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読切◆青い鳥

 塔に幽閉されていたのは、その国の王子だった。王子は外の世界のことを少し覚えている。幼い頃には庭で遊ぶこともできた。その庭には高い塀が巡らされていて、庭の外に青い空の他に何があるのか知ることはできなかったが。
 いつ頃のことだったか、見知らぬ男に腕を掴まれてこの塔の部屋に押し込まれた。壁から延びる冷たい足かせをはめられてこの部屋に残されてからは、日に一度パンと水が届く他、訪れる人もない部屋で時を過ごしている。

 嘘だ。王子を閉じ込めた人々は知らなかったが、王子は鳥に姿を変えることができた。ずっと昔、庭で会った鳥が教えてくれた。
 日に一度届くパンを食べ水を飲んでから、王子は青い鳥に姿を変え、小さな窓の格子の狭い隙間から体を押し出して外へ出る。しかし鳥になった王子が目指す場所はいつも同じ、幼い頃に遊んだ小さな庭だった。そこで木になった果実を少しついばむこともある。水浴びをしたり日向で体を膨らませて時を過ごし、日が落ちる前に塔の部屋へ戻る。満月が煌々と庭を照らす晩だけは、夜に外に出ることもあった。

 塀の外には青い鳥を狩る鳥がいることも分かっていたから、塀の外へは出なかった。塔の部屋へ戻るのも同じ理由。外に出た王子は狩られることも分かっていた。
 いつか日に一度のパンと水が届かなくなったら、このままずっと鳥の姿で暮らそうか、そう思うこともあった。もうずっと鳥の姿で過ごす時間の方が長かったので、自分が青い鳥に姿を変えた王子なのか、王子に姿を変えた青い鳥なのかも段々分からなくなってきた。

 ある日のこと、パンと水の届く頃合に扉の外で人の声がした。パンと水を届けるのはずっと同じ、喉を潰された男だった筈だ。声がする筈はない。しかも今聞こえるような柔らかい女の声がする筈は。

 そう思った王子が目を上げた時、扉が開いた。王子は目を伏せた。

「王子、お迎えに上がりました。貴方をここに閉じ込めていた王は亡くなりました。どうぞ外へお出になり王冠を戴いて下さいませ」
 女がそう言った。後ろに控えた何人かの男が王子に向かって、王にする礼をした。
「出て行け。余はこの部屋から出るつもりはない。国は誰か欲しがるものにやればいい」

 目を伏せたまま王子がそう言うと、女が喉の奥で笑った。

「お上手でいらっしゃいますわね。本当にこの部屋から出るおつもりがないと仰るのですか?」
 そう言って、王子の耳元でもう一言二言を何かを囁いた。王子がはじめて女の顔を見た。

「お前の望みは?」
「私を娶り、この国の女王にして頂きたいとお願いしに参りました」
「叶えてつかわす」

 虜囚だった王と女王の治める国は、それから周囲のどの国よりも豊かで平和になった。そして王と女王は毎日あの庭で二人だけで睦みあう。

「どうして庭からお出になりませんでしたの? 私を捜しにいらして下さると思ったのに、あまりつれないからとうとうお迎えに伺ってしまいました」
「お前が『また一緒に遊びましょう』と申したではないか。余は毎日お前を待っていたのだ」
「本当にお上手でいらっしゃいますわね。でも私はそんなつれない貴方に夢中ですから、信じたことにしておきますわ」

 そう言ってこの国と……全ての鳥を治める女王は、横に並ぶ青い鳥に愛しそうに頬をすりつけた。

end.(2009/04/02)

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