魔法使いの弟子
天は二物を
魔法使いの弟子リターンズ 1

魔法使いの弟子リターンズ◆2

 大野は来客に一通り課の説明をした後、後からやってきたもう二人の来客を連れて会議室に移動した。
 その一群が通路の向こうに消えたとたん、高野がキャスターを勢いよく滑らせて椅子ごと三島の隣に移動し、噛み付くように訊いた。
「三島さんっ! さっきの人誰なんですか?」
「監査法人からシステム監査に来た人」
「そうじゃなくって」
 いつもと同じ、落ち着いた口調の三島に、高野がじれったそうに言い募った。
「三島さんの知り合いなんでしょう? 歳とか独身かとか出身校とか」
「歳? 今は……三十七か八? 私が一緒に仕事してた頃は独身だったけど今はどうなのかしら。大学はアメリカのどこか……大学じゃなくて院だったかも……あ、あと車はポルシェよ」
 あやふやな言い方をしていた三島が最後の部分だけはきはきと答えたのに鈴木は思わず微笑んだ。しかしいつの間にか三島の周りに集まっていた女子社員達は、そのあやふやなプロフィールからでも必要な情報を得たらしかった。誰かが溜息をついた。
「ああいう人ってドラマにしか出てこないと思ってた」
「むちゃくちゃエリートっぽかったよねー」
「だって監査法人でしょ。エリートっぽい、じゃなくてエリートだよ。MBAとか持ってそう」
「ああ、持ってるみたいよ」
 三島のあっさりとした返事に周囲はまた溜息をつき、鈴木は久しぶりに学歴コンプレックスを刺激された。新入社員研修では分け隔てなく教育を受けたように見えたものの、結局のところ一ヶ月の研修が終わると旧帝大出身の同期はほとんどが会社の中枢に近い部署に配属されていた。鈴木のようなそこそこ有名な私大出身者達は、『会社に入れば学歴なんか関係ない』というのは嘘だったな、とそこで悟ったのだ。
「名前何でしたっけ?」
「りゅうじんさん」
「『りゅうじん』さんってどんな字書くんですか? 日本人? 『りゅう・じん』さん?」
 誰かの質問に、三島はまたいつもと同じ口調で答えた。
「実家は神社だって言ってたから日本人だと思う。簡単な方の『竜』に神様の『神』で『りゅうじん』」
「ふわー」
 誰かが言葉ともつかない声をもらした。
「あんな神主さんがいたら、ツアー組んで参拝に行っちゃうー」
「格好いい人は名前まで格好いいんだー」
「白いオーラがぴかーっと周りに出てなかった?」
「うちの部長のとは違った輝きがね」
 こんな時まで部長の頭のことを持ち出さなくてもいいだろう、と鈴木は内心で思ったが恐ろしくて口には出せなかった。まったくもって女子達は容赦がない。
「でも何だかすごいですね、こんなところで再会するなんて。三島さんも今日来たばっかりなのに、すごい偶然じゃないですか?」

 いらっとした。二度目だ。
 何で女ってこういう偶然とか好きなんだろうな、と鈴木は思った。

「あら、でもものすごい偶然ってわけでもないのよ。元々御社の基幹システムはABCで作ってるでしょ? 多分私も竜神さんもABC情報システムの出身だから、御社の仕事をご紹介頂いたんじゃないかしら。でも竜神さんが監査人だとABCの担当者さんは大変そうねえ」
 恋人の祥子がいつもマイペースなのは鈴木にとっては悩みの種だったが、今日だけはこのマイペースっぷりが頼もしく思えた。この派遣先を「御社」と呼ぶ距離のとり方も好きだ。

 仕事中だというのに、鈴木は背中合わせに座る恋人が好き過ぎて切なくなった。今すぐ抱きしめたい。

 そんな白昼夢からは早く覚めろとばかりにワイシャツの胸ポケットで携帯が震えた。出かける時間にセットしていたアラームの振動だ。鈴木は机の上を片付け、足元に置いた営業鞄を手に立ち上がった。
「優子ちゃん、木村商事さんに行ってきます。戻り予定5時で」
「はい、いってらっしゃい」
「いってらっしゃい」
 アシスタントの高野と一緒に三島や周囲の女子社員まで挨拶してくれたので、鈴木は若手営業マンらしく声を張って返事をした。
「ではいってきます」
 背後でくすくす笑いが聞こえた気がしたが、鈴木はそのまま振り返らずにエレベーターホールに向かった。自分の姿がさっきのいい男の何分の一かでもきりっと見えたらいいなと思いながら。

 鈴木は訪問先でもうすぐ新規の商談がありそうだとほのめかされ、予定より三十分ほど遅れて気分よく帰社した。戻ったらまず主任に報告をして、商談レポートをまとめて……事業部に在庫も確認しておいた方がいいだろうか。

 高揚した気分はエレベーターがオフィスフロアに着いてドアが開いたとたん急下降した。三島と先程の来客、竜神が連れ立ってエレベーターホールにいた。
「おかえりなさい、お疲れさまです。お先に失礼します」
 ただの挨拶を重ねただけの、誰にでもいう言葉だったが、祥子の声はいつものように耳に心地よかった。しかし彼女の隣の男の存在が気になる。たまたま一緒になったんだろうか、それともこれから一緒にどこかへ行くところなのか。訊きたい。
 鈴木は口を開いた。

「お疲れさまでした」

 口から出たのは背中合わせに座る隣の部署の同僚らしい、若手営業マンらしいただの挨拶だった。
 別にこれからの予定を訊くくらいは不自然でもないはずなのに、訊けなかった。 
 鈴木が降りるのと入れ替わるようにしてエレベーターに二人が乗り込んだ。ホールに一人残された鈴木はドアが閉まると思わず振り返ってエレベーターの階数表示を見守った。
 途中で止まって誰かが乗り込みますように。二人だけの時間ができるだけ早く終わりますように。

 そんな志の低い願い事を聞き届けるほど神様は暇ではなかったらしい。ゆっくりと変わる階数表示は一定のペースを保ってカウントダウンを続け、最後に『1』になって止まった。
 その事実よりも、自分のツキのなさに鈴木はがっかりした。

前へ single stories 次へ

↑ページ先頭
 Tweet
inserted by FC2 system