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フライディと私シリーズ番外編その13
064◆楽園までは何フィート(直接ジャンプ  1 2 3 4 5 6 )
(現代・外国・20代男×20代女/原稿用紙49枚)
※連作シリーズのためこの作品から読み始めるのはお勧めしません。シリーズ第一作はこちら、他の作品はF&I時系列からご覧下さい。
※今回はエド×エリザベスのお話です。二人のなれそめは「茨姫」「エリザベスと僕」あたり。
 
【 1 】
 
「キャット、今帰り?」
 呼びかけに気付いて辺りをぐるっと見回したキャットは、講義棟の回廊で手を振るエドを見つけた。そして、エドが厚い本を何冊も小脇に抱えているのに気付いて駆け寄った。
「わぁ、どうしたのその本。半分持とうか?」
「いいよ、女の子は重いものを持たなくて。それより時間があったら何か飲んで帰らない?」
 そういいながらエドは本を遠ざけた。こういう気の遣い方はいかにもエドらしかったが、キャットは手を伸ばして、今にも飛び出しそうだった本を二冊素早く抜き取っていた。
「小さい順に重ねないからぐらぐらするんだよ」
「この順番で発表に使ったから」
「使ったってことは、もう崩していいんでしょ?」
「そうだけど」
「せめて両手で持つとか」
「持ってたよ、キャットに合図するまで」
 
 他愛もない言い合いをする二人のところに、ゴージャスなウェーブのかかった金髪からデコラティブなつま先まできらきらとまぶしい女子学生が近づいてきた。
 女子学生はキャットを無視してエドに一冊の本を差し出した。
「はい、忘れ物」
 うっかりさんね、とでも続きそうな甘ったるい口調にキャットのうなじの毛が逆立った。
 こういう口調や女くさい仕草がキャットは生理的に苦手だ。何故かたいていこのタイプの女性から透明人間みたいに扱われるから尚更だ。できる限り目にも耳にも入れたくない。
 しかしキャットはベスの忠実な友人であり、精神的にはエドの身内に近い関係でもある。もし相手がエドにちょっかいを出したらここにいるのが透明人間じゃないことを分からせてやるつもりで、あえてこの場に踏みとどまった。素晴らしい自己犠牲の精神だが、人に分かってもらえないのが残念なところだ。
「ああ。ありがとう、ジューン」
 エドはキャットの決意を知ってか知らずか、目の前の女性に社交的な笑顔を向けた。キャットはむずむずする肘をこっそり反対の手で掴んだ。
 この兄弟は皆、公式写真用のフォトジェニックな笑顔が身についている。判で捺したようなその笑顔を見るといつも、キャットは頬をひっぱったり脇腹を肘でつついたりしたくなるのだ。さすがにチップ以外には実際にやることはないけれど。
 笑顔を向けられたジューンという女子学生もまた、同じようなフォトジェニックな笑顔を返しエドに訊いた。
「もうお帰りになるの?」
「いや、今からお茶でも飲もうかと――
 ジューンはエドの言葉の続きを待っていた。
 キャットは礼儀正しいエドが彼女にまで『一緒にどう』と言い出さないようにと、ひたすらに祈っていた。
「忘れ物を届けてくれてありがとう。また来週のクラスで」
 エドが言った。
 キャットはほっとした。キャットの祈りは通じた。彼女は誘われなかった。
「どういたしまして。さようなら。また今度、お茶に行きましょうね」
 
 エドが歩き出したので、キャットも黙ってついていった。声が届かないくらい離れてから、キャットが言った。
「綺麗な人だね」
「そうだね」
 エドのなにげない相槌に、キャットはすぐ噛み付いた。
「そうでもなかったよっ」
「えっ? ……あっ、えーと、キャットもアートの結婚式では綺麗だったよ」
 いかにもとってつけたような、まるで見当違いな、しかも微妙な誉め言葉にキャットが平坦な声で返した。
「無理に誉めなくていいよ」
「あ……ごめん」
 ここで謝ってしまうのがエドがエドたる所以だった。分かっているだけに、エドに腹を立て続けるのは難しい。
 キャットはくすりと笑った。
「いいよ。エドにお世辞言われたらその方が驚くよ。それより、こんなところで何してたの?」
 エドが急に嬉しそうな顔になった。
「スタブロス教授に声をかけてもらったんだ。学部生の刺激に、修士論文のテーマで短い発表をしてみないかって言われて」
 
 去年の夏前に提出されたエドの修士論文の口頭試問は、アートの結婚という大きなイベントを挟んで、クリスマス休暇直前に実施された。論文提出から口頭試問まで半年というのは、修士課程では通常どおりのスケジュールだ。エドがこの国の王子であるからといって特別扱いはされなかった。
 いくつか細かい点を訂正するという条件つきで、審査会はエドワード王子の学位請求を認めた。エドは当初の目標どおり一年間で修士課程を修了し、ラテン語文学修士の学位を授与されることになった。七月の学位授与式まで、エドはモラトリアムな日々を送っていた。
 エドに声をかけたというスタブロス教授は口頭試問で一番厳しい意見を述べ、エド本人よりも同席した指導教官を青くしたという話だったが、その教授に師事してしまう素直さは、またいかにもエドらしかった。
 歩きながらエドは、スタブロス教授の深い知識について、全く専門外のキャットに熱を込めて語っていた。
「僕が学部生だった頃、教授は海外の大学に招聘されていてクラスを持っていらっしゃらなかったんだ。さっきのジューンはまだ学部生なんだけど、これから何年もスタブロス教授の教えを受けられるなんて羨ましいよ」
「ねえ、エド」
 キャットはエドの話を遮って訊いた。
「来週はあの人とお茶に行くの?」
 エドは少し考えてから、ようやくさっきの会話を思い出したらしく、短く答えた。
「いや」
「でも前に行ったことある?」
 そう訊いたキャットの顔を見て、エドがおかしそうに笑った。笑われたキャットはちっともおかしいと思わなかった。
「大丈夫だよ。僕はそんなにモテないから」
「嘘ばっかりぃ」
 思わず言いかえしたキャットに、エドはあっさりと言った。
「本当だよ。声をかけてくる人はたくさんいるけど、僕個人に関心があるわけじゃなく王子なら誰でもいいんだと思うよ。観光客に『どこから来たんだ』って訊くのと同じだよ。無視したりはしないけど、個人的に親しくなるつもりもない」
 キャットは隣を歩くエドをまじまじと見た。
 
 同じ大学に通うキャットは、エドを追う女子学生の視線やざわめきを知っている。大学構内では警護官もいないので、彼女達の一部が果敢に近づこうとするのも知っている。……もっとも彼女達のほとんどがエドの内面を知らずに、ただ王子という存在に憧れていることは分かっていたが。
 キャットに分かるくらいだからエド本人には更によく分かっているのだろう。が、素直で人当たりのいいエドの意外な一面を知ってキャットは驚いた。
「中には本当にエドに関心がある人もいるんじゃない?」
「もしかしたら一人くらいはね。でも僕はエリザベス以外の女性に関心ないし」
 確かにエドがベス以外の女性に関心をもつのは困るのだが、エドの自己評価があまり低いのもどうかと思ったキャットは、ちょっと考えて言った。
「エドはバイオリン弾いてると格好いい。あと、テニスしてるときも」
 エドはキャットに、さっき言われた言葉をそのまま返した。
「無理に誉めなくていいよ」
 二人は顔を見合わせて笑った。お互いに相手から良く思われたいと思わなくていい関係ならではの気楽さで、性別や性格、育った環境の違いがあるにも関わらず二人は仲良しだった。
 
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