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見解の相違 2(おわり)

 翌週はまた半日だけのデート。その次の週は僕の用事でロビンを誘えなかった。
 いいかげんでフルタイムのデートがしたい、そう思っていたのに次の週末の誘いで電話をしたらロビンが言い出した。

「あのね。テニスしよう。ベスとエドと一緒に」
「えっ?」
 僕は不愉快な気持ちが声に出たんじゃないかと改めて穏やかに言い直した。
「どうかな。二人が忙しくなければいいけど」
「大丈夫だよ。予定ないって」
「僕より先に声かけたの?」
「……いけなかった?」
 ロビンはしょんぼりした声を出した。言い方がきつかったかとすぐ反省した。
「そんなことないよ。じゃあ朝、迎えに行くね」
「ううん。前の晩からベスの家に泊めてもらうの」
 君ほど無邪気に人を踏みつけにする恋人を持ったのは初めてだよ、と言ってしまいそうになった僕は、かろうじて自分が七つ年上であることを思い出してその言葉を引っ込めた。

「じゃあ前の晩に迎えに行ってもいい? ちゃんとベスの家まで送るから」
「うん。あのね、フライディ」
「何?」
「楽しみにしてるね」
 こんな一言でころっと機嫌を直すなんて、どうしてこんなにむちゃくちゃにロビンのことが好きになっちゃったんだろう。島にいた頃はそうじゃなかった筈だ。じゃあいったい、いつからだろう。電話を切ってから考えてみたがどうにもよく分からなかった。

 金曜日の晩にロビンを迎えに行った僕は、遠回りをして夜景の綺麗な山の中腹の道を走った。
「すごい。こんな綺麗な道があるなんて知らなかった」
「昼間は普通の道だから、君を連れてくるのは初めてだ。二人で夜のドライブができること、今までなかったしね」
「ね。ちょっと嬉しいね」
 そう言ってロビンがまた、シフトを握る僕の手の上に自分の手を乗せた。僕は何故か心臓に鋭い痛みを覚えた。健康診断はいつもオールAなんだが。
「ねえ、本当にベスのところに泊まらなくちゃいけない?」
「だって、家でそう言ってあるし」
 そう言われると弱い。
 ロビンの両親は、きっと本音を言えば静かに暮らして普通の相手と付き合ってほしい、それも今すぐでなく、なるべく後でと思っているに違いないのに、ベスのところとはいえ僕の傍に泊りがけで遊びにくるのを許してくれている。
 僕自身あの島で指一本触れなかったと胸を張ることができないので、彼女が両親の話をするといつも少し疚(やま)しい気持ちになる。

(でもあの時はともかく今は僕とロビンは愛し合ってるんだ。もっと一緒にいたいと思うのは自然なことだ)

 そう考えた後で、本当にそうかな、と僕はロビンをちらっと見た。
「ねえロビン」
「なあに?」
 ロビンが夜景から目を離して、僕に微笑みかけた。
「何でもない。そろそろベスの家に送るよ」
「うん。ありがとう、フライディ」
 一度でいいから、まだ一緒にいたいとか言ってくれないかな、僕はそう思ってロビンを熱を込めて見つめたけど、ロビンはにっこりと笑い返しただけだった。

 翌朝ベスの家に行くと、エドの車はもう着いていた。応接間に通されるとベスとエド、それにロビンが仲良く談笑していた。
「おはよう。遅れたかな」
「いいえ、時間ぴったり。軍隊式ね」
 ベスがそう言って立ち上がった。
 四人で軽く打ち合ってウォーミングアップをした。ロビンは僕の前衛。僕は後ろから見て気付いたことがあった。
「ロビン、上手くなったね」
 そう言うと、ロビンが振り返ってぱあっと顔を明るくした。
「本当? じゃあ後で試合してくれる?」
「もちろんいいよ」
 しばらく四人でラリーをしてからベスがベンチで休み、エドが審判を引き受けると言ったので早速ロビンと試合をした。
「キャット、頑張れよ」
 親しげにロビンにそう声をかけるエドを何となく不愉快な気分で眺めてから、僕は最初のサーブを打った。

(やっぱりロビン、上手くなった)

 ロビンは学校でテニス部だというだけあって、初めて一緒にテニスをした時からなかなか上手ではあった。でも僕とは体力差があるし、言わせてもらえば経験も違う。相手にならなかったとまでは言わないが、以前の試合では僕が笑いながら勝った。
 ロビンは今回なかなかいいスマッシュを決めたりはしたが、ちょっとばかり本気を出してしまった僕が今回も勝った。それでも前回が6?0で今回は6?2だから、ロビンはずいぶん上手くなってる。

「ゲーム、セットアンドマッチ……」
 エドが終了を告げると、ロビンがネット越しに手を伸ばして僕の手をきつく握った。
「悔しいーっ! 今日は三ゲームとるつもりだったのに!」
「ずいぶん上手になったよ。さすが成長期だな。そういえば背も伸びた?」
 そう言って僕が笑うと、ロビンがむきになって言い返した。
「そうやって子供扱いしてる間に、フライディこそどんどんおじさんになるんだからね! 絶対いつか私の方が強くなる日が来るもんね!」
「それは楽しみだな」
 エドとベスが笑いながらやってきた。
「キャット、いいとこまでいったのに惜しかったね」
「もう、もう、悔しくって! ごめんね、エド」
 ロビンの言葉に、僕はぴくっと身じろぎをした。

 頭の中でここ数週間の色々な出来事がパズルのピースのように組みあがって一つの絵を完成させた。

 僕はエドににこやかに訊いた。
「エド? キャットがここしばらく忙しかったのは、エドにテニスを教わってたせいなんだな?」
「もう気付いたの、チップ? 笑ってるけど怒ってる?」
「だからこの前キャットがエドの車に乗ってたんだろう。それでキャットが手のまめを潰してたんだな」
「チップ、念のために言うと私も一緒だったわよ」
 ベスがロビンとエドを庇ったが、別にそんなことを疑ってるわけじゃない。ロビンがいいわけのような告白をした。
「だって。上手くなりたかったんだもの」

 それだけの理由で!
 僕はエドの助手席で顔を背けていたロビンの姿とか、そっけない電話の返事とか、もろもろを思い出して悔しさで胃のあたりが熱くなったが、今度はロビンに向かってにこやかに言った。
「内緒で練習するくらいなら僕が教えてあげたのに」
 そうしたらもっと一緒に過ごせたのに。

 僕はそう思ったのにロビンは勢いよく反論した。
「駄目だよっ! 一緒に練習したらフライディまで上手くなっちゃうでしょ!」
「え?」
「フライディ何でもできるんだもん! 私、何かひとつでいいからフライディに勝ちたいの!」

 僕を見上げ、熱を込めてそう語るロビンの後ろで、エドが横を向いて口を押さえた。ベスも声を出さずに笑っていた。
 僕は重々しく答えた。
「まさか恋人から何でもできるって責められるとは思わなかったな。それに君と僕の間には見解の相違があるように思うんだ」
 エドがひくひくと背中を震わせるベスを抱き寄せた。覚えてろよ、あの二人。
「例えば恋人同士のあり方についてとかね。君は何でもできる恋人を持ってることを悔しがるより、むしろ喜ぶべきじゃないかな」
「そうかな?」
 僕は、ロビンの腰を片手ですくい上げ、肩に乗せた。
「その辺のことはこれから詳しく話し合おう。二人きりで」
「フライディ?」
「本当は僕、ダブルデートは好きじゃないんだ。お先に失礼するよ」
 そう告げた僕を、ベスの声が追いかけてきた。
「チップ、キャットの門限は九時よ。九時までにうちに帰してね」
「九時ぴったりまで絶対に君たちのところへは帰さない。――軍隊式でね」

 ベスにそう宣言し、声を出さずに人に向かってL・O・S・E・R(負け犬)と口真似をする弟を指のピストルで撃ってから、僕はロビンを肩に乗せたままテニスコートを後にした。
end.(2009/02/26)

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