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行こう、城塞都市! 依頼を探す

 宿の亭主によると『身分証は門を入ったところにある支所だけでなく広場に面した本所でも作れる』そうなので、来た道を全部戻らずに済む。
 さっき曲がった角まで戻り手押し車を返却してから、身軽になったふたりは広場へ向かった。

 建物と建物の間から覗く布製のひさしがまず目をひいた。
「お店だ」
「朝市かな?」

 町の中心となる石畳の広場は楕円形で、ぐるりと建物に囲まれていた。その真ん中で朝市が開かれている。
 ほぼ終わりかけのようだが、並んでいる商品は食材や日用品といった消耗品、鍋や焼き串などの日用品がほとんどだ。
「入園客向けって感じじゃないね」
「これはここの住民のための市かな。電気がないから、保存のきかない食品は毎日買いに来るんだろう」
 買い物を終えたらしい灰色のローブ姿の男性が、無料貸出のものより質の良さそうな大きな手押し車を押しながら目の前を通り過ぎていった。布袋や木箱、おまけに陶器の甕(かめ)までが積み込まれている。
 宿を見たときには気軽に考えていたが、ここで日常生活を過ごすのはキャットが最初に考えたよりも大変そうだ。
 
 門番が言ったとおり、役場ではすぐに仮身分証をつくることができた。金色の薄い金属で作られていて、端に開いた穴に紐が通され首からかけられるようになっている。
 
「このオルチャミベリーには今たくさんの人が入ってきているので、元からの住人だけでは手が足りていないの。集会所に掲示された手伝いをいくつか受けてくれたら、この仮身分証を正式なものに更新するわ」
 手続きをしてくれた女性にそう言われ、はりきったキャットとチップは、さっそく役場の隣りにある集会所へいってみた。

「依頼票右上のマークは都市への貢献度を表す。マーク五個分の手伝いで身分証の更新ができる。お前たち、字は読めるか? 読めなかったり依頼について相談したい者は向こうに並べ。ひとりずつ話を聞いていく。――そこのお母さん、お子さん向けの手伝いはここではなく隣のキッズコーナーで探してください。年齢別に分かれています」
 横柄な口調でロールプレイをしていたスタッフが、親子連れにはいきなり態度を改めた。たぶん子供は母親が知らない人から怒られていたら怖くて楽しめないだろうから、顧客満足度向上のための方針かなにかだろう。

 依頼票は、壁の高い位置に釘で止めてあった。ものによっては同じものが何枚も重なっている。ちなみに素材は紙だ。羊皮紙ほど書き心地も保存性も良くないが、古布や藁(わら)を原料とした紙は中世にも使われていたそうだ。びろうな話だが園内のトイレにはトイレットペーパーも備え付けられていた。一応これは同時代の煉丹術師(れんたんじゅつし;中国の錬金術師)たちがこの町に持ち込んだ、という言い訳めいた設定になっていたが。(キャットはここに来た子供たちがロール状のトイレットペーパーを中世の発明だと誤解しないかひそかに心配していた)

 依頼票の真下には先に太い針をつけた棒を手にしたスタッフが数人立ち、順番に希望を聞いては依頼票を刺しとって渡していた。すべての紙がなくなり枠が空くと、また別の依頼が新しく掲示される。

 手伝い依頼の内容はふたつに分けられた。貢献度を表すマークは特にどちらが多いということもないようだ。
 ひとつは探し物、伝言や荷物の配達といった肉体労働系の手伝いで報酬をリーブラ(園内通貨)で貰えるもの。掃除、洗濯や皿洗いもある。これらは需要が多いようで依頼票の束が厚い。終了までの時間の目安が短いので、身分証の更新だけが目的ならこちらを選ぶ方がよさそうだ。
 もうひとつは各種工房などでの中世の生活体験系見習いで、報酬はなく逆に見習い修行の謝礼を支払って仕事を教えてもらう。親方に認められると修了証がわりに自分が作ったものや仕事に関連したアイテムがもらえるというものだ。こちらは肉体労働と違って求人数も少ないし、終了までの時間の目安が数時間と長いものも多い。ただし依頼内容がいちいち魅力的だ。『糸つむぎ(亜麻またはイラクサ)』『シェラックを使ったブローチまたはストラップの作成(着色後型抜き)』『蜜蝋(みつろう)の精製』『石工(工房に集合後、現場へ移動)』『兵士(木槍での修行)』『ポーション作成(飲用不可)』『エレメンタルアモルファス作成(魔法の修行は含みません)』等々……

 ふたりは壁から少し離れた場所に立ち、ずらりとならんだ依頼票を見上げて吟味(ぎんみ)していた。
「採取とか討伐はないんだね」
「城塞都市では達成が難しいんじゃないかな、とくに討伐の方。たぶん野生生物保護法にひっかかるよ」
 チップはざっと中身を確認して特殊なものはなさそうだと判断し(テーマパークのアトラクションでそういった不平等は許されないものだし)、キャットがどれを選ぶか決めるのを待った。
 キャットは依頼の中身を読み込みながら候補を挙げていった。
「あ、討伐じゃないけど魚捕りがある。やってみる?」
「嫌いじゃないけどここじゃなくてもできるからな」
「ここでしかできない――城壁の修理は?」
「実はそれも家でできたりする」
「もう、そういうこと言うー」
 ふたりが楽しげに言い合っている間にも、人気の体験系はあっという間に埋まって壁からはがされていく。代わりに掲示されるものもあるから悩んでいたらきりがないことが分かった。
「ひとつしかできないわけじゃないし、まずは短時間で終わる依頼を何か試しに引き受けてみない?」
「ここじゃないとできないものがいいんだよね」
「そこまでのこだわりはないよ」
「鐘つきはどう? どうやって鳴らしてるか気になってたでしょ?」

 貢献度マーク三つ分にあたるその手伝いは、朝五時四十五分から夜六時四十五分まで一時間おきにスタートし、一度に三人ずつ、一時間半かかるとある。
 事前練習のあとで四半時鐘をひとり一回鳴らし、特に腕がよければ最後に時鐘を手伝えるそうだ。報酬は一リーブラと少ないが、観光で鐘楼に登るのには三リーブラかかるそうなので見学ツアーと考えればむしろ貰いすぎかもしれない。
「『募集要項:リズム感が良く三百段の階段の昇降と高所を苦にしない方』、なるほど。僕たち向けだ」
 チップは手前にいるスタッフに声をかけて、依頼票を取ってもらう。
 まだ下に同じ紙がたくさん重なっていたが、一回に三人、一日に十四回の募集と考えたらそれでも足りないくらいだ。

 鐘楼は集会所のすぐ裏にあった。宗教色をなくした公共施設という扱いらしい。
 希望者が多い時は空いた時間に割り振られるときいていたが、次の回の人数枠が既にひとつ埋まっていたため、受付で前にいた三人家族が順番を譲ってくれた。

「まだ集合時間まで余裕あるよね」
「分かってるよ、広場の店に行きたいんだろう」

 戻った広場はさっきと様子が変わっていた。
 広場に面した店は開店準備がすすみ、朝市の方はほぼ片付いて広場の見通しが良くなっている。
 さっき見かけた客の甕(かめ)の中味かもしれない量り売りの油屋は、店の前に出していた棚の商品を片付けて棚板をはねあげたところだった。
 ひさしの支柱を外して屋台の中にしまい、布の端についたロープで枠に縛り付けるとさっきまでの店は箱型の荷車になった。
 そこまでできたところで店主は荷車を置いて広場の端の、一段掘り下げた場所へ向かった。そこには馬房があり、何頭かの馬がつながれていた。
 店主はそこから一頭の馬を引き出して荷車のところへ戻り、馬と荷車をつないだ。馬になにごとか声をかけると、心得た馬が荷車を引いて歩きだす。
 引き綱を手にした店主と荷馬車は、馬房の前を通って更に道を下り、広場を出ていった。
 
「……ふうー、見守っちゃったね。賢い良い子だった」
「こういう社会では馬アレルギーだと商売も難しそうだね」
「あっ、アレルギーといえば、あの看板見た?」
 キャットが指し示した絵は朝市ではなく広場に面した方の建物の壁に描かれていた。
 飲み物のテイクアウト専門店らしいが、店の商品らしき絵のまわりに写実的な原材料の絵が描かれた線画だ。
「あれアレルギー原因物質の表示っぽくない? ついでにあの店で飲み物買おうよ」
 キャットは、話しながらチップの腕をつかんで歩き出した。チップは導かれながら周囲を見回した。
「……君の言う通りだ。『コーヒーや紅茶の代わりにハーバルティーを出していますよ』の看板かと思ってたけど、周りの店もみんな看板に描いてあるね。表示義務を果たしつつ装飾にもなってるのか」
「楽しいね、何見ても発見があって!」
 振り向いたキャットがにこにこしながら言った。
 チップは自由になる方の手で恋人の頬に軽く触れて答えた。
「確かに周りも面白いけど、僕は日々新しい君の可愛さを発見しているよ。愛してるよ、ロビン」
「ありがとう、私も!」
 弾んだ声で答えたキャットの関心はおそらく半分くらい飲み物に向いていたが、チップは気にしなかった。

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