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ショートショート いるもの・いらないもの

 女性のものの見方、という一般論をぶつにはサンプル数が少なすぎるが、僕の豊富とは言えない経験からいえば僕が知る女性たちは僕を含めた男性たちと比較すると「ひとつ」を選ぶのが苦手なようにみえる。

 たとえば宝石店で。
 二つの指輪のうち一つを選ぶのに、虎と美女の隠れた扉を選ぶ剣闘士以上の真剣さで悩んでいる女性に「決められないなら両方プレゼントしようか?」と聞くとする。
 彼女は一瞬、崖の途中で目の前に降りてきたロープのような目で僕を見る。が、それは一瞬だけのことだ。

 ほんの一瞬の後。
 彼女は醒めた目で「二つならこの二つじゃなくもっと違うのがいいわ」と言うと、僕をその場に残し新たな崖に身を投じるのだ。

 もちろんそうじゃない女性もいる。しかし僕の限られたサンプルの中で彼女達がマイノリティであることは事実だ。

 また一部の女性はある方面だけにその「決められない」ジレンマが発露する。
 仕事ではどんな問題も即断即決する女性が仕事の帰りに花屋で一輪の花を選ぶのに散々悩む姿はとても可愛らしくみえる。
 それは「これから毎週オフィスに花を届けてもらえるようにしようか?」という僕の提案に「花を飾りたい気分の日ばかりじゃないんです、欲しくもない花が勝手に届くのは心の負担になる日もあるんです。専任のお花係がいらっしゃる殿下のお住まいと一緒にしないでください」とぴしゃりとやられた後でも変わらない。
 僕をやりこめた彼女が、手に持った花を風からかばうように少し背中を丸めて歩く姿を見送る時、微笑みを浮かべずにいられるだろうか?
 女性は女性であるだけで皆等しく可愛らしい。

 ――可愛らしいといえばもちろん、誰よりも可愛らしい僕の最愛の恋人、ロビンについて語らずには終われない。
 そもそも僕が女性のものの見方について考え始めたのは今僕が靴屋にいて、ロビンが靴を選ぶのを待っているからだ。
 静かで罪のないレクリエーションだ。

 僕からの贈り物は僕が勝手に選ぶことが多いが、今日の買い物はまだ僕が見ていないドレスに合う素敵な靴を選ぶのが目的で、スポンサーはロビンのご両親、決定権をもつのはロビンだ。

「どっちにしよう」
「どちらも似合ってるよ。決められないなら一足は僕からのプレゼントにしようか?」
「駄目。いるものしかいらないの」
 にべもない返事が帰ってくる。
 そのストイックさがまたロビンらしくて頬がゆるむ。

 つい、聞きたくなる。
「ねえ、ロビン。僕は君にとって『いるもの』なのかな?」
 ロビンは驚いた顔で、僕をまっすぐみて答える。
「もちろん」
 その揺らがない瞳を見つめて、僕は自分のもとに訪れた幸運を噛みしめる。

 君のために店中の靴を買ってあげるのはたやすいことだ。
 でもこのたくさんの靴のひとつとしてではなく、君が求めるたった一足になれたらそれはその靴にとってどんなに誇らしく嬉しいことか。

 僕はロビンが裸足の時に現れた靴で、靴の履き方を覚える時に彼女は僕以外の靴を持っていなかった(もちろん僕が注意深く彼女の周囲から他の靴を取り除いたせいだ)
 いろんな靴を履き替えて大人になっていくのが本来だとしたら、僕は彼女に、スニーカーにも、ハイヒールにも、ビーチで履くサンダルにも、雨や雪の中に果敢に飛び出していくブーツにもなれるって証明しなくてはいけない。僕をいらないなんて思わせないように。

「決めた」
 ロビンが、足を入れたばかりの靴を見下ろして宣言する。
 僕の心に住む音楽隊がファンファーレを高らかに奏でた。

 おめでとう、たったひとつの『いるもの』に選ばれた靴よ。
 僕と一緒に末長くロビンの『いるもの』として彼女に仕えよう。もちろん靴の一生は人より短いものだが……

「ずいぶん待たせてごめんね、フライディ。あーあ、疲れた。いつも裸足でいいなら自由なのにね」
「えっ?!!」

end.(2015/05/20)

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