ショートショート 君のせい
物音に気付いて書斎を覗いたキャットは、たまった書類を片付けている筈のチップが絨毯に書類を置いて腕立て伏せをしているのをみつけた。
「何やってるの?」
「来月、軍にいた時の仲間が結婚するんだ」
「……それとその腕立て伏せには何の関係があるの?」
「軍服を引っ張り出してみたら、肩のあたりが少し痩せてた」
不満げなチップの口調にキャットは思わず笑った。
「フライディがそんなに格好つけたがりだって知らなかった」
「君のせいだ」
いきなり非難を向けられて、キャットがきょとんとした。
「私のせい?」
「そうだよ」
そこでチップはいったん腕立て伏せを止め、書類をめくった。どうやらそのページは読み終えたらしい。
「あれを着ている時だけは君がうっとりした目で見てくれるから、僕はこうして陰で努力してるんじゃないか」
キャットは真っ赤になったが、赤い顔をしたまま無言でチップの背後に回り込んだ。チップは両手を絨毯についたまま、肩越しに後ろを振り返ろうとした。
「ロビン?」
「手伝う」
背中に加わった猫一匹分の重みに、チップは思わず笑顔になった。
キャットが、言い訳がましい口調で言った。
「……そんなに軍服に弱いわけじゃないよ」
「分かってるよ、ほんのちょっぴり弱いだけだ」
チップの声は今にも笑い出しそうだった。キャットはからかわれているのに気付いても怒らなかった。
「本当に私のためなの?」
「それ以外に、書斎でペンだこ以外のものを鍛える理由があると思う?」
キャットはチップの修辞的な問いかけに答える代わりにつぶやいた。
「ペンだこも好き」
チップがいきなり潰れて絨毯に突っ伏した。
慌てて立ち上がったキャットは、足首をがっちりとチップに掴まれていた。
「ロビン、今度はここに寝て」
有無を言わせないというチップの口調に、キャットはしおらしく従った。しかし目だけは態度を裏切って楽しそうに躍っている。
「次はペンだこを鍛えるの?」
「違う、その生意気な口をふさぐんだよ……とでも言うと思ったかっ?」
チップはそう叫ぶとキャットの両手両足を押さえていきなりくすぐりはじめ、キャットは息を詰まらせて笑いながら絨毯の上で身悶えし……チップのトレーニングと読みかけの書類はあっという間に忘れ去られた。
end.(2013/02/22)
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