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行こう、城塞都市! フクロウ騎士

 夜型人間、夜間に活動する人のことをフクロウに喩(たと)えて「夜のフクロウ(ナイトオウル)」と呼ぶ。フクロウ騎士(オウルナイト)というのは明らかにそれを下敷きにしてつけられた名前だろう。
 ではそのフクロウ騎士たちとはどういった存在なのかというと。

「宿屋通り~、宿屋通り~、まもなく出発~」
「城門~、オルチャミベリー正門~」
「西街区~、西街区~」
 大人向けエリアの出入口にある広場は、壁の上部に取り付けられた松明(たいまつ)型の錬金術ランプに照らされ昼間のように明るかった。
 その壁際で、揃いの制服(タイツもお揃い)を着て腰に剣を佩(は)き、長い柄のついた角灯を掲げ節(ふし)をつけて行先を告げているのが彼らフクロウ騎士だ。男性がほとんどだがいくらかは女性も混じっていた。年齢もさまざまだ。彼らが被るヘルムにはフクロウを模したと思われる鋭く黄色い目がふたつ描かれている。 
 彼らに向かい合うように、門の外へ帰る客たちが半円を描いて集まり出発を待っていた。
 その横をすいと通り過ぎた男性が、ローブの中から取り出した自前の灯りをともすと、門番に軽く会釈し門扉の間の暗い隙間を抜けていった。

「みんなにああいう灯りを貸し出すんじゃだめなのかな?」
 キャットの疑問に、チップが答えた。
「その灯りが途中で消えたりしたら、手探りしながら帰るはめになるからじゃないかな。迷子や事故があっても困るだろうし」
「昔サマーキャンプでもはぐれるなって脅されたわ」
 ハーヴェイの感想だけ何か違ったが、三人はフクロウ騎士の仕事内容を何となく理解した。
 その場にいる他の客たちの動きを観察し、行先を告げる騎士の横で何かを書きつけている別の騎士に近寄りキャットは言った。
「宿屋通りまで三人送ってもらえますか?」
「はい、お任せください。宿の名前は?」
「えっ? なんだっけ、Z.O.P.」
 キャットはとっさに宿の名前が出ず、かろうじて覚えていたチップが言った頭文字を口にした。
「ゾシモスオブパノポリスですね」
「そう、それ!」
「俺はなんとかタブレット」
 横からハーヴェイが言い添える。こちらもいい加減な宿名が正しく言い換えられた。
「エメラルドタブレット、了解。では宿屋通り行き出発します。付いてきて」
 高く掲げられた角灯を追うように人々が移動を開始した。

 門を出たところで、彼らはもう一度集められた。フクロウ騎士ふたりがそれぞれに集まった客を数え、間違いがないことを確認する。さっきは周囲が明るくて気付かなかったがヘルムのフクロウの目はただ描かれているのではなく自光式だった。夜道で騎士たちの姿を見失うことはないだろう。
「ここにいる皆さんは宿屋通りまで帰るので間違いありませんか? 宿の名前が分からない人は? 大丈夫ですね、では私が先頭に立ちますので後に続いて下さい。最後尾には彼がつくので置き去りにされる心配はありませんが、途中何かで抜ける方は私か最後尾の彼に一声かけてからにしてください」
 騎士からそう説明され、彼ら一団は移動を始めた。

 キャットの予想とは違い、帰り道は灯りひとつない真の闇ではなかった。映画の上映中程度の弱い光ではあるものの、両脇の壁の低い位置にぽつりぽつりと埋め込まれたライトが滑走路の誘導灯のようにまっすぐ行先を示している。細い横道にはそういった灯りがないのでこれは本当にいざという時の避難経路を示すものなのかもしれない。
 道が交差する場所ではそれぞれ建物の角の高い位置から支柱が突き出し、そこに錬金術ランプがかけられていた。出会い頭の衝突事故は防げそうだ。
 これならもう開き直って街灯を建ててもいいのじゃないかと思わないでもなかったが、電気のないオルチャミベリーではこの灯りは蓄電式か充電式で、メンテナンスが大変なのかもしれない。

 騎士は客たちを先導しながら投げかけられる質問に答えた。
「フクロウ騎士は専任ではなく、門番や日中の巡回なども含めてローテーションで就く警備隊の役目のひとつです。迷惑行為や犯罪の取締りも行います。
 警備隊隊員以外は城塞都市内で武器の所持が認められていないので、武器を持つ仕事をしているのはすべて警備隊です。使ったこと? ええ、ありますよ。
 住まいは城内の寮です。え、そんなことまで答えるんですか? 独身です、二十四歳。後ろの彼は二十八歳……」

 見えにくい凹凸に足をとられないよう、歩みはゆっくりめだ。ゆらゆらと揺れる角灯の灯に照らされて数珠つなぎになった長い影が石畳に落ちるのを、キャットは白黒映画のワンシーンのように眺めた。

 日が落ちたこの都市内では大人向けエリア以外もう外を歩く客はいないものかと思えば、これから夜を楽しもうというのか、店を閉めて自宅へ帰ろうというのか、灯りを持って歩くひとりまたは数人の集団と何度か行き交う。
 巡回中らしい他の騎士も何度か見かけた。遠くからでも目立つフクロウの目には、見守られているという安心感があった。

 十字路にさしかかる手前で、蹄鉄が石畳を踏む音と、何かをこする音が近づいてきた。
「道路清掃車(ロードスイーパー)です。通り過ぎるまで少し待ちましょう」
 騎士の言葉で一行は足を止めた。
 最初に建物の角から馬の鼻面が覗いた。のんびりとした蹄の音に合わせて顔と首、身体も見えてくる。横には手綱を握り歩く馬方もついていた。
 馬が曳(ひ)く、水を撒いて回転するブラシで路面を磨く箱型機械も見えてきた。夜更かしをした時に見かける道路清掃トラックとやっていることは何も変わらない。いや、これは現代の道路清掃車の仕組みをこの時代の技術で再現しているのだろうか?
 立ち止まった集団からの注視にも慌てず急がず、馬と道路清掃車は悠々と通り過ぎていった。
「お待たせしました。足元が濡れているので気を付けて」
 騎士の声がけで、客たちは長いローブの裾を気にして持ち上げたりしながら、カタツムリが這ったような掃除の跡を越えた。キャットも差し出されたチップの手を握った。 

 夜の街を歩く楽しみのひとつ、閉店した店のショウウィンドウを眺めて楽しむことはできないが、店の正面を塞いだ板戸に絵看板のように商売の内容が描いてあるのも面白いし、板戸や鎧戸のすき間、張った革越しに窓からもれだす灯りは人の気配が感じられて心が和む。
「どうした? 疲れたかい?」
 無言になったキャットを心配して、チップが声をかけてきた。
「ううん、静かだけど人の気配がいっぱいするなあって思ってた」
「自然がこっちを見てる感じは全然しないよね」
 奇妙な言い回しだが、チップの言いたいことをキャットは理解した。
 チップが言う感じを同じ場所で味わったから当然――と思いかけて考え直す。
 キャットは厳密な意味で無人島にひとりきりだったことはない。チップという先住者がいたからだ。
 不意に言葉になりきらない感情がいくつも湧き上がって、キャットは無言で恋人とつないだ手に力を込めた。

 一行は宿屋通りに着いた。ここの通りはまだ開いている店もあり、灯りを手にそぞろ歩く滞在客の姿も見られた。
「ゾシモスオブパノポリス」
「はい、ふたり抜けます」
「じゃあハーヴェイ、また明日」
「おやすみ」
 去っていく集団に手を振り、チップは宿の扉を開けた。

「おかえり。ホーエンヘイム工房から届け物がある」
 宿の主人がふたりの顔を見て言った。
「飲用ポーションだ!」
 キャットが期待の声を上げた。
 宿の主人が部屋の鍵と錬金術ランプと一緒に、ロドメールの壺がふたつ入った木箱をこちらに差し出した。
「ありがとうございます」
「食堂は明日最初の鐘で開くが、それより前に食べたければ冷たい朝食が出せる」
 キャットがチップを振り向いてどうするか目顔で訊いた。
「いえ、結構です。他にどこかから伝言は?」
 チップの質問に宿の主人は首を横に振って答えに代えた。
 これも不愛想な宿の主人のロールプレイなのだろうが、ホテルマンとしてホスピタリティに欠ける応対を続けることに抵抗はないのだろうか。キャットはほんの少し疑問に思ってから、ホスピタリティなんていうのも近代の発想なんだろうなあと自分の考えを改めた。

 キャットが木箱を、チップはランプと鍵を持って部屋に向かった。
「ロドメールすぐ飲んでみる?」
「寝る前の方がいいんじゃないかな」
「すごく長い一日だね、今日」
「明日もそうだといいね」
 部屋の前でふたりは顔を見合わせて微笑んだ。

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