フライディと私シリーズ第十七作
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5.
 目を輝かせ、意気揚々とコートから引き上げてきたキャットにエドとベスの二人が言った。
「どっちが勝ったのって訊くまでもないね」
「訊いてみて」
「『どっちが勝ったの』?」
「もちろん私」
 そう言ったキャットがこれ以上ないという笑顔になった。
 
 四人でクラブハウスを引き上げ王宮内の応接間に場所を移ってからも、エドとベスが思い出したようにキャットに同じ質問をし、キャットが同じ笑顔で答えた。横でチップが声を出さずに『いばり虫』と口を動かすのには、三人ともまるで取り合わなかった。
 
 弟達の不愉快な態度はともかく、あまりに生意気で可愛らしい恋人の笑顔にチップのキスへの渇望はつのり、四人で過ごすのが辛くなってきた。いつまでも暮れない穏やかな午後の時間が、チップには普段の何倍も長く感じられた。
「ロビン、そろそろ送っていこうか。勉強もあるし」
 キャットが顔を振り上げた。
「だから成績の話は」
「成績の話じゃないだろ。勉強の話だ」
 キャットは途中でさえぎられたというのに、怒る代わりにまたあの笑顔を見せた。
「フライディ、負けたから機嫌が悪いんでしょ」
 キャットの見当違いの推理にエドが思わずくすっと笑ってしまい、チップににっこり笑い返されて慌てた。エドは機嫌の悪い犬の尻尾を踏んでしまったような気分がした。いや、犬より大きくてたちの悪いものだ。機嫌の悪いドラゴンとか……
 
6.
「チップの携帯じゃない?」
 携帯電話の震える音を耳にしたベスが、エドに救いの手を差し伸べた。
「ちょっと失礼」
 チップが電話を取りに向かった背後では、エドがベスに目顔で感謝していた。
「ああ、大丈夫だよ。……ああ、それは僕も立ち会った方がいいだろう。20分で行く」
 電話を切ったチップは、さっきまでとは違う真面目な顔つきになっていた。
「本当に申し訳ないけど、急ぎの用事ができた。失礼させてもらうよ。エド、後でキャットを送ってくれ」
「どうしたの?」
「ADMCでトラブルらしい」
「ADMC?」
「確か『困難を抱える母と子を支援する団体』じゃなかったかしら」
 説明無しに姿を消したチップの代わりに、ベスがキャットの疑問に答えた。チップが関わる非営利団体のひとつらしい。
 再び現れたチップは着替えて髪まで整えていた。
「速っ」
「軍隊仕込みだよ」
 驚いたキャットにチップはにやりと笑い、挨拶にしては長めの、チップにとっては全く物足りないキスをして、それから残りの二人に短い挨拶を残して出ていった。
 
 部屋を覆った短い沈黙を、キャットが破った。
「チップにも言われたし、私も帰って勉強しようかな」
「そんなこと言わないで」
 エドとベスはキャットを引き止めたが、ここしばらく論文にかかりきりだったエドとベスも二人になりたいだろうしとキャットは気を回し、早々に帰ることにした。
「また試験が終わったらゆっくり会いましょうね」
「うん、じゃあまたね」
 エドに送ってもらうと警護官までついて仰々しくなるので、運転手つきの車だけを借りてキャットは一人で王宮を出た。
 
7.
 座り心地のいい絹張りのシートの上で、キャットは一人で考えていた。チップは確かに時々しゃくにさわるが、仕事熱心で優秀なのは確かだ。バディとしてキャットももっと頑張らないといけない。
(まずは勉強か)
 キャットは溜息をひとつついた。しかしその表情は明るかった。
 
 夜にはチップからキャットに、謝罪の電話が入った。
「今日はごめん。あの後すぐ帰ったんだって?」
「うん。ちゃんと勉強したよ。フライディの方は大丈夫だったの?」
「ああ。ADMCの事務所に空き巣が入ったんだ。被害の確認や現場検証に立ち会って、さっき帰ってきたところ」
「そういうのも、フライディの仕事なの?」
 携帯電話に向かって、キャットは素朴な疑問をぶつけた。チップははきはきと答えた。
「たまたま一番近くにいたのが僕だったし、常勤の職員はそれほど多くないんだ。子どものいる人は急に出てくるのも大変だし」
「子ども?」
「シングルマザーと子どもを支援する団体だから、職員にもそういう家族構成の人が多いんだ」
「ああ、そうなんだ」
 二人はそれからもう少し話をしてから別れの挨拶をした。
「愛してるよロビン、おやすみ。ちゃんと勉強しろよ」
「したよ」
 二人は機嫌よく電話を切った。
 
8.
 次にチップに会う週末まで、キャットは勉強に励んだ。チップはいつものように車でキャットの寮まで迎えに来た。
 今日のように天気の良くない日にチップは愛車のコンバーティブルではなく、ありふれた高級セダンを使う。しかしセダンの時にはコンバーティブルでは拒否される車中でのキスが許されるので、チップは天気の良い日も良くない日もどちらも好きだった。
 
 チップは今日もまずはキャットに挨拶のキスをして、そして離れかけたキャットをもう一度引き寄せ二度目のキスをした。
「この前できなかった分」
 にこっと笑ったキャットを再び引き寄せたい気持ちを抑えて、チップはポケットから出した小さな包みを手渡した。
「それからこれはお土産」
「ありがとう、フライディ」
「どういたしまして」
 エンジンをかけるチップに、プレゼントの包みを開けながらキャットが訊いた。
「どこのお土産?」
「歴史博物館の『伝統手工芸品』展。オープニングイベントに招待されてたんだ」
 
 キャットの18歳の誕生日を過ぎ、チップはやっとこうして気軽に身につけるものをプレゼントできるようになった。それは高価なものとばかりは限らない。
「ブレスレットだ」
 キャットが歓声を上げ、チップは嬉しそうに微笑んだ。それは色糸を編んだ素朴な民芸品だったが、チップ自身がキャットに一番似合いそうな色を選んで買ってきた。キャットはさっそく自分の腕をそのブレスレットに通し、チップの前に差し出して見せた。
 
9.
「可愛い。ありがとう」
 キャットの日焼けした肌に素朴なブレスレットはよく映えた。ブレスレットのチープさも、若さにはちょうど良く合っていた。チップは自分の見立てに満足した。全部買ってもいくらもしないものだったけれど、キャットのことを考えながらひとつを選び出すのは楽しかった。誰にでも似合うというものでもないし、付き合う相手によっては『こんなもの』と怒るかもしれないプレゼントだったが、チップにはキャットなら似合うし喜んでくれると分かっていた。
 チップがにこりとした。
「ねえ、僕達って世界一幸せなカップルだと思わない?」
「フライディはどうだか知らないけど……」
 そう言ってキャットがちらりとチップに流し目を送った。どきりとしたチップにキャットがすました顔で続けた。
「少なくとも私は世界一幸せだよ」
「出たな小悪魔っ!」
 ほっとしたチップが、運転しながら片手でキャットをくすぐって悲鳴をあげさせた。
 
 二人でひとしきり笑い合った後、キャットがひとつ溜息をついた。チップは前を向いて運転していたが、助手席の空気が変わったのに気付いた。
 
「どうしたの、ロビン? 笑顔は品切れ? 次の入荷はいつごろ?」
 キャットは質問に答えず、笑顔も見せなかった。代わりに自分の方から質問をした。
「ねえ、フライディ。パーティーの予定まだまだあるの?」
「君が嫌な思いをしてるなら……」
 言いかけたチップをキャットがあわてて止めた。
「そういうわけじゃないの。ただ、日替わりで違う女性を連れてるって記事になってたから」
 
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