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王太子の結婚 14

 チップは過去に耳にしたロード・デリヴォーリについての噂とここ数日で共通の知り合いから聞き出したいくつかの事実から、友人の開店祝いに妹の友達まで連れて行かずともドン・カルロが他に協力してもらう相手には事欠かないということを知っていたが、わざわざそんなことを教えてキャットを悩ませるつもりはなかった。

 そこで笑いながらただこう言った。
「どうしても自分で払うと言い張らなかったとは、君も大人になったね」
「いつまでも子供扱いしないでよね」
「僕の長年の指導が実を結んだんだな」
「良いことは全部自分のおかげみたいな言い方しないでよね。フライディの指導なんて受けてないし」
 生意気に言い返しながらもどこかほっとした様子のキャットは、自分の疑いが晴れたところですばやく攻守を入れ替えた。
「ねえフライディ。『J』でこのセーターを見たってどうして? あそこに男性用の服は置いてないでしょ?」

 チップはにやりと笑った。
 キャットのこの切替の早さと負けず嫌いは彼の大好きなところのひとつだ。

「まさかロビン、僕を疑ってるのか? たまたま遠くの親戚がたくさん来てたから案内を頼まれて連れて行っただけだよ。僕は誰にも聖キャサリンの日のプレゼントを贈らなかったけど、親戚の買い物する様子を見た限りでは『J』の今後に不安はなさそうだったよ」
 そこでチップの車が屋敷に着いた。
 二人はしっかりと手をつないで玄関ポーチを上がった。
 
 扉に鍵をかけてセキュリティを屋外監視に切り替えてから、チップがキャットを腕の中に囲った。
「さあ、今日は誰にも邪魔されずに二人でゆっくりしよう」
 キャットが上目遣いでチップを見上げた。
「あのね、私したいことがあるんだけど……フライディは何かある?」
「きっと君と同じことだよ、僕のロビン」
 チップはキャットの頬に片手を添え、その瞳を見つめてとっておきの微笑みを浮かべた。
「本当に?」
「もちろん。僕は君の下僕だ」
 
「私ね――昨日録った結婚式の特集が見たいの」
 
 その時のチップのがっかりした顔を見たのがキャットだけだったのは幸いだった。
 もしそうでなければ、『理想の恋人』メルシエ王国のチャールズ王子殿下は七つも年下の恋人にいいようにあしらわれているという、あまり歓迎できない噂が流布することになっただろう――全くの真実ではあるが。
 
「久しぶりにゆっくり会えた恋人同士ですることが、それっ!?」
 チップは我ながら往生際が悪いと思いながらも、どうしてもそう訴えずにはいられなかった。
 しかしキャットの方にも譲れない理由があった。
「……だってフライディが出てくる番組、一人で見るの嫌なんだもん」
 
 みぞおちに殺し文句を撃ち込まれチップはよろけそうになった。
 こんな健気なことを言われながら僕はおとなしくホームシアターで恋人と並んで座って、いつでも見られる録画したテレビ番組を観なくちゃいけないのか、と自分に問いかけ、即座に自分で答えた。 
 ――もちろんそうだ。ロビンこそがルールだ。
 
 そこでキャットは、チップの腕の中にすっぽりと納められた状態で(チップはそれだけは譲らなかった)、贅沢な副音声の解説つきで昨日の式とキャットが見られなかったパレード、バルコニーでの挨拶の様子を見ることになった。
 
「ベンが登場した時のざわめきはすごかったね」
「あれでベスがそわそわして、エドがまたそれに輪をかけてそわそわしてたのがおかしくって。ほら、二人の頭が動いてるだろう」
 
 同じ大聖堂の中でまったくお互いの姿も見えずに過ごした時間に心の中で思ったことを、今テレビの前でぴったりと寄り添ってお互いに言い合うのは楽しかったし、これこそまさにキャットがしたかったことだった。

 それはキャットの胸のどこかをほんの少しうずかせたけれど、キャットはどこがどんな風にうずくのか、わざわざ確かめたりはしなかった。
 
「アートがすごく嬉しそうだよね。眉間がひらいてて、ほにゃっとした顔なの。アンはすごくきりっとしてて、普段と逆だったよね」
「ああ、アートはあのヴェールを上げてからは一分おきにアンに見とれてたね」
「だって本当にアンは幸せそうで綺麗だったもの」
 
 チップはキャットが目を輝かせて画面に見入るのを横から覗き込み、花嫁姿のキャットを想像してみた。
 キャットには純白じゃなくて象牙色かオフホワイトの方が似合いそうだ。
 ドレスは雲をまとうようなふわふわした布とか、ベルベットみたいに手触りの良い布でできたものがいい――――
 チップの想像にドレスのデザインは入っていなかった。自分が花嫁を腕に抱く時の感触だけを思い浮かべていた。
「ひゃっ」
 無意識に手を動かしていたチップはキャットの小さな悲鳴で我にかえり、くすぐったがって逃げようとするキャットを改めてしっかり抱きなおした。
 
 ミサ聖祭の間は中継が控えられ二人の生い立ちなどを紹介していた番組は、再び大聖堂内にカメラを切り替えていた。
 式を終えた新郎新婦が退堂するシーンだった。

「ここで父が杖なしで歩くのを、アートは知らされてなかったんだ。控室に入って怒ってたってベンが言ってた」
「お元気そうでよかった。私の周りの皆もそう言ってた」
「うん」
 チップの腕にからめた腕に、キャットが力を込めた。
 チップも腕の中のキャットをぎゅっと抱きしめた。
 
 パレードとバルコニーでの挨拶を一目見ようと集まった群衆の空撮映像で、キャットはその人数の多さに驚いた。
 キャットの国には王室がないのでこういった行事を見るのは初めてだったし、主役の二人が見られるかどうかは当日の運次第というイベントのためにこれだけの人が集まるというのは、キャットの想像の範疇を超えていた。
 自分はやはり他国人なのだと、肌にしみこんだ感覚の違いをキャットはまたここで思い知らされた。
 
 キャットがもの思いにふける間にも番組は進み、今度はバルコニー正面に向けたカメラが王室メンバーたちがそこに並ぶ様子を映し出していた。
 

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