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行こう、城塞都市! 隠された宝

 ふと回廊の向こうに目を向けたキャットが、人影に気付いて言った。
「あ、ショーンだ」
「本当だ」
 オルチャミベリー滞在初日に鐘楼守見習いの修行を一緒に受けたショーンが、アーケードの見取り図と手元のメモを交互に見比べながら、知らない男性と何か話していた。
 顔が見えるより早く彼だと分かったのは、手に持つ長い杖のおかげだ。
 実はこの杖はショーンのオリジナルではなくゲーム『モリエヌス』で魔法使いが装備する杖のレプリカなのだが、現実世界であるオルチャミベリーに何本も原寸大レプリカが存在するわけではない。こちら向きになったフードの中の顔はショーンで間違いなかった。今日は自慢の刺繍入りローブではなく、雨具として無料でレンタルされているオイルクロスのローブを着ている。

 こちらを向いたショーンが、キャットとチップに気付いて驚いた顔になった。
「ハイ、ショーン」
「あれ? マジで? どうしたの? メルシエから来たんだよね?」
 ショーンが矢継ぎ早に訊いてきた。言いたいことの整理がついていないが、聞きたいことは何となくわかるのでキャットが答えた。
「おとといからずっとここで遊んでるの。ショーンは今日もクエスト?」
「うん。雨の日は人気のクエストが受けやすくなるんだよ。ふたりは何してんの?」
「算術師(アリスマティックマスター)見習い修行の受付」
 キャットの答えに、ショーンの連れは興味を引かれたらしかった。
「何それ? 何かのゲームのクエスト?」
 彼もゲーム好きらしい。彼にはチップが答えた。
「個人が出したクエストだよ。謝礼は五リーブラで、数学の問題を十問解くと算術師バッジがもらえる。問題は簡単なものから大学入試レベルの難問まで選べる」
「へえ、俺受けてみようかな」
「集会所で依頼票を貰ってきてくれたら受付するよ」
 話がまとまりかけているふたりを見て、キャットがショーンに訊いた。
「お友達は受けるみたいだけどショーンは?」
「俺もやってみようかな。友達っていうかヤエルとはさっき会ったばっかりなんだけどさ」
「そうなの?」
 話を聞いてみると『モリエヌス』のグッズを売る店を探してこのアーケード内をうろついていて知り合ったらしい。同じゲームのファンだと分かったのはやはりショーンの杖が目立ったからだろう。初めて見た時には邪魔そうな杖だと思ったが、長い階段を上る時以外にも役に立つものらしかった。

 少しして、ショーンとヤエルが依頼票を手に戻ってきた。その後ろからも中年の男性と女性も同じ依頼票を手に真っ直ぐこちらへやってくる。
「ショーンがお客さん引っ張ってきてくれたみたい。案外来るもんだね」
「天気が一役買っているのかな。見習い修行は受けられる人数が少ないものが多いだろう。せっかく来たから空き時間を作りたくない、靴を濡らして歩き回りたくないって人に受けたのかも」
「なら雨に感謝しなくちゃね──濡れたローブは預かります!」
 歩きながら脱いだローブをぐるぐるとボールのように丸めたヤエルを、キャットはあわてて止めた。

* * *

 こうして新しい見習いたちが入ってきた算術師ギルドホールの中がどうなっているかといえば。

「骨付きソーセージ買ってきた、ひとり一本ね。ギルドマスターとお付きの分もありますよー」
「ワインの水割り、白の人は?」
「あ、俺そろそろ次の修行受けてくるからちょっと抜ける」
 問題用紙が張られた壁の前の長机に座り、無言で問題用紙をにらむ見習いと衝立(ついたて)で仕切られたギルドホールの奥で、バッジをもらったギルドメンバーたちはにぎやかに出たり入ったりしながらしぶとく居座っていた。

 といっても遊んでいるわけではない。算術師ギルドのメンバーとして活動を行っているのだ。

 彼らの目の前、見習いたちからは見えない衝立の裏には二枚の古びた(加工を施された)羊皮紙風の紙と、一枚の質の悪い紙が貼られていた。
 羊皮紙風の紙の方はご丁寧に『最初は一枚の紙に描かれていたのに何かの理由でふたつにちぎられたそれぞれを元通りに継ぎ合わせた』風に、ぎざぎざの切断面が一致するのが分かるよう、少しだけ離してピンで止められている。

 大きい半片の中心にはいくつもの円が重なった図形があった。
 一番小さな円の円周上に三個の小さな丸が描かれている。
 それを囲む少し大きな円には四個の小さな丸が。
 さらに大きな円には五個の小さな丸が。
 さらに大きな円には六個の小さな丸が。
 さらに大きな円には八個の小さな丸が。
 さらに大きな円には九個の小さな丸が。
 さらに大きな丸には十個の小さな丸が。
 さらに大きな丸には十二個の小さな丸が。
 円ごとに色を変えた、どこか惑星の軌道図にも似た図だった。

 その半片からちぎられ、元の位置に継ぎ合わせた小さい半片の方には、正十四角形が描かれていた。内側は五つずつ離れた角が14本の直線で結ばれ、カッティングされた宝石のようにも見える。
 その図形には飾りの多い古びた書体で『大きさ3のマジックサークルに隠された宝』と書いてあった。

 衝立に貼られた三枚目は質の悪い紙。こちらは時々ハーヴェイがやってきてひとつずつ殴り書きで数字を書き足していく。
 今そこにはこう書いてあった。

●●●

円周上にあるそれぞれの小さな丸に自然数を入れ、その数自身と隣り合った数の和が全て異なるマジックサークルを作り、そこに隠された宝を探せ。
※なお、見習いが持参した依頼票の合計が素数になる毎にひとつ、丸に入る数の候補が解放される。ただしそれらの数がマジックサークルの唯一解とは限らない。

3【1、2、4】
4【1、2、3、7】
5【1、2、3、5、10】
6【1、2、3、7、8、 】
8【 、 、 、 、 、 、 、 】
9【 、 、 、 、 、 、 、 、 】
10【 、 、 、 、 、 、 、 、 、 】
12【 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 】

●●●

 バッジを受け取って衝立の奥に案内され、初めてこれを見たファインアファインのメンバーは声を上げた。
「魔法陣(マジックサークル)?」
「魔円陣(マジックサークル)だよ。魔方陣(マジックスクエア)の仲間で数秘術(すうひじゅつ)みたいなやつ。錬金術の友達」
「なるほど」
「えっ、普通に吐きそうなんだけど」
「錬金術城塞だって言うから絶対魔方陣(マジックスクエア)解く問題が出ると思って覚えてきたのに意味なかった……」
 ひとりごとのような誰かに聞かせるようなつぶやきをもらしながら、誰からともなく机の周りに並べられた椅子にかけた。
 そこにハーヴェイがやってきて無言で小さな紙に数字を書き加え、新米算術師たちを見回しにやりと笑うとまた戻っていった。

「大きさ7と11が飛んでるのは意味があるはずなんだけど」
「でも3と5はあるから素数だからじゃないんだよね」
「2もここにはないけどありえるでしょう。【1、2、1+2=3】が作れる」
「数字の選びようがないのは魔円陣とは言わないんじゃないの」
「1、2、4の数が入った大きさ3の魔円陣から【1、2、1+2=3、4、4+1=5、2+4=6、1+2+4=7】の7通りの数の組合せで1から7までの数が作れる。そこからあの正十四角形が見つかるってどういうことなんだよ。7の2倍だろ?」

 ぶつぶつとつぶやきながら机に積まれた質の悪い紙とペンを手に、円を描いて数字を書き足しては悩む者、数式らしきものを書いては横線で消す者などがギルドホールの室温を上げた。

「……あ、もしかして解っちゃったかも」
 とつぶやいたひとりは、気が立った他の算術師たちから「あっちへ行け」と追い払われ、ホールの端に置かれた机にひとりで座ってがりがりと音を立てながらペンを動かし始めた。


大きさ3の魔円陣マジックサークルと隠された宝
大きさ3のマジックサークルと隠された宝
※今回の問題の解答は来週までひっぱります

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