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061◆休日のお買い物(直接ジャンプ  ) ツーリングを少々シリーズ目次
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「大里さん。ごめんなさい」
 振り向いた大里に、珠緒は続けた。
「私、大里さんに仲間って言ってもらえて嬉しいです。だから大里さんのことも仲間だってちゃんと思います。これからも知らないこととかは教えて下さいって言っちゃうと思うけど、よろしくお願いします」
「たまちゃん、気つかいすぎ」
 大里に苦笑されて、珠緒はまた赤くなった。
「知らない奴でもバイク乗り同士は助け合おうぜ、ってそれだけの話だから。あんまり深刻にとらないで」
「はい」
「できれば敬語もなしで」
「それは駄目ですっ! そのっ、職場の先輩ですからっ!」
 激しく手を振って拒む珠緒に、大里が笑いながら言った。
「ガード堅い」
 えっ、と思ったところで近付いてくるバイクの音がした。大里と二人で同時にそちらを振り向き、その揃った動作に少し遅れて珠緒の心にじわじわとおかしみが沁みてきた。
 なるほど、こういう仲間か。
「何笑ってるの?」
「何でもないです。あ、ここの信号渡ります」
 
 そうして目的地に着いた二人は、キャンプ用品や防寒グッズなどをバイク乗りの視点からじっくりと眺めた。大里曰く、こういうものは普段から見てどんな商品がいくら位で出ているか見ておかないと、新製品が出ても気付かないのだという。
「ネット通販もあるけど、こういうのは手に持ってみないと感じ分かんないし。そのへんのアウトドア用品店にあるのはほとんどオートキャンプ用だから」
 大里は折りたたみ式の椅子やテーブル、重たいダッチオーブンや光量の多い大型ランタンなどをあっさりと切り捨てた。確かにキャンプ場でくつろぐ家族を見ると珠緒も快適そうだなとは思うが、一日走った後で設営にあれだけ手間をかける気にはなれない。次の朝にはテントを畳んで別の場所へ移動するバイクツーリングには向かない。
 珠緒は折りたたみ式のネイチャーストーブに心惹かれて手にとって眺めた。燃料は拾い集めた木。やってみたい。矢立(やたて)を買った大里の言葉ではないが、『コンパクトさがそそる』。
「たまちゃん、目が真剣」
「使ったことあります?」
「ない。俺は固形燃料一択」
 棚には固形燃料の缶も積みあがっていた。珠緒は固形燃料も使ったことがない。初めてツーリングに行く時にガスボンベを使うバーナーを買ったが、まだお湯を沸かして紅茶を飲んだくらいで本格的には使っていない。
「液体とどっちがいいんですか?」
「液体はバーナーが高いんだよな。学生の頃は金があったらガソリン代に回してたから、固形燃料しか買えなかった」
 二人に炭という選択はない。荷物が増えるからだ。
「あ、これ可愛い」
 珠緒が見つけたのは穴の開いたプラスチックのフタだった。フィルムケースを調味料入れにするためのフタと書いてあった。
「買おうかな」
「たまちゃん、家にフィルムケースある?」
「……ありませんね」
 わくわくしていた珠緒が一転がっかりしたのを見て大里が笑った。
「こっちにすれば?」
 大里がフタの隣にかけてあったタブレット型の固形蜂蜜を指した。横には経口補水塩のパックもある。非常用に持ち歩くものらしい。本格登山をする人にはもちろん、バイクだって転んで動かなくなる可能性があるから、こういうものを用意しておいた方がいいかもしれない。そう思った珠緒は経口補水塩のパッケージを裏返して説明を真剣に読みはじめた。
「またがっかりさせて悪いんだけど、それすごく不味いからあんまり薦めない」
 珠緒が顔を上げると、大里のにやにや笑いにぶつかった。欲しいと思うものに次々とけちをつけられて、珠緒は不満だった。
「大里さんは自分のもの見てて下さい」
「はいはい」
 まだにやつきながら、大里は別のコーナーへいなくなった。珠緒もウェアのコーナーへ移動した。登山用なのでバイクツーリングには合わないものもあるが、寒さや汗対策がしてあるウェアはその機能性が魅力だった。
 珠緒が帽子を手に悩んでいると、大里が戻ってきた。
「買うの?」
「ヘルメット脱いだ後でちょっとかぶる帽子が欲しいんですよね」
 そう言いながら珠緒は帽子をかぶって鏡を覗き込んだ。
「こっち向いて」
 言われてそちらを向くと、大里が吹きだした。
「ひどいっ、笑った! 大里さん、笑った!」
 珠緒が叫ぶと大里が笑いながら誠意の感じられない謝罪をした。
「ごめん、今着てる服と全然合ってない」
「でもそんなに笑いますか!?」
「だからごめんて。晩メシおごるから許してよ」
 夕飯? 大里さんと?
 一瞬固まった珠緒だが、さっきの大里の『あんまり深刻にとらないで』という言葉を思い出し、めいっぱい真面目な顔を作って言った。
「とっても美味しいお店なら許します」
 
 ネイチャーストーブと固形蜂蜜、それにこまごまとした要るような要らないような品と、帽子をやめて機能性インナーを買った珠緒は、大里と一緒に夜の街を歩いていた。
 買ったグッズを早く使ってみたくて、珠緒は頭の中でツーリングのスケジュールを組みはじめた。次の三連休あたり、近場でキャンプできそうなところ……。
 珠緒は何気なく言った。
「大里さんも、早くいいバイク見つかるといいですね」 
「買ったよ」
「ええっ!」
 驚いた珠緒は、いたずらっぽい顔をした大里を見上げた。
「俺が何で今日上野に行ったと思ってるの」
「いつっ! どんなバイクですか!」
「うーん、そのあたりはメシ食いながらゆっくり話そうか」
 目の前で振られた餌にまんまと釣られた珠緒は、思わせぶりに笑って歩きだした大里に追いつこうとあわてて駆けだした。
 
end.(2012/01/24)
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