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マリッジ・グリーン 2

 チップはキャットとの電話を切って、別れの挨拶で自然に浮かんだ笑顔を消して考えた。

 彼の恋人は秘密を抱えているらしい。カラーの花に似てまっすぐに伸びた彼女の心はすこしでも足元が歪むと全体が大きく傾く。
 嘘をつき通すことが苦手なキャットだから早晩その秘密は明らかになるだろうが、こういう風にチップに隠れてこそこそしている時は大抵なにか突拍子もないことを計画しているか……すでに実行に移している。チップは過去の経験からよく知っていた。
 それにこの前の突然の言い争いもある。チップ自身も経験があるが、身近な人の結婚でキャットは心が揺れているのかもしれない。
 そう、たぶん。

 一瞬考えてからチップは部屋を出て弟のドアをノックした。
 応えと同時にドアを開け、直球で問いかける。
「何か僕に隠してるだろう」
「えっ」
 顔をよぎるのは驚きとやましさ、それに――怒り? 反抗心?
 だいたいのところは読み取れた。
 今までも何度かあったことだが、キャットのたくらみの片棒を担いでいるのはエドだ。
 チップはもうそれだけで自分の機嫌が嵐の前の気圧計のようにぐっと低下したのを自覚した。
「言わなくてもよく分かっているだろうけど、キャットに毛筋一本でも傷をつけたらその時は覚悟しておけよ。新婚旅行先でシャワーが水になるとか靴にガムとかクリームに蜘蛛とか、ありとあらゆる不幸がお前にふりかかるからな。つまり僕がそうする」
「チップ、それはあんまり――」
「僕はキャットの自主性を尊重する。彼女が何をしようと自由だ。だけどお前の自主性は尊重しないし権利も認めない、弁護士もつけない。分かったらキャットが無茶をしでかさないように祈れ」
 エドはあまりにも理不尽なチップの言い草に腹をたててもおかしくなかった。
 が、そうするかわりにどこか遠くを見ながら言った。
「ちょっとおかしな方向に進んでるけど、多分大丈夫だよ」
「どういうことだ」
「そのうち分かる」
 チップは自分の推理が正しいと証明され、さらに弟から頼りない保障を得たにもかかわらず、もやもやとした気持ちで自分の部屋へ戻ることになった。

* * *

「手の届かない筈の人だったのに、チップの件で王位継承順位が繰り上がってベスと婚約できた。今度はベンまで王位継承権を放棄するかもしれないなんて話になってる。人生って何が起こるか分からないよね」
 打倒チップの仕込みの帰り、エドが今の気持ちをキャットに打ち明けていた。
 キャットが首を傾げた。
「あのね、私よく分かってないんだけど。どうしてそこで王位継承順位が出てくるの?」
「チップから聞いてない?」
 エドが不思議そうに訊き、キャットは首を横に振った。
「僕達の父が王太子になったのは兄のアンソニー、つまりベスのお父さんが王位継承権を放棄したからだっていうのは知ってるよね?」
「うん」
「父が王位につく時、アンソニー伯父の方が王にふさわしいって言う人達が反対して色々あった。それで父と伯父は息子と娘を結婚させて伯父の血筋に王位継承権を取り戻させると約束することで、その人達を抑えた」
「ベスの意志は?!」
 思わず言ったキャットに、エドは答えた。
「王族には義務がある。それに応えるだけのものを生まれながらに与えられているから」
 キャットはエドの顔に浮かんだ表情を良く知っていた。同じものを恋人の顔の上で何度も見たことがあった。
 ベスのことが大好きな筈のエドが、ベスの可能性が狭められたことへの憤りを感じていない。
 ……今初めてキャットは、エドもまた多くを与えられそれ以上を求められる王子の一人なのだと実感した。
「でもそれならエドでもよかったんじゃないの?」
「ベスより年下で王位継承順位も一番下の僕じゃ、先王の長子の娘であるベスと価値が釣り合わなかったんだよ」
「そんなっ」
「逆に王太子のアートとベスの結婚では伯父派の力が強くなりすぎるし年も離れすぎ――と、ごめん」
 とエドは、今挙げた二人と同じ七歳差の恋人をもつキャットに謝ってから続けた。
「だから第二王子か第三王子がベスにはふさわしかった。それくらいなら男子が生まれればその子の子孫が将来王位につく可能性も残る」

 キャットには兄弟がいないが、兄弟の価値に差があるなんて話は他所で聞いたことがない。
 そもそも王族という存在自体が現代の価値観とは相容れないものではあるのだが。

 キャットは、いつか聞いたチップの昔話を思い出していた。
 生まれた時からもののように第一、第二と番号を振られて自分の価値がその数字の大きさに反比例すると思い知らされ、義務と責任を両肩に乗せて育った彼らのことを思う。
 無理だ。
 人並み以上に自由にのびのびと育ったキャットは、彼らに同情はできても理解にまで至らない。
「そういうのってさ」
「人を人とも思わない? 冷血? いいよ、思ったこと言って」
「ううん…………切なかったね」
 キャットの言葉に、エドがいつもと同じ、穏やかな笑みを浮かべた。
「そんなことないよ。ベスはもうすぐ僕と結婚する。弟が欲しかったけど代わりにキャットがいる」
 キャットがエドの肩を拳で殴る真似をして笑った。
「じゃあ後はチップに勝てば完璧だね」
 エドも自分の拳をキャットにぶつけて笑った。
「うん。頑張るよ」
 

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