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Holidays -2- カドリール

「そういえばダイアンが結婚するんだってね」
「そうなの、とうとう彼と?」
「いや、職場の同僚とらしいよ」
「ええっ、嘘でしょう」
 そんな会話から、チップとベスは並んで歩き出した。
 エドとキャットは少し遅れて、同じように並んで後ろに続いていた。

 ベスの別荘の前のプライベートビーチで一日遊んだ帰り道のことだった。チップとベスの会話は、話題に出た同級生のことからお互いについての昔話へと移って更に続いていた。
 
「私、もっと早く生まれたかったな」
 キャットが前を歩く二人を見ながら、ひとりごとのように言った。
 笑いを含んだエドの声がした。
「その話、僕とする? 長くなるよ。僕なんかものごころついてからずーっとそう思ってたよ」
 ひとりごとに答えてくれたエドに、キャットは感謝の笑みを返した。

「ねえ、エドって本当にずっとベスのこと見てたの?」
「チップがそんなこと言ってた?」
「ううん。ベスから聞いた」
 キャットの返事に、何故かエドがぴたっと歩みを止めた。
 それはベスにそれを告白した時の緊張と気恥ずかしさを思い出したからだったが、キャットは何か悪いことを言ったかと心配になりエドの横顔を見上げて言い足した。
「悪い意味じゃなかったよ。『ずっと見てたって言われて、それから好きになった』って言ってたもん」

 エドは返事をせずに真っ赤になった。
 他人の口から恋人の気持ちを聞かされることは、面と向かっての告白とはまた違った嬉しさだとエドは初めて知った。
 さっきキャットに語るつもりだった昔話や折々の辛さが一瞬で吹き飛んだ。
 そして最後にエドの心の中に残ったのは、何か幸せな結晶だった。

「それで好きになってもらえたんだったら、ずっと見てきてよかった」
 赤くなったエドが、噛みしめるようにしてそう言った。

 その幸せそうなエドに、キャットが呼びかけた。
「ねえ、エド」
「何?」
「エドって可愛いね!」
「――まあったく生意気だなぁ、キャットはっ!」
 そう言ってエドがさっと避けたキャットを追いかける真似をした。

 エドは末っ子ということもあって幼い頃から年上の女性達に『可愛らしい』と言われ続けてきたが、ティーンエイジャーにまでそれを言われたくはなかった。
 もちろん本気で腹を立てたりはしていない。エドにとってキャットは、長年願い続けた自分より幼い弟(妹ではなく)のような存在だ。多少生意気なのは弟分だからしょうがないのだ。
 兄が恋人としてキャットのどこに魅力を感じているのかはエドにはさっぱり理解できないが、弟分扱いをしてもたいして憤慨もせず懐いてくるキャットは、エドにとっては気を使わなくて良い付き合いやすい相手だった。

 少し離れたところで、また追いかけられたら逃げようと様子を窺っているキャットに向かってエドがわざと威張った口調で言った。
「四つも年下のくせに」
「あーっ、ひどい。エドがそれを言うの!?」
 そう言ったキャットのつくったのではない憤慨に、エドが弾けるように笑い出した。
 
 後ろで響いたエドの笑い声に、少し前を歩いていた二人が振り向いた。
 二人ともエドとキャットの親密さが恋愛と関係のないものだとは分かっているが、恋人より年上であることを多少なりと気にしている二人にとって、自分といるよりも自然に見える組合せを目にするのは少々複雑だった。

「楽しそうね」
 そう言ったベスに、チップが励ますように言った。
「君と二人でいる時みたいなピンクのハートは飛んでないけどね」
「そんなのっ! 飛ばないわよ!」
「あれ、知らないの?」
 二人はしばらく見つめあった。
 ベスの方は睨んでいたという方が正しい。

「……そんな風に見える?」
 やがて気弱そうな声で訊きかえしたベスを見て、チップが高らかに笑った。
「近寄れば刺すわよといわんばかりに鋭いトゲを光らせて男を寄せ付けなかった君が、エド相手にこんな風になるなんて思わなかったよ」
「失礼よ、チップ。私は全然そんな風じゃなかったわ」
「ほら、その冷たい目つきだよ。パーティーで僕がせっかく会ったいとこに挨拶でもしようとするたびに、その目つきで睨みつけてきたじゃないか」
「あなたが私に話しかけるたびに連れの女性に睨まれるのが不愉快だったから、そばに来てほしくなかったのよ」
「そうだった?」
 けろりと答えるチップに、小さい頃の面影を見たベスが積年の恨みをぶつけた。

「あなたの博愛主義のおかげで私は小さい頃からずいぶん迷惑かけられてるのよ」
「それはお詫びするけど」
 そう言ったチップが少し顔をしかめた。
「君は誤解してるみたいだけど、クラスの女の子達にキスしたのは『王子様とのキスで呪いがとける』物語のせいで呪いを解いてくれって順番に頼まれたせいだし、恋人がいる時には浮気なんかしたことないからな。噂をそのまま信じてキャットに吹き込んだりするなよ」
「あら、そうなの」
 平坦な声で答えたベスに、チップが呆れたように言った。
「君はそんなことも信じられないのによく僕と婚約してたよな」
 まだ信用できないという顔でベスはチップを上目遣いに眺めた。
 チップは軽く溜息をついた。
「……まあいいさ、キャットが信じてくれてれば」

「ねえ、バディ」
 チップが後ろにいる恋人を振り向いて呼びかけた。
「僕のこと信じる?」
「うん」
 いつもくだらないいたずらで引っ掛けられては憤慨するキャットだが、この時は一瞬のためらいもなくそう答えた。
 バディと呼ばれたからにはキャットにとっては当然の答えだった。

「おいで」
 チップに呼ばれたキャットがとことこと近寄った。
 チップが恋人を抱き寄せて楽しそうに言った。
「ねえ、教えてあげようか。月はチーズで出来てるんだよ」
「嘘つきっ!」
 キャットが即座に言い返したのを見て、エドとベスは声を揃えて笑った。

 笑いながらベスがそっとエドの肘に手をかけた。
 二人は顔を見合わせて微笑み、連れ立って歩き出した。

 暴れていた筈のキャットが静かになったと思ったら、チップはちゃっかりキスでその場を納めたらしい。
「先に行ってるよ」
 振り向いてそう言ったエドにチップが顔を上げず片手だけで挨拶をした。キャットの方はチップに回した腕しか見えない。

 エドは再び歩き出そうとして、その前にもう一度ちらっとチップ達の方を窺ってからベスにキスをした。
「四人でいるのも楽しいね。自分達のことが違う視点で見直せて」
 そう囁いたエドに、ベスが囁き返した。
「そうね。でも二人も好きよ」

 慎みやかな二人にしては珍しく、二度目のキスは長かった。
 
「愛してるよ、ロビン」
「私も、フライディ」
 チップとキャットは、二人だけの呼び名でお互いを呼んだ。

「いつか君に月からチーズをとってきてあげるよ」
「一緒に連れてってね」
 キャットの言葉にチップがもう一度キスをしようと顔を寄せた。
 キャットがチップをきっと睨み上げた。
「じゃないと絶対信じないからねっ」

 そのまま見つめあううちに二人のどちらからともなく口元が緩み……結局こちらの二人も二度目のキスをした。  
 
end.(2009/11/21)

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