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068◆遅れてきた人魚姫1011121314151617181920212223242526
 
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 仕方なくトリクシーとブランドンの二人は急ぎ王宮へ向かうことにした。
「何だろう?」
「また何かろくでもないことを思いついたんじゃないといいけれど」
 そう言ったトリクシーは、王宮についてすぐ自分の勘の良さを呪った。
 威風堂々といえばきこえはいいが、暴君という形容がよりふさわしいチャンシリー国王アーマンドは執務室に入ってきた二人を見るなり言った。
「ブランドン、まだ申し込みはしてないな」
「うっ、はい」
 王が息子に断定口調で確認したのは自分の息子の優柔不断さを知っているから、というわけではない。
 白が白であるのは、陛下にとって都合がいいときに限られる……そんな哲学の命題めいた愚痴が周囲からでるくらい、国王は自分の意志を通すことに慣れていた。
 
 息子の方にはそれきり視線も向けず、アーマンド国王はトリクシーに言った。
「お前はメルシエのベネディクト王子と結婚することになった」
 伯父の勝手には慣れているトリクシーも、さすがにこれには返す言葉を失った。
 
 これが伯父が突然思いついた妄想ならまだいいのだが、そうでないという予感がトリクシーの全身をざわつかせた。
 情報がもっと必要だ。それも正確な情報が。
「あまりに……突然のお話で実感がわきません。それはブランドン王子との結婚のように、この国に利益をもたらす縁組として伯父様が新しく計画されたことなのでしょうか?」
 トリクシーの質問はすぐに否定された。
「いや、向こうからきた話だ。二年前の訪問でお前を見初めたと。二年も経ってから言ってきたのは、第二王子が第一王子より先に結婚するわけにはいかなかったからだそうだ」
 そう言ってから、国王が付け加えた。
「向こうで要らなくなったスペアをあまりありがたがって迎えるのもどうかと思ったんだが、メルシエは現国王で苦労したから第二王子にも第一王子と同じ帝王学を学ばせてあるらしい。言ってみれば名厩舎のサラブレッドがバーゲンに出たようなものだからな。買って損はない」
 代価が私なら自分の財布は痛まないしね、と言いたくてむずむずする口をトリクシーは強い意志で抑えこんだ。伯父と話すとどうしてこう体中がむずむずするのだろう、そのうち蠕動運動で移動できるようになりそうだ、と思いながらだったが。
「お話はそれだけですか」
「ああ。ベネディクト王子は直接お前と話したいそうだ。迎賓室で待っているぞ。ブランドン、お前は残れ」
 国王は目線をドアへ向けた。心得たように、ドアの脇に立った秘書がドアを開けてトリクシーに退出を促した。
 トリクシーは目を伏せ、左足を引き膝を曲げて退出礼をした。長年の学習から、怒りで燃え立つ瞳を伯父に向けるような不毛な真似はしない。
 トリクシーが廊下に出たとたん、待機していた従者が彼女を貴賓室へ案内しようとした。
 しかしトリクシーは成人するまでの十年ここに住んでいたのだ。ビアンカのお守り役として一応女官としての肩書も持っている彼女にとって、ここは職場でもある。先触れが必要な高貴な身分でもない。
 必要ありませんと短く告げ、トリクシーは様々な思いとひとつの決意を胸に、ひとりで、敷かれた絨毯の上を歩きだした。
 
 ベンは迎賓室でトリクシーの訪れを待っていた。接待役も断って、もうずいぶん長い時間ひとりでこの部屋にいた。
 
 独断でチャンシリーを訪問し、アーマンド国王にトリクシーとの結婚を願い出た。とにかく縁談をもうひとつ持ちかけることで、トリクシーを本人の望まない結婚から守るための時間を稼ぐつもりだった。
 まさかこうすんなり許しを得られるとは思っていなかったが、方向としてはベンの望みどおりに話が進んでいる。
 なのに、まるでかけちがえたボタンのように、最初は合っていたはずのものがどこかでずれてしまったという気がしてならなかった。
 
 ベンは手の中で白木の箱を転がした。
 この箱の存在に関する大きな疑問もまた、ベンの手の中にあった。
 
「二人の結婚を許す。婚約の証としてしるしの箱を授ける」
 そう言ってアーマンド国王はベンに箱を渡した。
 しかしトリクシーのしるしの箱は、二十年も前からベンが持っている。
 なくしたと思われて新しい箱を用意したのか――もしそうなら、トリクシーはあんなに必死になって箱を取り戻そうとはしないはずだ。
 
 トリクシーは今回だけでなく、半年前にも箱を取り戻しにメルシエへ来ていた。
 あの時ベンはいったんトリクシーを捕まえたと思った。しかし『キスでもするつもりなの』と挑むように見上げられ、衝動に負けて唇を重ねたせいで夜会靴を細いヒールで思い切り踏みつけられたあげく逃げられていた。
 ベンの腕の下をくぐった彼女は『許しを与えた覚えはありません』と冷たく言い捨てて去って行った。
 
 あの時もまた彼女とはろくに会話を交わすことができなかった。
 今度という今度こそ、トリクシーときちんと、初めて会った時からのことを話し合う必要があった。
 
 ベンのポケットの、携帯電話が震えた。
 外れて欲しい予想が当たったらしい。
 ベンは通話ボタンを押した。
 
 電話越しに、弟が楽しそうに告げた。
「賭けはベンの勝ちだ。今、トリクシーが正門から出て目の前でタクシーを止めて乗り込んだ。通用門の前でキャットを拾って後を追いかけるから、このまま連絡のとれる場所にいてくれ」
 
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