フライディと私◆GIRL POWER
(直接ジャンプ 1 ・ 2 ・ 3 ・ 4 ・ おまけ )
※全4話+おまけショートショート一挙掲載になります。小説家になろうさんで読まれる方はこちらからどうぞ。
※小説家になろうさんでは4/11~15の連載になります。ネタバレにご配慮いただけたら幸いです。
【 1 】
「じゃあ講義が終わったらここで待ち合せね」
昼休みのカフェテリアで、フェイスの言葉にローズが頷いた。
「どこか行くの?」
トレーを持って現れたキャットの質問に、隣の椅子に置いた荷物を移動しながらフェイスが答えた。
「新しいケーキショップ。店内限定のケーキがあるんだって」
「私も行く!」
「部の練習じゃないの?」
尋ねたフェイスにキャットはうきうきと答えた。
「今日はないの。先週末がイベントだったから、その代わり」
「そうなんだ」
「うん」
そのまま週末の話を始めたキャットの正面で、ローズが急に壁の時計を見上げて言った。
「次の講義が遠いから移動しなきゃ。お先に」
「じゃあまた後でね」
後ろ姿にフェイスが声をかけ、ローズは荷物を持たない方の手を振って応えた。
その後ろ姿を見送るキャットと足早に去るローズを見くらべたフェイスが、小さく息を吐いた。
やがてこちらに向き直ったキャットに、フェイスは笑顔で言った。
「そうだ、見て見て、このスカート先週買ったの。可愛いでしょ」
「うん、可愛い。どこで買ったの?」
キャットもさっそくその話題に乗り、二人は次の講義が始まるまで今シーズンのワードローブ計画という名の物欲リストのメンテナンスに勤しんだ。
放課後、待合せのカフェに戻ってきたのはフェイスとキャットの二人だけだった。
ローズからは、用事を思い出したという断りのメールがフェイスに届いていた。
キャットは、今朝からずっと口にするのを避けていた一言をとうとう言葉にした。
「ねえ、フェイス。もしかして私ローズに避けられてる? なにか嫌われるようなことしたかな?」
「そんな……ことはないと思うけど」
キャットは、あいまいなフェイスの答えを最初の質問に対するものと受け取り、二つ目の質問にさらに質問を重ねた。
「あれかな、先週『運動しても全然痩せない』って言った時に『痩せるでしょ』って言っちゃったの、まだ怒ってるんだと思う? あの時『普通の人はキャットみたいな運動バカじゃない』って怒られて私何か余計なこと言ったっけ?」
フェイスがためらいつつ言った。
「そういうんじゃなく――ローズ、今ネイサンとうまくいってないみたい」
「えっ!? また?」
キャットの声には嫌そうな響きが混じった。
ローズのボーイフレンド、ネイサンはローズの友達の中であまり評判が良くない。浮気と言えるほどの決定的な何かがあるわけではないが、ローズ以外の女の子に誘われてパーティに行ったり、デートの最中に偶然会った女友達を同じテーブルに誘って三人で食事になったりしてはローズの機嫌を損ねているからだ。
ローズ本人も自分が嫉妬深いという自覚はあるらしいのだが、彼女というフィルターを通して語られるネイサンの言動はローズの友達として聞くと、どうにももやもやするものだった。
「いつものとは違うみたいだけど、いつもと違って何も言わないから逆に深刻かも」
「――でもでも! それって私とは関係なくない?」
「うーん、キャットの幸せそうな話を聞くと辛いとかなのかなあ」
「それって避けるほどのことかなあっ!?」
思わずキャットは抗議の声をあげた。フェイスはすぐ引き下がった。
「分からないよ、ローズが言ったわけじゃないし。でも私とだったらボーイフレンドの話にはならないから気楽なのかなって」
付き合っている相手がいないフェイスにそう言われてしまうと、キャットも引き下がるしかない。
ボーイフレンドの話題なんてめったにしていないじゃないとキャット自身は思っているが、週末にどこかへ出かけた話をすれば誰と一緒だったかは言わなくても伝わるものだ。
それでも、フェイスも気付いていた。
やはりキャットはローズに避けられていた。
キャットが困り声で言った。
「私、どうしたらいいんだろうなあ」
フェイスの返事はシンプルだった。
「ローズを放っておいてあげる」
「むう」
納得いかない顔のキャットを、フェイスはおだやかにたしなめた。
「キャットにはそういうことないかもしれないけど、幸せそうな人を見たり話を聞くのが辛い時ってあるんだよ。私だって時々はキャットのこといいなあ、羨ましいなあって思うし」
キャットの心臓が嫌な音をたてた。
もちろんキャットだって、『自分の恋人の絵葉書』が土産物店で売られていることが普通でないのは知っている。
もし彼が王子でなかったとしても、年上でお金持ちで優しくて情熱的で頭が良くてスポーツも得意でユーモアがあってスマートな、つまり理想の恋人という評判に不足どころか過剰な要素を兼ね備えた男性と付き合っているのは事実だ。
その特別な存在と釣り合わない自分を変えようと日々努力してきた彼女は、誰よりもそれを分かっているつもりだった。
だからこそ――羨ましいと言われてしまえばキャットはそれに返す言葉がみつからない。
友達のボーイフレンドの話を聞いていいなぁと思うことはよくあるけれど、キャットにとってそれは友達の幸せそうな様子が微笑ましいという意味で、そこから自分の恋人への不満につながることは滅多になかった。
私は知らず知らず傲慢になっていたんだろうか、とキャットは深く深く思いに沈んだ。
「キャット、ほら、キャット、戻ってきて」
フェイスが笑いながら呼びかけた。
「そんなに深刻に取らないで。ローズだって少ししたら復活すると思うよ。キャットは自分からボーイフレンドの自慢したことなんて一度もないじゃない。嫌な感じにはなってないって私が保証する」
「でもローズが」
「ローズのことはローズの問題。キャットがすることは、ローズが話せるようになるまで待ってあげることじゃないかな。……避けられて嫌いになっちゃったとか、ないよね?」
「うん、ない」
キャットは自分の中ではまだまだ結論に辿りついていなかったが、とりあえず頷いてみせた。フェイスがほっとしたように笑った。
「じゃあ、今日は二人でケーキ食べに行こうか」
「うん……フェイスごめんね、間に挟んじゃって」
「そんな風に言われたらサンドイッチのフィリングの気分になる」
「フィリングの気分てどんな気分?」
「べたべたくっつく」
フェイスがキャットに体ごとしだれかかった。キャットが笑いながらフェイスを支える。
「重たーい」
「ひどい、気にしてるのに」
つまらない冗談で笑いながらふらふら歩く二人を見た通りすがりの大人たちが、若い娘はしょうがないといった顔をするのをみて二人はまた笑い、深刻な空気を吹き飛ばした。
ケーキはちょっと高めの値段に見合う豊かな味わいだった。
店内限定のオリジナルの創作ケーキは「口の中にひろがるこの味はいったい何と何の組合せで作られているのか」と一口ごとに感覚と記憶を刺激し、オープン記念にサービスされた小さなクッキーは見た目も可愛くケーキとは違うさくさくした食感で目も口も喜ばせてくれた。
けれどやはりキャットはローズのことが気にかかって心から楽しめなかった。
「キャット、なにかあったの?」
お土産のケーキを一緒に食べようと誘われて部屋に遊びに来ていたフィレンザが、一口食べたフォークをくわえたままのキャットにそう聞くのも無理はなかった。
確かにキャットが買ってきたチョコレートケーキは甘すぎず苦すぎずフォークを刺しても崩れないのに口の中ではほろりととろける、じっくり味わう価値のあるものだったが、キャットが浮かべているのは至福の表情とはほど遠いものだった。
「私でよければ話を聞くわよ」
他人の事情にはあまり立ち入らないのが基本スタンスのフィレンザだが、キャットとの付き合いももう三年目、遠慮より心配がまされば力になりたいと思うくらいの相手になっている。
キャットはフィレンザの顔を見て、一度口を開き、また閉じた。
「あ、でも恋愛関係の悩みだったら役に立たないとは思うけど……」
フィレンザはキャットの態度を誤解して言った。キャットの役には立ちたいが、今のところフィレンザの経験も関心も恋愛分野に向いていない。
フィレンザに近づきたいという男子学生はたくさんいるが、フィレンザが基準とするのが彼女の長兄である限り彼らにゼロ以上の評価がつけられるのは難しいだろう、というのが彼女の友人たちの総意だ。
「大丈夫、そっちじゃない」
「だったら何があったの?」
キャットは友達に避けられていること、そのことで共通の友達から『幸せそうな姿を見るのが辛い人もいるんだから放っておいた方がいい』と言われたことをフィレンザに告白した。
話を聞いたフィレンザが頷いた。
「よく分かるわ」
「えっ!?」
キャットは思わず声を上げた。
自分は知らないうちに友達に嫌われる鼻持ちならない女になっていたんだろうか?
それはさすがに考えすぎだったらしい。
「私も恵まれすぎてて一緒にいるとむかつく、お城で生まれたなんてずるいって言われた」
フィレンザが分かると言ったのは、キャットの今の気持ちだった。
「えっ! それでどうしたの?」
「生まれたのは病院よって言い返したわよ、もちろん」
フィレンザが普段淑やかで考え深げに見えるのは彼女が母国語を使っていないせいで、早口でぽんぽんと言い返すのが本来の姿だということをキャットは今になって思い出した。もっとも今キャットと話している彼女はいつものように、彼女にとっての外国語でおっとりと喋っているのだが。
「自分で選んでもいないことで責められても困るし、自分で選べることで責められるのはもっと困るでしょう? キャットも友達に、王子さまと付き合いたいなら捕まえに行けばいいって言えばいいのよ」
チップが自分のことを珍しくてデカい獲物だと言っていたのを思い出したキャットは、サファリスーツで銃を構え、木陰に潜む王子を狙うローズを想像して噴きだした。
やっと明るさを取り戻したキャットを見てフィレンザも笑顔になった。
「元気になった?」
キャットが笑いながらうなずいた。
「ありがとう、フィレンザ」
フィレンザが、慰めるように言った。
「そういう時に無理に本音をぶつけあっても後で気まずくなるわ。少し様子をみたら時間が解決することかもしれないし」
「でも寂しいんだよ!」
キャットは自分でも子供っぽいとは思いながら、気持ちのままに叫んだ。
「きっと友達の方もそう思ってるわよ」
フィレンザは微笑んでそんなキャットをなだめてくれた。
何の解決にもなっていないが、キャットはずっともやもやしていたことを吐き出せて気持ちがすっきりしていた。
「ごめんね、フィレンザ。愚痴に付き合わせちゃって」
「このケーキつきならまたいつでも付き合うわ。相談三十分でケーキ一個ね」
「わあフィレンザやさしい」
フィレンザの申し出にキャットが心のこもらない返事を返し、二人は同時に笑い出した。
……けれどその後も『自分が幸せになることで誰かが不幸になる』という、身近な友達から自分が幸せを吸い上げているかのような居心地の悪さはキャットの心から消えなかった。
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