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076◆もしも魔法が使えたら
(ファンタジー・日本・20代女×30代男/原稿用紙17枚/3800字/8分)
 
 
「課長、魔法が使えたらいいなーと思いませんか?」
 
 いつもくだらんことを言い出す部下の鈴木が、また残業中に何の脈絡もなくそんなことを言い出した。
 
 鈴木、経費の締め処理中。
 俺、来週の予算会議の資料作成中。
 どちらも魔法とはこれっぽっちも関係ない。
 
「そうなったらまず部下全員に予算が達成できないと苦痛を受ける魔法陣を仕込んで」
「ちっちゃ! 夢ちっちゃ!」
「俺の胃には既に一つ仕込まれてるぞ」
 
 ディスプレイを睨んだまま言うと、鈴木が声に同情を乗せて言った。
 
「……私が治癒魔法かけてあげますね」
 
 言うは易し、行うは難し。
 鈴木が治癒魔法を覚える前に俺の寿命が尽きそうだ。
 
「治癒魔法はいいから、鈴木がキープしてる梅こぶ茶飲ませろ」
 
 俺の言葉に、鈴木は笑顔で頷いて席を立った。
 絵に描いたようなお人好しだ。
 
 残業中に上司にお茶淹れ強要されて笑顔で頷くなよ。
 むしろ女性差別とかパワハラで怒っていい。
 
 鈴木を見ているとしょぼい数字でキリキリ痛む胃よりも拳ひとつ上、胸のあたりがもやもやする。
 
 本人には言ったことがないが、鈴木は俺のばーちゃんによく似ている。
 あのお人好しっぷりとか、思い付きでくだらんことを言い出すところとか、梅こぶ茶が好きなところとか。貧乏くじを引いても「珍しいからアタリみたいなもの」だとか言い出すタイプだ。
 あいつも実はばーちゃん子だったんじゃないかと俺は密かに疑っている。
 部下と個人的な雑談はしないことにしているので、確かめたことはないが。
 
 廊下の先、給湯室のあたりから悲鳴のようなものが聞こえ――スイッチを切るように途切れた。
 
 異変を感じて廊下に飛び出した俺は、給湯室から勢いよく溢れだすオーロラのような虹色の帯を見た。
 その帯に巻きつかれて視界が虹色に変じ、真っ白になった。
 
 
* * *
 
 
「さて」
 
 星明りの下、踏みしめているのは雑草がぽつぽつ生えた地面。これは舗装されていない道だ。
 周囲は全体に闇に沈んでいるが、風上に水場と植物があることが匂いで分かる。
 重く湿った冷たい風だった。
 
 長いマントを呼び出し身にまとうと、鈴木の姿を思い出しながら虚空に魔力を集めた。
 そこにもやもやとした発光する雲のようなものが生まれて、小さな首長竜のかたちにまとまった。
 
「行け」
 
 俺に命じられると、首長竜はへろへろと体を左右に振りながら闇を泳ぎだした。
 その姿はどこか土産物の河豚提灯に似ていた。河豚提灯は冬の季語だ。
 
 後を追うと小さな集落にたどり着いた。
 首長竜は一軒の民家の前でこちらを呼び寄せるように浮き沈みしていた。
 
 扉に触れ、内側のかんぬきを外して他人の家に入り込む。
 そこにプリン頭の鈴木がいた。
 
「鈴木」
 
 うずくまってわらの束で床板を磨いていた鈴木が顔を上げ、次の瞬間、目から涙をほとばしらせ、言葉にならない奇声を発した。
 床からカエルのように飛び上がった鈴木は、俺にとびつこうとしてシールドにぶつかりびたんと落ちた。
 鈴木は裏切られたという顔でこちらを見上げている。
 
「あ」
 
 ついうっかり、いつものくせでシールドを張ったままだった。
 というか、普通はとびつかれることなんてないから人が近づいてきた時点でシールドを切るんだが。
 
 なんとなく申し訳ない気がして手を差し出すと、今度はおそるおそるといった風に鈴木が自分の手を伸ばし、シールドに阻まれないことを確かめてからカエル式歓迎をやり直した。今度は俺も甘んじて引き受けた。
 
「課長、カチョー、ほんとにカチョーですか?」
 
 えぐえぐ泣きながら、鈴木が繰り返し俺を肩書で呼ぶ。
 さすが鈴木。異世界でも言うことに全く冴えがない。
 
「ああ、課長だ」
「夢じゃない?」
「お前に『夢ちっちゃ』と罵られた課長だ」
「ほんとに課長だぁ……会いたかったです……」
 
 俺はそこまで会いたいと切望される存在ではないと思うんだが、ここは『誰でも良いから知ってる人に会いたかった』という意味と受け取っておこう。
 
「分かったから泣きやめ。戻るぞ」
「はいっ! どこまででも付いていきます!」
 
 鈴木がそう宣言した途端、俺と鈴木の周りがピンクに光り、その光はペンとなって素早く魔法陣を描いた。
 
 描かれた魔法陣はぐるぐる回りながら縮んで一点に集約し、小さな魔法陣を二つ生んだ。そのうちの一つは鈴木の左目に、もう一つは俺の左手の人差し指に吸い込まれて消えた。
 
「ちっ」
「なっ、何ですか、これっ!?」
「服従の契約陣だ。喜べ、今日から俺がお前のゴシュジンサマだ」
「うえええええーっ!!!」
 
 無駄に魔力を貯め込みやがって。
 
 うっかりしていたが、鈴木は俺よりも前の時間軸でこの世界に落ちている。頭がプリンになるまでここで暮らし、ここのものを飲み食いしている間に最低の使い魔程度には魔力が高まっていたらしい。面倒な。
 
「これって私は課長に命令されたら絶対服従ってことですか?」
 
 真っ青になって慌てる鈴木は、俺をどんな鬼畜だと思ってやがるのか。
 
「気にするな。お前にとっては唯一無二の契約だが、俺にとっては他のものと同じただの契約だ」
 
 鈴木の前に左手を出し、契約陣を光らせる。さっきのピンクの魔法陣を含めた様々な色と大きさの魔法陣を肌に浮き上がらせた。
 
「まさにチートハーレム……」
 
 くだらんことを言い出した鈴木を一睨みで黙らせ、奥の扉の隙間からこっちの様子を窺っていたこの家の主人にこちらの事情を説明する。出てきた主人の説明はだいたい予想と違わないものだった。
 
 ここの暦で一ヶ月ほど前に落ちてきた鈴木は、身元不明の浮浪者として勤労奉仕の刑が科せられて、この家で絶賛服役中だった。もっとも(主人はぼかしていたが)言葉も通じないし家事道具の使い方も知らない鈴木はたいした労働力にならなかったようだ。ここの主人はかなりの人格者とみた。
 
 無断で家に入った詫びに、浮浪罪の罰金に色をつけて払っていると横で鈴木が声を上げた。
 
「手からお金出すとかサイババですか? それにそのドラキュラマントはどっから持ってきたんですか?」
「しばらく黙れ」
 
 まだ何か言うつもりだった鈴木は、急に声が出なくなったことに気付いて酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。
 
 ぱくぱく、ぱくぱくぱく。ぱくぱくぱくぱく。ぱくぱくぱく。
 
「面白い」
 
 うっかり言うと、出ない声の代わりにぽかぽかとこぶしで叩きにきた。
 たいして威力はないが、これでまた泣き出されでもしたら面倒だ。
 
「済んだぞ」
 
 鈴木の腕を掴んで、転移の陣を起動させた。
 
 光の奔流に目を閉じ、平衡感覚を失わないよう足を少し開いて眩暈とふらつきに耐える。
 ぐらりとした鈴木を引き寄せ、腕に収める。
 
* * *
 
 
 次に目を開けた時には、見慣れた廊下にいた。
 鈴木と転移の時間がずれていたのが戻る時どう作用するか不明だったのだが、誤差の範囲でおさまったらしい。
 
 ほっとしたところで、腕の下で暴れる鈴木の存在を思い出した。こちらを見上げ、喉を指して口をぱくぱくしている。
 そういえば声を奪ったままだったな。
 
 残った魔力を使って鈴木がここを出る前の状態に戻す魔法陣を組み、発動させる。この世界では放っておいてもいずれ体から自然に散ってしまうものだ。全部つぎ込んでプリン頭も、変身前のシンデレラみたいなボロ服も、黒く汚れた爪もまとめて全部元通りだ。
 と思ったら全部は戻っていなかった。
 
「あ、治った! 声が出る! 服も戻った!」
 
 どうして記憶が残ってる。
 
 ……服従の契約のせいで俺の魔力に耐性があるのか。
 ちっ、面倒な。
 
 鈴木のあごを掴み、顔を上に向けて左目を覗き込み、魔法陣を探す。
 
 頬に温かい息が触れた。
 
「課長、顔近いです……」
 
 顔を真っ赤にした鈴木が、あえぐように言う。というかこいつ今まで息止めてたな。
 
 つい夢中になって、部下を抱きかかえて上を向かせ顔を覗きこむという無法な真似をしてしまった。
 
 しかしまあ、服従の契約が残っていたとしてもここで暮らすうちに自然に魔法は抜けていくし、言いふらしたとしても鈴木がトンデモ馬鹿扱いされるだけだから問題ないか。
 
「離すからちゃんと立てよ」
 
 注意してから離したのに、鈴木はよろけて廊下の壁にすがりつき、心臓を押さえてうわごとのようにつぶやいた。
 
「ばくったぁ……マジばくったぁ」
 
 いろんな経験をしすぎて混乱してるようだ。しかしさすがお人好し、次には少し困った顔でこう言った。
 
「突然すぎて挨拶もしないで帰ってきちゃったけど……」
 
 俺は顔をしかめ、嫌々ながら注意をした。
 
「一応言っとくが、もう異世界に行きたいとか魔法が使えたらとか考えるなよ。行ってみて分かっただろうが、普通に暮らす分にはこっちの方が絶対に楽だからな。自殺の名所と一緒で、そっちへ行きたがってる奴が『行きやすい』場所に近づくと引かれるから気をつけろよ」
 
 鈴木がはっとして、俺に訊く。
 
「課長! 課長は本当はどっちの人なんですかっ!? 中二病こじらせて魔法世界に引かれちゃったクチですか?」
 
 俺は――
 
「そんなことはいい。経費の締めはどうした」
「ごまかすんですか?」
「残業のしすぎで寝ぼけてるんじゃないか? おら、早く終わらせないと深夜残業で人事部との面談くらうぞ」
 
 オフィスへ追い立てるように脅すと、渋々と鈴木が歩き出した。
 廊下の少し前を歩く鈴木が、こちらを見ないで言う。
 
「仕事に戻る前にそのマント脱いで下さいね、ゴシュジンサマ」
 
 無言のまま十歩ほど歩いて、俺は立ち止まった。
 下を向き肩を震わせて歩き続けるシモベの頭を後ろから睨みつける。
 
 ……我が身に宿る強大な魔力に厭いて、魔法のない世界に憧れてここに引かれてきた俺だが。
 
 今この時、強く願う。
 
 今こそ!
 魔法が使えたら!  
 
end.(2013/06/14)
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あとがき。ツイッターで書いた冒頭の会話から思いつきで膨らませた話です。ブログのSS未満で出そうと思ったんですが長くなったのでサイトにアップしました。(空白行が多いのはそのせいです)思いつきなので物語の背景とか続編とかはありません。ありませんったらありません。なお、課長がトリップした原因は『魔力が高すぎていろんなものに懐かれるチーレムがウザかったのと、魔力以外の自分を認めてくれる世界がどこかにあると思っていたから』です。厨二病ばんざい。
 
2013/08/23追記)
「Blue Moon」
のKさまがイメージイラストを描いて下さいました。Kさまありがとうございます!→課長(魔法陣つき) 課長(魔法陣なし)
076◆もしも魔法が使えたら
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