【 3 】
「ルビーと一緒にフラワーガールなんてできない」
愛らしい少女を目の前にしてアンは溜息を押し殺した。
「グレース」
アンは言葉を選びあぐね、そこで言葉を切った。再び少女が言った。
「他の子のボーイフレンドと隠れてキスするような子と一緒にやりたくない」
グレースはかたくなな表情で膝の上の手を見つめていた。
アンは、ようやく明らかになったトラブルの原因に驚き、そして脱力した。
アンのいとこハリエットとマーガレット姉妹の娘、同じ歳でいとこ同士であるルビーとグレースの仲があまりよくないことはアンも知っていた。十二歳という年齢がフラワーガールとしてぎりぎりなのも分かっていた。
しかし二人にもうボーイフレンドがいて、それも同じ男の子を取り合っている最中だとまで想像できなかったからといって、誰もアンを責められないだろう。
そしてまた原因が何であれ、フラワーガールが不和の女神の化身となってお互いに別の方向を向き、通路の両端に別れて歩くのを放っておくわけにはいかない。アンはひとつ息を吸って、笑顔を作った。
「私はグレースがあのドレスを着たところを見たいわ。グレースも気に入ってくれてたでしょう?」
アンはあえてトラブルへの言及を避けた。今のアンは他人のトラブルにまで関わっている余裕がない。もちろん余裕があったとしても巻き込まれるのは避けたいが。
「グレース、お願い。その日だけクリスマスみたいな気持ちになってくれない? だって私の結婚式なんですもの、花嫁のわがままを叶えてほしいの」
アンは、強引にそう押し切るつもりでいた。
迎えにきた母親のマーガレットと一緒に応接間を出て行くグレースを見送って、アンはほっとしてソファにもたれかかって額を押さえた。
何故アンが理屈ではなくわがままで押し切ったかといえば、答えは簡単だ。前日に来たルビーと同じようなやりとりを交わした後だったからだ。二度目の今日は短くて済んだが、ルビーの場合は話をここまでもっていくのに大変な思いをした。アンはその時に、十二歳の少女にいくら理屈を説いても無駄だと学んでいた。
できない、やりたくないと言いながらはっきり役目を降りるとはいわないのだから、ルビーもグレースも本当にやりたくないわけではないのだ。ただ誰かに『自分が不愉快な思いをしている』と主張したいだけだ。その少女らしくてつたない自己主張はどこか懐かしくも感じられて、かつて自分も少女だったアンは二人に腹を立てる気になれなかった。
アンはああいう主張に理詰めの説得がきかないことも知っていた。いったん全て受け止め、その上でこちらの主張をぶつけて押し切るしかなかった。
あの様子ではきっと二人は約束のことを覚えていないのだろうな、とアンは目を閉じたまま考えた。
ルビーとグレースがまだ幼くて仲が良かった頃、アンにとってのいとこ、二人の母親からは又いとこにあたるジョージが結婚した。その時ブーケトスで花嫁のブーケを受け取ったのは、留学中のフランスから結婚式のために一時帰国していたアンだった。……今考えると、あの結婚式で集まった花嫁側の親戚をアンに紹介するため、最初からアンがブーケを受け取るように仕組まれていたのだろう。アンは式の後すぐまたフランスに戻ってしまったので、仕組まれた出会いは実を結ばなかったのだが。
それはともかくとして、幼い二人はアンがブーケを受け取ったのを見て二人で手をつないでやってきた。そして次の花嫁になるのなら自分達にフラワーガールをやらせて欲しいと真面目な顔でアンに頼んだ。グレースは言葉が遅かったので話す方はルビーが担当だったが、二人とも真剣さは同じだった。
アンはあまりの可愛らしさに心を打たれ「すぐではないと思うけど、私が結婚するときは二人にフラワーガールをお願いするわ」と約束していた。
その数年後にアンは王太子妃候補に選ばれたが、当時は極秘だったので二人の母親にも本人達にも言えなかった。でもその頃アンはどうやって彼女達にその話を切り出そうかと夢想しては密かに楽しんだものだった。
――それからすぐ病気が分かって、その夢想の実現までに更に六年かかった。
アンはその頃の自分が思い描いた夢に、無理矢理二人を付き合わせようとしているのかもしれない。忘れられた古い約束にこだわっているのは、多分アンだけなのだろう。それでも、それはアンにとっては意味のあるこだわりだった。
しかしアンの夢の実現を脅かしていたのが、まさか行儀の悪いボーイフレンドだったとは。
「おもちゃと違って、同じ男の子をもう一人というわけにはいかないしね」
もともと恋愛に関する揉め事が苦手なアンには、全く理解できない話だった。あえて細かい事情は聞かなかったが、相手の男の子はどうなってもいいがルビーとグレースに傷ついて欲しくない。
「それにしてもその子はどうしていとこ同士なんていう面倒な相手と付き合うことにしたのかしら。……結婚式さえなければこんなことで悩まずにすんだのに」
会ったこともない少年を恨みながら、アンはそうつぶやいた。
(2011/10/12)
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