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■背中を預ける
 
「こうすれば安心」
 キャットはチップの腕を勝手にもちあげて下へもぐり、自分の背中をチップの体の横にぴったりとつけた。
「昔オーストラリアの入植者達も寒い夜にこうやって犬を抱いて寝たらしいよ」
 チップが軽口を叩きながら、キャットに腕を回した。キャットはチップの腕の中にすっぽりと納まった。
 キャットが幸せそうに告白した。
「私の部屋ってベッドの横に窓があるでしょう? 小さい頃、怖い話を聞いた夜とかに『もし夜中に目が覚めて窓の外にいる何かと目が合ったら』って思うと怖くて、窓の方を向いて寝られなかったの。だから外が見えないように窓の方を背中にして寝るんだけど、そうすると今度は窓から入ってきた何かが背中に触るんじゃないかって心配になってくるから、枕を後ろに置いて背中を枕につけて寝ることにしてたんだ」
「実は僕、『理想の枕』って呼ばれてるんだ」
 
 笑ったチップの脳裏に、あの島で彼女と過ごした二日目の晩の記憶がよみがえった。
 
 キャットは日暮れ近くなってから何気ない様子で近づいてきて、今夜も近くで寝て構わないかと訊いた。チップはもちろんと答えたが、16歳の少女がよく知りもしない大人の男に向かって、近くで寝ていいかと頼むのにはずいぶんためらいがあったのではないかと思う。あの時もチップはそんな真似をさせた自分の気の利かなさに後から腹を立てた。(次の晩ケンカをして、腹立ちの治まらないキャットがうんと遠くで寝ようとしたのはまた別の話だ)
 
 チップは、もしあの時この話を聞いていたら自分はキャットに背中をつけて寝ていいよと言っただろうかと考えて、すぐに否定した。あの時はチップにもまだ突然現れた他者への警戒心があった。チップはまだキャットとの距離を測っているところだったし、自分が決めた距離より近づくつもりも、近づけるつもりもなかった。
 
 チップはそこでふっと微笑んだ。それより何より、このキャットがそんなことを恋人以外の男に言うはずがなかった。キャットは甘えたがりではない。およそその対極にいる。何しろここまで懐かせるのに二年もかかってるんだから。
 
 チップは回した腕でキャットをぎゅっと抱きしめた。
「君の背中はいつでも僕が預かるよ、バディ」
「そっち向いて」
 キャットはいきなり彼の腕を持ち上げて束縛から逃れ、有無を言わせずチップの肩を押した。チップはおとなしく向きを変えた。今度は先程とは逆にキャットがチップの背中に寄り添って腕を回した。肩幅の違いのせいでチップはキャットの腕にすっぽりと納まるというわけにはいかなかったが、背中で感じるぬくもりと圧迫は、確かにキャットが言うとおりの安心を与えてくれた。背伸びをしたキャットが、チップの耳に口を寄せた。
「フライディの背中はいつでも私が預かるよ、バディ」
 
 チップは静かに息を吐いた。そうしないと幸せで胸が破裂しそうだった。
 
「……ロビン。君にしつこいと思われないようにプロポーズは一日一回って決めてるんだけど、今日だけ二回してもいい?」
 キャットはチップの背後でサイドボードの時計を確かめた。
「もう夜中を過ぎたから大丈夫じゃない?」
「いや、明日の分はまだ使いたくないんだ」
「わがままだなぁ、もう」
「枕だろうと足ふきマットだろうといつでも君の望むものになるよ」
「そんなプロポーズ聞いたことない」
 背中から伝わるキャットのくすくす笑いに合わせて、チップも笑った。
「だからいいんだ。独創的だろ。ねえ、返事は?」
「知らない。おやすみ」
 
end.(2010/11/07)
 
時系列続き(並列含む) 番外編→047◆『理想の両親』と現実
(番外編を読まずに本編の続きを読む場合)本編→048◆Nothing Special

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