のお好みにもよりますが」
 アンは最後の言葉でさっと赤くなった。アートは好悪を口にするタイプではない。アートがどちらを望むかは全く予想がつかない。
「このドレスを元に新しいものを一枚仕上げさせましょう。アーサー殿下のお好みをご確認頂いて、必要なものを足すかたちに致しましょう。でもレディ・アンの基本となるのはこういったドレスになると思います」
「はい」
「音楽祭の最終日に間に合うように用意させますから、お召しになって下さいね」
 毎年、夏の終わりを飾る音楽祭が一週間の日程で開かれることになっていた。アンは王太子の婚約者として最終日の閉会式とパーティーに招待を受けていたが、その日を特に指定されたことを少しいぶかしんだ。
「このドレスでレディ・アンが主役になられるように、他のお二方のドレスは少し控えめにして頂きましょう」
「それは……そんな」
 アンが慌てた。それはちょっといんちきではないか。そう思ってから、気付いた。さっきの言葉は、ベスだけでなくキャットもミラの顧客だという意味ではなかったか。
「ミス・ベーカーもこちらでアドバイスを受けているの?」
「他の顧客についてはお話しないことになっています」
 ミラが、アンに片目をつぶってみせた。
 
 音楽祭の日、メイン会場となっていたホールの貴賓席には三人の王子とその恋人の姿があった。ベンだけはプライベートな旅行のためいなかったものの、運良く最終日のチケットを手に入れた観客達はオペラグラスで豪華な顔ぶれをじっくりと観察していた。
 アンはもちろんあの淡い緑のドレスだった。いつもより体に添ったシルエットも、慣れた色のおかげで着てしまえばあまり気にならなかった。ベスは光沢のある青のドレス、キャットはクリーム色のショールカラーとパフスリーブに、ふんわりと膨らんだスカートが可愛らしい紺色のドレスだった。黒や紺のタキシード姿の中で、アンだけが全身に光を集めて輝いていた。
 その三人は今、貴賓席の縁に並んでまだチューニング中のオーケストラを見下ろしてあれこれと喋っていた。キャットが隣にいるアンをうっとりと眺めた。
「アンのそのドレス、すごく素敵」
「キャットだって素敵よ。その衿もパフスリーブも可愛いわ」
 アンがそう返すと、キャットが口をとがらせた。
「いかり肩を隠したいならこれにしなさいってミラに言われたの。本当はアンみたいにシンプルなのが好きなのに」
「えっ?」
 思わずアンが声を上げた。反対隣でベスが笑った。
「テニスを止めたら肩は小さくなるとも言われたじゃないの。でもやめたくないんでしょう」
「うん。チップに勝つまではね」
 アンをはさんだ二人の会話に、アンも加わった。
「やっぱりキャットもミラのアドバイスを受けているのね」
「うん。ベスに紹介してもらったの。チップとつりあわないって思うのが自分で嫌だったから」
 キャットの言葉に、アンは胸をつかれた。何もせずキャットは気後れしない、自然体でうらやましいとベスに愚痴をこぼした自分が恥ずかしかった。
「……大変じゃない?」
 アンの問いかけを、キャットは費用についてだと受け取ったらしい。
「学割にしてくれてるの。本当はそんなのあるわけないと思うんだけど、無理してもしょうがないから今は甘えてる」
 そう言い切れるキャットの強さをアンは尊敬した。
 
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