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ショートショート 朝の習慣(アートとアンのお話)


 メルシエ王国アーサー王太子殿下の朝はランニングから始まる。(歴史あるメルシエ王国の王太子はアメリカ人が考案したジョギングの習慣はもたない。あくまでランニングである)

 起床、身づくろい、ランニング、シャワー、新聞を読みながら家族と取る朝食。
 外遊中以外にこの習慣を崩すことはない。例外は新婚の朝だけだった。

 新婚の妻アン王太子妃も夫の習慣にならい、結婚二日目から一緒にランニングをするようになった。

 その最初の日。つまり新婚二日目。
「ご自分のペースで走ってね」
 そう言って微笑むアンに、アートはコースを案内するという口実で付き添って走った。

 三日目の朝はいつものように走り出したものの、一周したところで周回遅れのアンをみつけたアートはコースを外れた。
「足でもくじいたか?」
「いえ、ほらご覧になって。もぐら穴よ。庭師は嫌がるでしょうけれど、もぐらも王宮に住みたかったのかしらね」
 ふふふ、と笑うアンと一緒に他のもぐら穴を捜しているうちに、ランニングの時間は終了した。

 さらに次の、新婚四日目の朝。
 走り始めたアートは後ろに続く足音に違和感を覚えて振り返った。
 アンはアートに背中を向けて走り去っていくところだった。

 アートは遠ざかる妻を追いかけ、すぐに追いついた。

「何をしているんだ?」
「一緒に走ると後ろから追いつかれてしまうでしょう? 反対回りで走れば、前からあなたが来るのがわかるし、早く会えるようにって頑張れる……」

 アートは頬を染める妻を難しい顔で見つめながら考えた。

 結婚式の日に父である国王から贈られた『困難な道を歩む時には、杖の助けを借りなさい』という言葉。
 あの言葉に従うならば、杖とは常に共にあるべきではないか。

 ――――どうやら、アーサー王太子殿下の朝の習慣は近日中に変わることになりそうである。

end.(2012/11/22)

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