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プランBでいこう ビアンカの昔話

 ビアンカが小さい頃一緒に住んでいた十歳上のいとこの部屋は、きらきらしたものがお店みたいに並んだ素敵な場所だった。
 特に素敵だったのはジュエリーボックスだ。いろんな色や形の装飾品が、何段もある浅い引き出しの上から下までお店のディスプレイのように詰まっていた。

 ある日ビアンカが引き出しのひとつから見つけたのは、ビアンカのイニシャルと同じBの文字をかたどった赤いエナメルとパールのブローチだった。
「いいなぁ、これいいなぁ」
 ブローチを握りしめてそうねだると、トリクシーは欲しいならあげるわ、とそっけない言い方で許してくれた。

 言い訳をすれば当時のビアンカは、トリクシーはトリクシーだからBのイニシャルのブローチは使わないだろうと思ったのだ。トリクシーの正しい名前がベアトリクスでイニシャルがBであることも分かっていなかった。
 そして子供だったビアンカは、あっという間に貰い受けたブローチをなくした。服につけて友達と公園に遊びにいって、帰ってきたらどこにもなかったのだ。

 ブローチがないと周囲に訴えて探してもらう途中で、あれが亡くなったベレニス叔母の形見の品だったと知った。
 あとから考えればトリクシーの部屋中にあった装飾品も、年齢にそぐわない数々のジュエリーもすべて、母親の遺品だったと分かる。しかし当時のビアンカはまだ幼すぎてそういった事情を理解していなかった。

 しかし幼いビアンカにも、親を亡くして引き取られたいとこから、母親の形見を取り上げた挙げ句なくしてしまうなんて、まるで物語の悪役のやることだという理解はあった。
 ビアンカは自分がやってしまったことへの後悔と同時に、周囲から軽蔑されるのではないかという恐怖を抱いた。
 本当はそれより何より、あの素敵なブローチをなくしてしまったことが悲しくてしかたなかったのだが。

 しおれきったビアンカは母であるブリジットと一緒にトリクシーに謝ったが、いとこは怒るでもなく慰めるでもなく冷静に言った。
「ビアンカにあげたものだし、その後でなくしたからってわざわざ謝らなくていい」
「でもごめんなさい。もう少し探してみるから」
「きっとみつからない」
「そうなの?」

 聞いていたビアンカはその母の訊き方に妙なひっかかりをおぼえた。
 トリクシーがかけていた重たそうな眼鏡を外して虚空を見つめ、それから言った。

「……カラスが見つけて持っていったんじゃないかな」
「近所の巣を調べてみようかしら」
「やめなよ。またアーマンドおじさんにカッサンドラとかなんとかって言われると面倒だよ」
「……そうね、わかったわ」

 トリクシーの部屋を出てから、ビアンカはブリジットに訊いた。
「お母さん、カッサンドラって誰?」
「ああ……あれはね。昔から『海の女王の娘は勘がはたらく』って言われててね」
 とブリジットはさりげなく周囲を気にしてから続けた。
「でもお父さんはそういう話が嫌いなの。だからやめようってこと」
 訊いたことと少しずれた答えが返ってきたことが、ビアンカには不満だった。

 ビアンカは無言で廊下を何歩か進み、それから言った。
「私も『海の女王の娘』だよね」
「そうよ。毎年お祭りの時にはみんなで一緒に海まで歩くでしょう?」
「私も勘がはたらく?」
「どうかしらね。お母さんはあまり得意じゃないから、ビアンカもそうかも」
「……トリクシーはいいなぁ。不思議な力も持ってて、素敵なものいっぱい持ってて」

 そう言った時、母はいったいどんな顔をしていたのだろうと今のビアンカは想像する。
 きっと笑顔ではなかったはずだ。

「それが幸せだとは思っていないでしょうけどね」

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