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行こう、城塞都市! 鐘楼守見習い

 まっすぐ店を目指してきたふたりに、カウンターの中に立つ店員が独特の節(ふし)をつけて呼びかけた。
「いらっしゃい~。エール、ワイン、バーリーウォーター、ハーバルティ~。全部一杯六リーブラと四分のいち~、カップ持参なら三リーブラ四分のいち~」
「こんな場所でエール?」
 チップが横目で販売許可証を探すと、店員はすかさず答えた。
「もちろんエールもワインもアルコールフリーだ。家に帰ったら本物と飲み比べてやろうって悪い子には親の許可がないと売らないよ」
「じゃあカップつきで僕はエール。君は何がいい?」
「ワイン」
 アルコールフリーワインに興味がわいたキャットが答えると、店員が片目をつぶって彼女に聞いた。
「赤、それとも白? 白は水割り、赤はお湯割りがおすすめだよ~」
「えっ!? ええっと、じゃあ白の水割り」
「はい、どうぞ。飲み終えたカップはどこの店でも使えるし、返却するとデポジットの三リーブラが戻ってくるよ」
 ふたりに注文の品が差し出された。
 陶製のカップは小さな取っ手がついていて、そこに紐を通せば持ち歩けるようになっている。大きくて重たいカップを持ち歩きたいかどうかはまた別の話だが。
「エールはどんな味?」
「なかなかいける。前に飲んだ中世風エールより飲みやすい。そっちは?」
「意外と美味しい。もっと味気ない感じかと覚悟してたのに」
 チップはにやりとした。
「君はきっと珍しいものに手を出すと思ったから保険の意味でエールにしたけど、必要なかったみたいだね」
 言いながらカップを交換して一口飲んだチップは、キャットに同意しつつも付け加えた。
「わざわざ不味いものを再現する必要はないけど、本来はこの割った水が泥臭かったり生臭かったりしてワインなしでは不安で飲めなかったのかもしれないな」
 キャットもチップの意見を聞いて納得した。
「きっとそうだね。これはフレーバーウォーターっぽいもの。ワインも水も美味しいの使ってるんだろうね」
「あそこの噴水の水だって書いてあったよ」
「本当に!?」
「嘘だよ」
「もう、フライディの嘘つき!」
 責められたチップは笑いながら飲み干したエールのカップを返しに行ったが、店員から「そのあたりに生えてるハーブを入れるとまた一味違う」という裏技を教わり、ワインがまだ残っているキャットにミントを捧げて許された。

 集合時間より少し前にふたりは鐘楼(しょうろう)の前に戻った。
 もうひとりの見習い志望者はもう来ていた。
 見事な刺繍でふちどられたローブを着て長い杖を手にした青年だ。
「ショーンだ。よろしく」
「よろしく。僕はチップ、彼女はキャットだ」
「ふたりはどこから?」
「メルシエだ。ショーンはオージスト?」
「そうだよ」
「その衣装は持ち込みなの?」
 キャットがひと目見た時から聞きたくてたまらなかったことを聞いた。彼女は最初にショーンを見たとき、園内で働くキャストなのかと思ったのだ。レンタル衣装にここまで凝ったものはなかったはずだ。
「うん。似合うだろう? 『モリエヌス』の自キャラなんだ」
 ショーンが陽気にポーズを決める。
「よく似合ってるよ。その刺繍はハンドメイドみたいだけど自分で?」
「『モリエヌス』って、ゲームだよね?」
 チップはローブの出来栄えに対して、キャットはショーンの言葉に対してそれぞれ質問をした。
 ショーンはよい質問者に恵まれた幸福感をあらわにして答えた。
「そこに気付いてくれるとは嬉しいね、お目が高い。一ケ月かけて自分で縫ったんだよ。ふたりは『モリエヌス』やってないの? このクエストこなせばエレメンタルアモルファスもらえるのに」
「クエスト?」
「エレメンタルアモルファス?」
 メルシエ組のふたりはそろって首を傾げた。
 ショーンが門外漢のふたりにも分かるように教えてくれた。
「ここで依頼を受けた成果をゲームに持って帰れるんだよ」
「へええ」
 ゲームをしないキャットはショーンの言うことがぼんやりとしか分からず、あいまいな相槌をうつことしかできなかった。
 チップも条件は同じはずだが、仕事の半分以上が知らない人との会話で成り立っているだけあり、あれこれショーンの話を聞いて会話を盛り上げることに成功していた。
 ショーンによるとこの鐘楼のようなランドマークや、ゲームと同じ店がこの町の中に実際にあり、ゲームが現実化したかのように依頼を受けたり食べ物や飲み物を買ったり、逆にここでの経験をゲームに反映させることができるのだとか。
 この鐘つき見習いのクエストは達成することで『時の魔法を封じ込めたエレメンタルアモルファス』がもらえるらしい。もちろん現実ではなくゲームの中で。
 ショーンがやっている『モリエヌス』というゲームだけでなく、他にも中世風ファンタジー世界を舞台にしたゲームのいくつかがこのオルチャミベリーとタイアップしているのだそうだ。
 
「VRもいいけどさ、やっぱり本物の町で、いや作り物なんだけど、でも本物の街並みを歩いてこうやってクエストを受けられるってすごいことだと思うんだよ。誰かが書いたコンピュータのプログラムじゃなく一から家とかこの鐘楼とか建てて、そこに本当に人が住んでてゲームみたいな暮らしをしてて、ただ見学するんじゃなく自分もその中に入れる。俺たちはずっとこういうことがやりたかったんだよ」
「ここに住みたい?」
「半分はね。ずっとはきついかな、電気がないとゲームもできないし。ジャングルとか無人島でサバイバルするとかよりはずっとましだけどさ」
 ショーンの言葉に、三人は声をそろえて笑った。

 四十五分の四半時鐘(しはんじしょう)が鳴った。依頼票に書かれた開始時間だ。
 三人は、歩いてやってきた恰幅のいい男性から自己紹介を受けた。
「鐘楼守のトマスだ。あとふたりの鐘楼守と交代で鐘を鳴らしている」

 渡された依頼票を確認したトマスは、腰から下げた袋にそれをしまって展望台の入り口へと三人を導いた。展望台に上る(これは仕事ではなく観光目的)客たちの受付の横を、トマスの後に続いて三人は通り抜けていく。
 扉をくぐると、すぐ目の前は壁だった。外壁と内壁を避けるように扉の両側から階段が始まり、回り込んだ先は見えなくなっている。
「左の階段で展望台まで上がり、そこから別の階段を使う」

 中世を模しているとはいえ、現代建築だ。石に似た何かでできた階段は摩耗も凹凸もなかったが、子供でも登れるようにか、一段ごとの高さが普通の階段よりやや低くて妙にもどかしく上りにくい。チップは早々に一段飛ばしに切り替えていた。
 キャットもそうしたかったが、スカートの裾が狭くてうまくいかなかった。彼女は「やっぱり女性解放運動って必要だったんだな」と思いながら、スカートを持ち上げるのは我慢した。どうせ前がつかえてゆっくりとしか上れないのだ。
 その前でつかえているショーンは、途中から息を切らし、ローブの裾をまとめて腕にかけ、自分の杖にすがるようにして上っていた。キャットは最初に見た時「長い杖なんて邪魔そうだな」と思ったのだが、案外実用的な使い道があった。
 いくつかの踊り場で息を整えながら(主にショーンが)、展望台までたどり着いた。
 当然中世には大きな板ガラスもアクリルパネルもないので、三面の壁に開いた小窓は鉄の柵でふさがれているだけで吹きさらしだ。寒さを感じた人のために毛布の貸出があるが、階段を上ってきたばかりの見習いたちにはとりあえず必要なさそうだ。
 トマスは階段の出口にあたる窓のない壁に沿って進み、そこにある扉に手のひらより大きい鍵を差して回した。
 扉の奥に、今度は木でできた階段があった。
 階段の下に置かれた箱から、トマスは耳栓を取り出して見習いたちに配った。
「耳を保護するため耳栓を配る。一度つけたらこうして外して見せるまで外すな。この階段で鐘のところまでいく。まずは鐘を鳴らしているところを見る。その後説明だ。本番の前に鳴らない鐘で練習をする。それがうまくできたら十五分ごとに三回の四半時鐘、最後に時鐘をならして終わりだ」

 今度の階段はさっきよりも短かった。
 トマスを先頭に四人で上がった広い板張りの床は、鐘を吊るしたアーチ型の開口部がある壁に囲まれ、屋根がかかっていた。真冬や嵐の日にはこれは辛い仕事かもしれない。
 前の回の三人が別の鐘楼守に教わって時鍾を奏でる準備に入っていた。
 それぞれが目の前の、結び目をつくった引き綱を握って配置につく。引き綱は床に開いた穴から上に伸び、梁につるした滑車を経由し、鐘を固定した太い横木につながっていた。
 見習いの三人は、それぞれが担当する鐘に割り振られ、鐘楼守と向かい合うように立っている。
 トマスがキャットたちに耳栓をつけさせ確認し、自分も耳栓をつけた。

 一番最初の音を出す人が一番緊張するかも、とキャットが考えている間に演奏は始まった。間近で聴く鐘の音は耳栓ごしでも想像より大きく響く。
 実際に綱を引くタイミングより早く鐘楼守が次に鳴らす見習いの方を見てくれるので、よほどうっかりしなければ鳴らし忘れはなさそうだ。

 ディン・ドン・ダン、ディン・ドン・ダン、ディン・ドン・ダン、三つの鐘の音が重なり余韻が消える直前に、鐘楼守が担当する一音が正時と同じ数、十回鳴らされた。
 これで前の回の手伝いは終わりだ。集まって最後の説明か何かを受けた三人は、鐘楼守を先頭にさっきの木の階段を下りていった。
 トマスが耳栓を外すよう見習いたちをうながした。

 耳栓を外した三人に、トマスは説明を始めた。
「あの綱に体重をかけて引くことで、回転軸に固定した鐘が傾いて中の舌(ぜつ)が鐘の内側を叩く。普通は一度鳴って元の位置に戻る。強く引くと一度鳴って反動でもう一度、二度続けて鳴らすことができる。今回はこれはやらない。
 鐘つきの悪夢、『引き綱に手足が絡んで宙づりになる』を聞いたことがあると思う。この鐘は引き綱のゆるみが少ない分安全性は高いが、指や腕にからめたりせず、危険を感じたらすぐ手を放せるように注意しろ」
「鳴らすタイミングは?」
「綱を引くのと鐘が鳴るのには時間差がある。こちらから手で指示を出す」

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