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プランBでいこう プロトコル課のクソ女

※不定期連載になります
「ついに! あのクソ女が! いなくなる!!」
 ここはチャンシリー王宮外交部プロトコル課のオフィス。
 その入り口に立ったとある男性が、両手を天に突き上げて叫んだ。

 プロトコルという言葉は現在ではIT用語として使われることが多いが、複数の国や団体がひとつの場に集まる際に、互いが不快にならないためにすり合わせておく約束の意味のほうがずっと古い。プロトコル課の部署名はそちらからつけられている。
 そこに属するかれらの仕事は、王宮を訪れる賓客の接待や飲食の際の注意点を調べ必要な物品および人員を手配することと、逆にこちらから訪ねて行く時の先方への配慮の依頼だ。
 もちろん重要な仕事ではあるが基本的には完璧にできて当たり前、誰かに感謝されることも少ない裏方の部署ともいえる。
 そしてまた、完璧にできて当たり前のはずが時折事前に想定しえないトラブルに見舞われる部署でもある。

 感極まったように天井を見上げ、彼は目を閉じて続けた。
「神様ありがとう、あのカッサンドラを追い出してくれて!」
「相変わらず詰めが甘いわね」
 彼は、背後から聞こえた甘い蜜のような声にびくりと震えた。

 彼曰くの『クソ女』は彼のちょっと盛った(あくまでもちょっとだ)過去の武勇伝をせせら笑ったり場を和ませるジョークを切って捨てたりと日頃からやりたい放題だが、なによりクソなのは彼のミスを不吉な予言者のように言い当て、当日になって発覚した手配漏れをフォローした後で『ほぼ完璧』と『完璧』の違いについて今と同じように厭味ったらしく忠告してきたことだった。

「……モーガン」
 振り向いた先にいる彼の同僚は、さっきまでの彼と同じくらいの笑顔だった。クソ女の本性を知っている彼にとっては笑顔を向けられても嬉しくもなんともないが。
「期待されてるのに申し訳ないけど、まだ出ていくと決まったわけじゃないの。伯父のアーマンドは私の婚約者にこちらに来てほしいみたいで」
「そ、そうか」
「どちらにしてもメルシエ王国とのやりとりが今後増えると思うから、あなたもプロトコルを読み返しておいた方がいいかも。そんなネット上の不確かな噂話を読むよりもずっと役に立つはず」
 そこまで言ってクソ女は笑顔をすいっと消していつもの仏頂面に戻り、彼の横を通ってオフィスの自分の席に向かった。

 クソ女、というつぶやきを口の中で噛みしめて、彼も自分の席に戻った。

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