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勝負の行方 2(おわり)

「今日そのドレスを着てきたのは僕に見せるためだと思ってたよ」
 僕はできるだけ平和的に訴えたつもりだった。
 ロビンは歌うような口調でこちらを見ずにはっきりとしたひとりごとをつぶやいた。
「『むきになるな』なんて言う人のためじゃありませんよーだ」
 
 一瞬聞き流そうかと思ったが、やっぱり無理だった。
 うまくつつけば今日こそロビンの最近の変化の理由が聞きだせるかもしれない。頭の片隅でそう思わなくもなかったが実際のところはただ耐えかねたということだ。

「デートのとき君が綺麗にしているのは、君が僕を重要だと見做しているからだとずっと思っていたよ。でもここ最近の君の言動からみてもどうやら僕の勘違いだったんだね。
 僕は君が綺麗にしているのが好きだけど、それは君が僕に見せようと思って支度してきたんだと思うのが嬉しいから、その姿を見せたい相手が僕だからだ。誰か他人に見せるためにやってるなら、君が綺麗にしてても全く嬉しくない。何故なら、君が僕と一緒にいるのに僕のことを考えてないのが気に入らないからだ。
 これからはもう外でデートするのはやめるよ。他の誰かのために綺麗になった君をエスコートして他人に見せて回るのなんてうんざりだ。ああ、次のデートはパジャマで来ていいよ、どうせ僕が見るだけだから」

 ロビンがいきなりナイフとフォークを置くと、生意気な角度に顎を上げた。
「人に見せるためにやってるんじゃないよ」
「どういうことなのか聞かせてもらおうか?」
「やだ」
 かちんとくる返事に僕もナイフとフォークを置いた。冷静さを欠いている時は刃物から離れた方がいい。多分ロビンがさっきそうしたのも同じ理由からだ。
「フライディには教えない。絶対また笑うもの」
「笑わないよ」
「嘘。私が射撃習おうかなって言った時、大笑いしたじゃない」
 思いがけないことにロビンがぽろっと涙を零した。
 
「安眠妨害だなんてふざけないでよね」
 濁った声でそう言うとロビンはうつむいた。

 ――あれをそんなにひっぱっていたとは思わなかった。デザートじゃなくて、こっちが原因だったのか。
 
 僕は膝のナプキンをテーブルに置いて立ち上がった。そしてロビンのところへテーブルを回り込んだ。
「僕は笑い話にできることは笑って済ませた方がいいと思ってるんだけど」
 ロビンの膝からナプキンを取り、テーブルに置いてロビンの手を引いた。ロビンが促されるままに立ち上がった。
「でも君が泣くほど嫌だったのなら、真面目に話そうか」
 ソファへ移動し並んで座ってからロビンの方へ向き直り、身につけたままだった拳銃を取り出した。グリップをロビンの方に向けて差し出す。
「僕に向けられる?」
「フライディ? これ、弾入ってるんでしょ?」
「ああ。安全装置はかけてあるけど、弾は入ってる。いいから向けて」
 ロビンがおそるおそるグリップを握った。銃口は僕の肩越しに壁を向いている。
「それじゃ当たらない。ここだよ。ほら」
 銃身を握って自分の胸に向け、力の抜けたロビンの手からそのまま銃を奪いとった。
 
「何のために使うものなのか分かった?」
 なるべく穏やかな声で話しかけたけど、それでもロビンは僕の言葉にひるんだように縮こまった。
「撃ち方なんか大して難しくない。でも、例え撃てるようになったって人に向けて撃つには特別の訓練が要るんだよ。詳しく知りたきゃ対人戦で『兵士に敵を撃たせる』ための研究がいくらでもあるからそれを読めばいい」
「フライディはできるの?」
「どうだかね。怪しいもんだけど。こんなの警護を外してもらうためのお守りみたいなもんだよ」
「本当に?」
 思いつめた表情でロビンが訊いた。僕は安心させるように笑ってみせた。
 
「もし本当にそんな危険があるならこんな銃だけでふらふら出歩かせるわけないだろう?」
 実際に複数の武装犯に襲われたら、こんな銃なんかじゃ太刀打ちできない。こちらより射程距離の長い武器を相手が持っていたらそれで終わりだ。
 ただしそれは相手が僕に危害を加えようとしている場合のことだ。僕を人質にするなり脅迫するなりしようとしている人間には、僕が銃を持っていることは別の意味で抑制になる……この話は今しなくてもいいだろう。
「エドたちに警護官がついてる意味が分かる? いざという時に彼らプロフェッショナルに守ってもらうためだ。それは自分の代わりに誰かを危険にさらすってことだ。彼らはそれだけ安全に気を配らなくちゃいけない責任があるから、そのことを受け入れている。
 僕にも以前ほどじゃないけどまだ多少は責任がある。銃を持ち歩いているのはそのためだ。君は今のところそんな責任を負ってない。必要もないのに銃なんか撃てるようにならなくていい。
 ――君にこんな顔させたくなかったから説明しなかったんだよ」
 いきなりロビンがしがみついてきた。
 力は大して強くなかったけど、僕はわざとロビンの下敷きになってソファに押し倒された。なんとなくそうしたい気分だった。
 涙と激しいキスが降り注いだ。ちょっと激しすぎだ。
 キスの合間に警告を発した。
「ロビン、君の胸骨に危険が迫ってる。君の自慢の新しいドレスにも」
「ふざけないで」
「僕は今、君の恋人としてじゃなくガーディアン(未成年留学生の身元保証人兼監督責任者)として注意してるんだよ」
「黙って」
 僕は猫のように体をすりつけながら耳たぶを噛むロビンを必死になってひきはがした。
「ロビン、僕の忍耐力が残ってる間に離れて」
「どうして」
「分かってるだろう。君がまだ未成年だからだよ」
「もうほとんど大人だよ」
「法律には『もうほとんど成人』って区分はないんだよ。――やめろって言ってるだろう、このいたずら猫がっ」
 まだあきらめてないらしいロビンの両手首を握って押さえた。あたりに漂うロビンのコロンの香りに、このまま何もかも忘れてロビンを抱きしめたいという強い衝動が湧きあがる。
 
「君ときたらまったく、僕の気もしらないで」
 そこで素早くキスをして、ロビンが応える前に身を引いた。
「射撃を習うって言い出したかと思ったら急に綺麗になったり」
 もう一度キスをした。さっきより少し長くなってしまった。
「監督責任なんか引き受けなきゃよかった。自分の忍耐強さがうらめしいよ。人に見せるためじゃなきゃいったいなんでそんなに綺麗になったんだよ」
「自分のためだよ」
 間髪入れずに返事があった。
「フライディの近くに綺麗な女の人が現れるたびに落ち込んだりするのはもう嫌だから。自分のことフライディにつりあわないって思うのが嫌だから。フライディを喜ばせるためじゃなくて、自分のためなの。フライディに何言われてもやめないからね」
 潤んだ目で顔を上気させたロビンをまじまじと見た。
 
 プライドが高いところはあの島で僕に泣きながらキスした時と全然変わってない。
 僕をうんと甘やかすくせに自分からはちっとも甘えてこないところも変わってない。
 急激に美人になりかけている。……でも外見はそれほど重要じゃないんだ。

「つりあわないって? 君以外のいったい誰が僕のバディにふさわしいんだよ。恋人を守るために射撃まで習おうとする子が他にどれだけいるか考えたことある?」
 今度のキスは長くなった。ロビンが焦れたように僕の押さえた手を抜け出そうとしたが離すわけにはいかない。僕だってギリギリなんだ。
「鏡を見る暇があるならもっとちゃんと僕を見ろよ。僕がどうしていつも君をからかうと思ってるんだ? 君は子供だ、だから手を出しちゃいけないって常にアピールしてなきゃいけない僕の気持ちなんて分かってないだろう。だから君は子供だって言うんだよ」
 押さえたままの手首を引き寄せ手のひらにキスすると、ロビンはびくんと震えた。
 そのままロビンの手に、たっぷり時間をかけて僕の気持ちを伝える。
 ロビンの力が抜け切ったところでそっと手首を離したら、のぼせきったロビンがずるずるとソファに崩れ落ちた。

「大人になったらもう手加減しないよ」
 全身で深呼吸するロビンに追い討ちをかけるようにそう宣言した。

***

エピローグ
 
 目をとじたロビンが何かつぶやいた。
「何て言ったの?」
 唇に耳を寄せると、かすかな囁きが吐息とともに届いた。
「負けないよ」
 熱いものに触れたように慌てて身を引いた。

 自分で自分の首を絞めたことに気がついた時にはもう手遅れだった。
 ロビンがゆっくりとまぶたを開く。至近距離で狙い撃ちされたら逃げようがない。

 いや、いっそ穴だらけにされたい。

end.(2009/09/05)

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