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読切◆魔王の死

「間島(まじま)が好きだっ。俺と」
「一日考えさせて下さい」

 ああ、また。

 私は見た目がいいだけの普通の人間だ。ただ違うのは、ある呪いを前世から引きずっていること。
 できるだけ誰とも関わらず、好かれないよう目立たないよう生きているのに。男たちの目には、どこか影のある美少女、つまり私が魅力的に映るらしい。
 この顔がいけないのだと思って自分で傷をつけたこともあるが、絆創膏や包帯で妙な趣味をもつ野郎を引き寄せた挙句、跡も残さず綺麗に治った。
 こんな風に生きていても楽しいことなんて何にもない。ただ呪いのせいで死ねないから、仕方なくこの世に留まっているだけ。

* * *

 告白を受けた夜、夢でいつも私は魔王になる。前世の私に。
 夢を見ている方の今の私は、暴虐の限りを尽くす自分を嫌悪しつつ、目立たないよう身を縮めて生きている今と比べていくばくかの開放感を味わっている。何よりもそのことが一番厭わしい。

 夢の最後は前世の終わりと同じ、魔城での勇者との対決だ。
 私が仮面を外すと、勇者はありえないものを見たという顔でよろよろと玉座へと近づいてくる。
「間島……さん……どうして」
 それは前世で私を倒した勇者ではなく、昼間告白してきた男だ。
「よくぞここまで来られたものだ、勇者よ。だがこの部屋から出られるのはお前か私のどちらか一人だけだ」

 私は長い爪を勇者のすぐそばにいる異形の侍従に向ける。たちまちに指先から放たれた魔力で、侍従の下半身と四つの足は嫌な臭いを放つ黒い灰となった。残った二つの足で床を掻いて上半身だけでも逃げようとする滑稽な姿に、私は笑みをもらす。一度に全てを灰にしないのはこの断末魔の踊りを楽しむためだ。

「破壊こそ我が力。さあ、勇者よ。お前の力を見せてみろ」
「魔王が間島さんのわけがない、きっとこれは魔王の罠だ」
 思い悩む勇者の剣は、今までの戦いで見せた切れを欠いていた。私は優しい声をつくって、勇者に近づいていった。
「いいえ、私はずうっと魔王だったの」
 戦いを長引かせても意味はない。
 私は長く鋭い爪を勇者の体深く刺し込み、心臓をひとひねりした。
 勇者は死んだ。

 魔王の力は破壊。勇者の力は愛。
 しかし勇者は今回もまた、愛ゆえに死んだ。

 私の前世を終わりに導いた勇者もそうだった。
 そのとき勇者は、魔王の力の源である黒く燃える心臓を剣で貫いた。
 しかし外れた仮面の奥に幼なじみの私を見つけた勇者は、その体から抜いた同じ剣で今度は自分を刺し貫いた。
 彼が死ぬ必要なんて、ぜんぜんなかったのに。

* * *

 一日前に告白してきた人は、期待と不安の混じった顔でこちらを見つめていた。昨夜の悪夢を覚えていないのか、そもそもあれは呪われた私しか見ない夢なのか、そのあたりはよく分からない。
「あなたとはお付き合いできません」
 そう答えると、彼は心臓をひねられた時とよく似た苦悶の表情を浮かべた。

 夢は夢、前世は前世。今の私の現実じゃない。

 いつものように自分に言い聞かせて心を落ち着かせる。
 ――そう、夢の中でならともかく、普通の人間であるこの世界の私は、自分が殺した相手の顔を眺めながら楽しく過ごせるほど無神経ではないのだ。

 また別の日。
「好きなんだ」
 いつもの告白。
「一日考えさせて下さい」
 いつもの返事。

 しかし、その夜の夢はいつもと違った。
 勇者は城まで辿りつく前に、幹部でもない三下にやられてあっさり死んだ。
 驚いた。

「あなたとお付き合いします」
 翌日、私はそう答えた。

 やがて交際相手が私に結婚を申し込んだので承諾した。
 子どもを産んだ。元気な男の子だ。
 夜中のミルクや夜泣きで振り回され、悪夢どころか普通の夢すら見る暇もない夜が続いた。
 ようやく上の子に手がかからなくなってきたところで今度は女の子が生まれた。

* * *

 ある休日の午後。部屋にこもっていた娘が出てくるなり言った。
「お母さん、誕生日教えて?」
「そろそろ夕飯だから手を洗ってきなさい。誕生日がどうしたの?」
「『前世占い』の本、かれんちゃんから貸してもらったの」
 娘がこちらに向けた表紙の、キラキラしたイラストに苦笑した。ギリシャ風のトーガをまとった女性、中世ヨーロッパ風のお姫様、濃いふちどりをした目以外の全てをアバヤに包む女性、十二単衣を身にまとう女御……いかにも女の子が憧れそうな前世だ。
 
 そういえば私も昔は前世を信じていた。
 中学生の頃、ある男子に告白されたのをきっかけにいじめを受けた。クラスの中心的女子がその男子を好きだったからという、私にはどうしようもない理由で。
 一年ほどで中心グループが仲間割れを起こしていじめは終わったが、それから何年もなるべく人と関わらないように目立たないように過ごした。
 縮こまったような日々の反動だったのか、同じ時期に魔王となって何もかもを壊す夢を何度も見た。それが自分の前世だと、あの頃は本気で信じていた。
 ――お姫様に憧れる娘には、とても言えない過去だ。

「お母さんはいいわ」
「えー、どうして? 前世のこと知りたくないの?」
「いいわ。お姫様って柄でもないし」
 テレビの前にいた夫が会話に割り込んできた。
「お父さんは前世で勇者だったんだ」
「嘘っ」
 娘と私が同時に言った。
「ほんと」
 夫がふざけた調子で答えた。

 からかわれたと腹を立てた娘が夫の腕をつかんでゆさぶったが、相手にしてもらえて嬉しいのか夫はにやにやしながら娘にデタラメな告白を続けている。
「何年も厳しい修行を積んでな、毎日たけのこの上を飛び越える練習をしたり」
「お父さんがラスボス倒せるわけないじゃん」
「倒すのは簡単だよ。改心させる方が大変だな」
「『かいしん』?」
「倒してから『しまったぁ』って思っても遅い。だからじっくりじっくり近づいて、仲良くなる。相手の考えが変われば、倒さなくてもよくなる。これが前世の教訓」
「意味わかんない」
 つれない娘は一言で父の教えをあっさりと切り捨てた。思わず噴き出した私に、夫がいきなり話を振った。
「お母さんは分かるよな」
「えっ?」

 まさかね。
 夢は夢……だよね。

 固まった私に、夫が下手なウィンクをしてみせた。

end.(2012/06/01)

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