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行こう、城塞都市! 見出された宝

「これを頼む」
 依頼票を差し出してきたのはまたもやファインアファインのメンバー、ルーカスだ。
 本日二回目、通算で三回目の算術師見習いと荷物の配達で仮身分証への刻印が五つ貯まった彼に、チップがにこやかに告げた。
「これで五個目のマークがついたから、本身分証への更新ができるよ。後で錬金術師ギルドに行くといい。修行ごくろうさまと言いたいけど、せっかく錬金術城塞(オルチャミベリー)に来たんだからもうちょっと他のことにも関心持ったら?」
「仕方ないだろ、三時に間に合わせたかったんだから!」

 見習いを卒業した算術師(アリスマティックマスター)たちには「三時にギルドマスターからそこに貼られた問題の解法と隠された宝についての講義があります」と知らされていた。
 それまでに自力で解くもよし、いっそ問題のことなど忘れて楽しむもよし。三時にギルドホールに集まれない算術師には、希望すれば解法についてのペーパーが届けられることになっている。

 数学の問題については机にかぶりついて考える方が好きな者もいれば、他のことをしながら考えるのが好きな者もいる。
 食事をしながら、歩きながら、誰かと話しながら。そういう者は算術師バッジをローブの胸につけて他の依頼を引き受けたり城塞都市内を散策しにいったんいなくなった。
 解き方が分かったという者もギルドマスターに解答を渡した後ここを去った。他のメンバーに追い出されたともいう。

「俺だって本当はもっと中でいろんなことに参加しようとは思ってたんだよ! でもあと二枚だって分かってたら行くしかないだろう?!」

 開園直後よりオルチャミベリー全体の来園者は増えていたが、その分張り出される依頼票も増えていたので算術師見習いを引き受ける人が極端に増えることはない。そもそも身内やマニア以外にとっては問題を解くだけという地味な企画はさほど魅力的に映らない。
 そんな中、ファインアファインのメンバーやそれ以外の来園客はぱらぱらと現れては算術師見習いの修行を引き受けた。あっという間に出てくる人もいれば、ギルドホールに座ったまま動かない人もいる。
 しかし彼らが持参した依頼票の合計が素数になるたび、算術師ギルドメンバーに与えられた問題の魔円陣(マジックサークル)を構成する数がひとつずつ解放されていった。

 解き方をゆっくり考えるのもいいものだが、今日の三時までにと時間が区切られるとなるとあまり悠長にはしていられない。そこでルーカスは、足りないひらめきを札束(比喩)で補おうとした。
 つまり、彼の目当ては魔円陣の数の開放だ。開放された数を素数と突き合わせ、次の次の依頼票でまた素数番目がくると分かっていたら取りに行きたくもなるだろう。
 残り時間の少ないルーカスを算術師ギルドホールへ送り込んで、チップとキャットはまた見習い志望者が来ないのをいいことに雑談に花を咲かせていた。

「ルーカスの悪あがきは面白いからいいとして、このやりかたは普通の来園者がどれくらい来るかのサンプルを取るのには向いてなかったなあ」
「今回見習いを卒業しちゃった人にも向けてバッジなしプランがあるといいのにね」
「そうだね。算術師ギルドがもうアダムひとりのものじゃないなら、新しい問題を考える依頼とか出せばまたカモが撃ち放題だ」
「フライディ、ファインアファインのメンバーには厳しいね」

 三時に近づくにつれ、見習いの修行を終えた本算術師たちがギルドホールへ戻ってきた。
「そろそろ受付も終わりにしよう」
「いいの?」
「うん。ギルドマスターの話を聞く方が大事だからね」
 チップがホールのドアを開け、がたがたと机を運び込む。椅子を持ったキャットがその後ろを追いかけた。
 机を置いてひとりで戻ってきたチップがホールのドアに「御用の方は中へどうぞ」の紙を下げ、またドアの向こうに消えた。

 ホールの中ではギルドマスターのお付きハーヴェイが、数学マスクをつけたまま皆に告げた。
「そろそろギルドマスターの講義が始まる。解法を聞きたくない奴は外へ出ろ。後で知りたければ送り先を残してくれれば後日レジュメを送る」
 促されて外へ出るメンバーはいなかった。
 ハーヴェイやチップをその場の皆が手伝い椅子と机を並べ替え、発表に向けた準備をした。手伝おうとしたアダムは「マスターは掛けてお待ちください」とひとりでちょっと豪華な椅子に座らされている。
 ファインアファインのメンバーに加えてショーンとヤエル、同じ時間に来た中年の男女、昨日大人向けの問題で修行を終えた少年もそこにいた。

 やがて、きっと見習いがロープを引いて鳴らしているであろう正時の時鐘とジングルが響いた。ニコラス・フラメル・アーケードの壁で反響するのか、ほんの少しエコーがかかって聞こえる。

 アダムが椅子から立ち上がり、ギルドメンバーの前に立った。
「これから魔円陣(マジックサークル)と隠された宝について説明する」
 講義開始とともに、チップとキャットがすすっと現れ、細く丸めた大きな紙を持ってアダムの後ろに立った。
「まず問題に載せた魔円陣(マジックサークル)の解の一例を示す」
 チップとキャットが両側から紙をひろげた。そこには八重の輪が虹色のグラデーションで描かれていた。
「ここに載せた魔円陣以外にも魔円陣は成立する。魔円陣成立の条件は素数の対数プラス1とされている。ここに描いてあるのは12までだけど、大きさ14、17、18,20……と続いていく。これらの魔円陣を作るのには、有限体上の射影平面を使うことができる」
 アダムがそこまで話したところで、痛恨の表情を浮かべた観客がひとりいた。新米算術師のヤエルだった。
 数学の問題を解くのに必要なのはひらめきだ。ヒントひとつですいすい解ける問題もあれば、ヒントがあっても延々と計算をしなくてはいけない問題もある。この魔円陣問題を解くのには多少手を動かす必要があるが、きっと彼は射影平面という言葉から隠された宝の意味に気付いたのだろう。

「魔円陣を構成するのは、それぞれの丸に入る数、隣り合った数を足した数、隣と隣と隣を足した数……最後に円周上の全てを足した数だ。隣り合った数を足すには円周を必ずどこか二ヶ所で切り取ることになる。なので、魔円陣上に存在する数の組合せは

 円周上の丸の数の二乗-円周上の丸の数+1

 で表すことができる。これを射影平面を使って導き出す。

 射影平面では三つの条件を前提とする。

 ・すべての二直線は一点だけで交わる 
 ・すべての二点は一直線だけで交わる
 ・二直線が交わる無限遠点同士を結ぶ、無限遠直線が存在する

 射影平面において、直線と点は対等な関係にある。ある座標から見た自分と交わらない直線は点に見えるからだ。
 それらの直線と点を座標で示すと、直線または点の延長線上にある直線と点の座標は循環していく。

 これを元に、魔円陣を作っていく」

 アダムの説明をアダムのすぐ後ろで聞いているキャットは、感じよく見えそうな微笑みを浮かべて、「知らない概念についての文章は共通の単語と文法を使って話してもやっぱり別の言語なんじゃないかな」ということを考えていた。
 こういうことで一番最初に衝撃を受けたのは、大学の寮のルームメイト、フィレンザの物理学のレポートを見た時だったと思い出すのもなんだか懐かしい。

 こちらに向けたギルドメンバーの顔も、話についていけている顔とそうでない顔が混ざっている。
 明らかに分かっているという顔はファインアファインに多いが、アダムより年下の少年は難しい顔をしながらもついていこうとしているのが分かる。
 それとは逆に隣り合って座る中年の男女は、嬉しそうだが話の内容を理解しているようには見えない。この時点でキャットはなんとなくこのふたりの正体を予想していた。

「つまりそれぞれの魔円陣は射影平面から作ることができ、その射影平面からみつかる直線または点の一か所での交わりの循環を図にして示すことができる。
 大きさ4の魔円陣からは13の直線と13の点を見つけることができる。その直線と点を交互に並べて交差する点または直線の関係をモデル化したものがこれだ」
 アダムの言葉に合わせて、チップがさっと小さな紙を開いた。これは小さいのでチップひとりで大丈夫だ。




 やっぱり図で見ても意味は分からないけど、数学ってキレイだな、とキャットは思った。
※今回はしょった魔円陣と射影平面のあれこれ(7月8日0時10分公開)https://pisforpagelog.blog.fc2.com/blog-entry-962.html

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