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068◆遅れてきた人魚姫1011121314151617181920212223242526
 
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「荷物を揚げ降ろしするための滑車ならあるけど、私の力で殿下ほど重たい荷物を降ろすのは無理なので。ひょっとして、殿下はロープで降りる訓練を受けていらっしゃらない?」
 トリクシーは、レースの扇子より重いものを持ったことがない貴婦人のようにしとやかに訊いた。
「残念ながら。階段を下りるしかないようだ」
「落ちるときは巻き込まないでね」
 薄情にもトリクシーはそう告げた。ベンは返事の代わりに微笑んだ。おおかたまたトリクシーのことを分析でもしているつもりなのだろう。
 
 トリクシーは自分で持つと言ったのに、ベンは彼女の手荷物をとりあげた。何かを手にしていた方が安心なのだと言われては、無理に取り返すこともできなかった。
 吹き抜け側の手にはトリクシーの荷物を持ち反対の手で壁に触れるベンを先頭に、トリクシーをしんがりにして、二人は階段を降りはじめた。
 のだが。
 慎重すぎて捗らない道のりにトリクシーは我慢できなくなった。
「ベネディクト殿下、おそれいりますが先に通して頂けません?」
 ベンは吹き抜け側に寄って通り道を譲ろうとした。
「……どうしてそちら側に寄ろうとするの」
 トリクシーはその行動にあきれつつベンを責めた。ベンは平然と答えた。
「礼儀として、より安全な方を譲るべきかと」
「『べき』を使うのはたいてい実際にはしたくない時だ、って誰かが言ってたわよ」
 トリクシーは、彼の弟の言葉を使って更にベンを責めた。ベンが言い直した。
「あなたには安全な方を通って欲しい」
 それを聞いたトリクシーの背中がぞくりとした。
 ベネディクト王子が無口で通っているのは良いことだ、とトリクシーは思った。この調子で誰彼構わず魅力を振りまかれたら、側近は足元に転がる女性たちの始末に困って王子の口をテープでふさぎたくなるだろう。
 
 トリクシーは頭を低くしてベンの腕の下をくぐり、先に踊り場まで降りてベンを待った。
 少し遅れてたどり着いたベンの手から、トリクシーはまず自分の荷物を取り上げた。それから、甲を上にした手をベンに向かって乱暴に突き出した。ベンはその手をまずそっと下から支え、尋ねるようにトリクシーを見た。
「何か手にしていた方が安心なのでしょう?」
 トリクシーが返事も待たずにずんずんと勢いをつけて階段を降りはじめたので、ベンは急いで後に続いた。
 さっきよりも早いペースで、二人は階段を下りつづけた。
「ベアトリクス」
 ベンが勝手に変えた呼び方でトリクシーを呼んだ。
 トリクシーは彼に、名前で呼ぶ許しを与えていない。だが今そのことに触れて、ベアトリクスと呼び始めた状況を王子に思い出させるのは得策でなかった。
「何?」
「楽しい」
「そう」
 トリクシーはそっけなく答えた。自分も彼と同じ気持ちだと思ったが、口にはしなかった。
 
 時間は少し戻る。
 ベンを届けるという大役を果たしたキャットは、着陸したとたんに二人の男性から熱烈に迎えられるという珍しい状況にとまどっていた。チップはいつも通りだからまあいい。問題はジョナスだ。
「君が欲しい」
 興奮した面持ちのジョナスからいきなり手を掴まれ、キャットはあわてた。
 しかしキャットには優秀な番犬がついていた。
「待て。やり直しだ。どういう意図の発言か分かるようにまず僕に説明しろ」
 言いながらチップはキャットの手を掴むジョナスの手をはがして、キャットから少し遠ざけた。
「デモンストレーション」
「キーワードクイズみたいな喋り方しかできないなら、言いたいことがまとまってから出直せ」
 チップは容赦なくジョナスを離れた場所へひきずった。ジョナスはかかとで地面に長い二つの線を書きながら、身振り手振りを交えた興奮気味の説明を始めた。
「ジェットパックにタンデムフライト体験を設定するのはどうだ? キャットにパイロットになってもらえば、成人男性でも体験フライトができる」
「却下」
「絶対うけるって。金持ちの子どもを集めてまとめて体験させて十台くらい斡旋したら、一台タダでくれたりしないかな」
「タンデムのライセンスを持ってるスカイダイバーを募集すればいい」
「ジェットパックの唯一の欠点は、飛行中の足がもさっとして見えることだと思ってたんだ。でもああやって踊るみたいに動かせば」
「バレエの経験を募集要項に入れよう」
「おい、チップ。人の話を聞けよ。少しは真面目に考えてくれよ、パートナーだろう」
「お前こそ聞けよ。僕は現実的な方策を提案してるじゃないか。とにかく、真面目だろうと不真面目だろうとロビンは駄目だ」
 男二人の掛け合いはいつまでも終わりそうにない。
 口をはさめないキャットは、こちらに近づいてくる一台の車に気付いた。
「あれ、どうしたんだろう」
 チップとジョナスが、コントのようにぴたりと言い争いを止めた。
 
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