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フライディと私シリーズ番外編その11
059◆クリスマス・サプライズ(直接ジャンプ  )
(現代・外国・20代男×10代女/原稿用紙18枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作はこちら、他の作品はF&I時系列からご覧下さい。
 
【 1 】
 
 クリスマスの朝が待ちきれなくて目が覚めるなんて、何年ぶりのことだろう。
 静かに寝室を出て、足音を忍ばせて階下へ向かった。プライベートな居住エリアの廊下には、まだ誰の姿もなかった。
 
 ツリーが飾られた居間のドアを開けると、プレゼントの上に屈みこんでいた誰かがあわてて体を起こした。
「チップ! ……おはよう」
 この後ろ暗い様子で、何をしていたかは明らかだ。
 
「ハッピー・クリスマス、エド。さあキャットから預かったものを出せ」
 指でつくった銃で狙いをつけて脅すと、エドががっかりしたように言った。
「なんだ、知ってたの? せっかく早起きして隠しに来たのに」
 
 ――クリスマスは恋人達にとって切ない祝祭だ。今年もロビンは家族の元でクリスマス休暇を過ごすため、隣国に帰っている。
 
「休暇の前にキャットが『私からのプレゼントは次に会った時ね』って嬉しそうに三回繰り返してたからね。サプライズの仕込みを頼むとしたら相手はお前しかいないだろう?」
 そう言いながら片手を差し出したが、エドは抵抗を試みた。
「うちでは『プレゼントを開けるのはクリスマス・ディナーの後』って決まってるだろ」
「そのルールはそんなに歴史のあるものじゃない。僕が五歳のクリスマスに、プレゼントのカートで階段を降りて額を切って、家族揃って礼拝に遅刻しそうになった時からだ」
「えっ、そうだったの? 初めて聞いた」
「その話をすると母さんの怒りが再燃するから封印されたんだよ。僕が母さんのコートに血をつけたせいで、コートに合わせた中のドレスまで全部着替えなくちゃいけなくなったんだ。カートをくれたのがジョン伯父さんだったのもまずかった」
 ちなみに母と実兄であるジョン伯父との距離は、冷戦時代のベスと僕とのそれにほぼ等しい。
「……それならやっぱりディナーの前には渡せないよ。母さんに見つかったら僕も一緒に怒られる」
「ここにはお前と僕しかいない。だからお前さえ黙っていれば何も問題はない」
 しばらく無言で対峙し、僕に気合負けしたエドは最後にはしぶしぶながら(おそらく今隠したばかりの)薄くて軽くて平たい包みを、プレゼントの山の下から取り出した。
 僕の手にそれを乗せながら、エドは余計な一言を吐いた。
「クリスマスの朝からこんなずるして、罰があたってもしらないからね」
「お前こそクリスマスの朝から人に呪いなんかかけるなよ」
 
 それ以上言い合いを続けるにはまだ時間が早すぎた。エドと僕はクリスマスらしく休戦して一緒に居間を出た。念のためプレゼントはシャツの中に隠してエドを先行させたが、来たときと同様に廊下には誰の姿もなかった。兄弟で一番早起きなアートは、結婚してから東翼に移ったのだ。
 自分の部屋の前でエドと別れ、さらに居室の奥にある寝室まで入って鍵を閉め、ベッドに座ってからやっとシャツの中に手を入れた。
 
 包みを破って取り出したプレゼントには『シークレット・サンタより』と印刷されたカードがついていた。なるほど、ロビンが『私からのプレゼントは』と強調してたわけだ。紙箱の横についた開け口から指を差し入れ、触れた中身を引き出した。
 
 それを目にした時、鼓動が一拍飛んだ。それから心臓は怠けた分を挽回しようと慌てて働き始めた。
「うわぁ」
 一人でよかった。気の利いた言葉を何も思いつけない。
「うわぁ」
 馬鹿みたいにもう一度同じ言葉を口にした後、耐え切れずにベッドに倒れて一人で悶えた。
 枕を裂いて中の羽根を部屋中にまき散らすとか、ベッドの上でジャンプしながら天井に手形でハートの絵を描くとか、何かものすごく馬鹿げたことがしたくてたまらない。
 
 少し前のことだ。何がきっかけだったか、ロビンが突然言い出した。
「フライディ、私のこともっと束縛してもいいんだよ」
 真面目な顔をしたロビンは、自分が危ういことを口にしている自覚がないらしかった。
 だから細い首を指でなぞりながら訊いた。
――じゃあここに首輪をつけるのと、鳥かごに入るのとどっちがいい?」
 そういう意味じゃなくて、と言い訳しながら真っ赤になったロビンをつかまえて、誤解を招く表現を使うとどうなるかしっかりと教え込んだつもりだったのだが、どうも逆効果だったらしい。
 
「……ロビン、悪い子だな」
 今頃はまだ両親の家ですやすやと寝ている筈のロビンに言ってやりたいことは山ほどあったが、まずはこれだ。 
「まったく。――首輪なんか贈って、家族にどう言い訳させるつもりだったんだよ」
 犬のいない犬小屋があるなら、犬のいない首輪を貰っても不思議じゃないとでも言わせるつもりだったのか。ああ、そうか、これはヴァレンタイン(いない犬の名前)のためか。来年は餌入れが届くのか。
 このことでロビンを責めたとしても、きっと澄ました顔で『それは私じゃなくてシークレット・サンタからのプレゼントでしょ』とうそぶくんだろう。
 今すぐロビンに会いたい。あの生意気な角度に上がった顎をとらえてかじりつくようにキスしたい。
 
 ……実はけっこう真剣に、朝食前にヘリでロビンのところへ往復できないかとも考えたのだが、クリスマスの朝に爆音でロビンのご近所を起こすのは気の毒なのであきらめることにした。
 
 でも一人で開けたのは正解だった。一人なら心置きなくにやけることができる。
 まったくとんでもないサプライズだ。
 
 朝食の時間になってから改めて何食わぬ顔で食堂へ降り、家族全員と挨拶を交わしてから揃ってクリスマス礼拝に参加し、表面上は穏やかに午前中が過ぎた。
 しかしロビンからのプレゼントのことを思い出すたび、ウォトカをストレートで飲んだような熱が胸の真ん中から全身にひろがった。きっとサーモグラフィカメラで撮っていたら面白いことになっていただろう。
 
「059◆クリスマス・サプライズ 2」へ続く
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