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行こう、城塞都市! ブレインとブローン

 算術師見習いジョブについたばかりの三人、クロエ、カラム、ルーカスはイベント屋台の目の前に立ったまま与えられた問題用紙をめくって眺めていた。

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問題1320
ある日の貴人と従者の100人分の夕飯にかかった費用はちょうど100リーブラだった。クジャクのローストは一皿5リーブラ、チキンは4リーブラ、豆のスープは1/4リーブラ。皿数の内訳を出せ
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「これはずいぶんと古典的な問題を」
「お付きの人は豆スープしか食べられないの? 中世厳しい」
「クジャクが出るレストランあるらしいよ」

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問題70
8杯分のワインが入ったカラフェと、5杯と3杯分の空のカラフェがある。どれかひとつの器にちょうど4杯分のワインを入れる最短の移動回数
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「超簡単」
「解き方知ってるからな」
「この調子だと十問すぐ解けるんじゃない?」
「いや、ハーヴェイが難易度調整したっていうからク……っんん……」
「子供の前で悪い言葉使わないの」
「……失礼、難問も入っているのではないかな」
「話し方変だよ」

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問題4018
鐘楼の高さは伝令所の屋根に掲げられた杖ケーリュケイオンの長さの何倍か
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「えー仰角と三角法?」
「けど移動しないと無理だなこれ」
「他の問題は?」
「これとこれも移動しないと駄目なやつ」
「行くか」 

 うるさい身内集団がやっと移動したので、企画のブレインたちはロールプレイングのすまし顔をゆるませた。
「RTA(リアルタイムアタック)かと思ったよ」
「もうちょっと実践問題を増やさないと、やつら広場で座り込んで十問解いて持ってくるって言った通りだろ?」
「でも飛び込みで参加する普通の人が一問も解けないのもつまらないだろう」
「どう思う、アダム。街中の移動が多いやつもっと増やすか?」
 頭の上で交わされる会話を聞いていたアダムは急に意見を聞かれてびくっとした。
「え! ええと、人が少ない場所とか使えば多分もっとできると思う」
「紙と鉛筆だけで解けない見習いには現地でヒントか得られるようにして、オリエンテーリング形式のイベントにもできそうだね。集客したい店に協力してもらったり。数学だけがやりたい奴は勝手にRTAでもすればいいんだし」
「『ケーニヒスベルクの橋』とかどうよ」
「オイラーはまだ生まれてないよ」
「一筆書き問題自体はもっと前からあるからいいだろ。地球の大きさを測るのとかもやらせたいけど、全部やるには時間が足りないんだよなあ」
「それこそ一日でできなくても――
 知を磨く修行をうける者たちよ。ひとりずつ謝礼金と身分証をこちらへ」
 チップが会話の途中でこちらに向かってくる見習い志望に気付き、声を張った。
 やってきたのは少年と父親のふたり連れだ。
「息子がやってみたいと言っているのですが、難易度はどれくらいですか?」
 父親はチップに尋ねた。が、チップは答えのかわりに見習い少年とじっと見つめ合うアダムを見下ろした。
 少年から目をそらさずにアダムが尋ねた。
「何年?」
「六年」
「子供向けと大人向けの問題、どっちがいい?」
 見習い少年は一瞬も迷わなかった。
「大人向け」
 算術師アダムがくるりと振り返り、ハーヴェイを見上げた。
 ハーヴェイは問題の束を両手にひとつずつ持って差し出し、アダムは片方の束を選んだ。
「問題と解答用紙を渡します。解けたらここへ持ってきてください」
「全問正解で修了証となる算術師バッジを授けよう」
 問題用紙を見下ろす少年がうっすらと微笑んだのを見て、数学マスクの三人もまた我知らず微笑みを浮かべていた。

 アダムの心に、イベントを提案したハーヴェイの言葉が甦った。
「要するに、アダムが集めた問題をすげーって思えて、昔の数学者と同じ条件で遊びたいって奴だけで遊ぼうぜって話。
 その日たまたま普段は隠れてる数学好きが来て依頼をみつけて、仲間になりたいって言うんだったら歓迎するけどさ、冷やかしとかテンション下げる奴は混ぜたくないじゃん」

 ハーヴェイが言うとおりだった。できない嫌いつまらないと騒ぐ数学嫌いの冷やかしに用はない。謝礼金を払って自分の力を試したいという意欲のある見習いが、このイベントを見つけてくれた。

 アダムは当初、地元で数学イベントが開催できるというそれだけで大興奮し、こつこつと書き貯めた問題を無料で放出するつもりでいた。
 それに対して「問題用紙をタダで配って雑に扱われたら超ムカつく」と反対したのはハーヴェイだ。「利益を出すことが目的ではないが、収支を明確にすることで二回目三回目の企画が立てやすくなる」とハーヴェイの意見を支持したのはチップだ。
 このオルチャミベリーでアダムの保護者となる兄のオスカーは当初、ハーヴェイは中学生のアダムから利益をむしり取ろうとする悪い大人なのではないかと警戒していた。しかしハーヴェイと直接会話をし、その心配が取り越し苦労だったと気付いたらしい。
 なぜ有料イベントとして開催するかを、カジュアルな言葉でわかりやすく語ったハーヴェイを、弟を可能性の先に導く大人としてではなく一緒に騒ぐ友人として兄は認めてくれた。(その打合せの帰りに、アダムが「ハーヴェイの話に何度か登場したサークルメンバーのチップというのは、メルシエのチャールズ王子と同一人物だ」と教えるとオスカーは絶句していた)

 あの時ハーヴェイの提案を受け入れて良かった。
 アダムの目の前にいるのは、自分と同じ数学好きの少年だ。
 今日初めて実在が証明された仲間だ。自分よりも幼い。
 問題用紙に視線を落としたまま父親に連れられていく少年の背中を見つめ、アダムは小さく息を吐いた。

* * *

 さて、広場でこのイベントを企画した脳(ブレイン)たちが見習い志望者を受け入れ、待ち受けている間に、イベントを支える筋肉(ブローン)たちの方も忙しくなってきた。
 彼ら──キャット、オスカー、それにサラの三人は城壁の外にある緑地にいた。こちらも受付テントと同じプラトンの立体が刺さった目印の竿を立て、算術師見習いを待ち構えていた。オスカーとサラはそれぞれの相棒も一緒だ。

 そこへまずやってきたのはクロエ、カラム、ルーカスの三人だった。
 ルーカスが口を切った。
「ブローンて君たち? 誰に手伝いをお願いすればいいのかな?」
 誰が答えるか一瞬ためらった三人だが、オスカーが代表で答えた。
「何番を解くんだ?」
「1124番」

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問題1124
ロープで囲まれた三日月形の土地と同じ広さの正方形の一辺はドルイドロープの結び目何個分か
※ブローンの助けが借りられます
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 それを聞いた三人のブローンは手持ちのリストを確認し、最初に顔を上げたサラが元気良く尋ねた。
「問題の三日月形の場所まで移動するけど、全員行く?」
「あ、どうしよう。分かれてやる?」
 見習いたちで相談し、ルーカスが頷いた。
「たぶんひとりで大丈夫」
「じゃあ馬で行きましょう」
「えっ?」
「ヘルメットとこのベストを身に着けて、後ろに乗って。ゆっくり歩かせるから心配しないで」
「ええええっ!」
 ルーカスはサラにスノウのところまでひっぱられていった。

 残されたふたりの内のカラムが、手にした問題用紙の番号を言った。
「俺は25番」

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問題25
恋人たちの間に結ばれた三本のロープのもつれを直して、ふたりを仲直りさせよう。ただしふたりは常に互いの姿が見える状態でなくてはいけない
※ブローンの助けが借りられます
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 カラムに向かってオスカーが言った。
「25番は僕がお連れします。馬で行きますか?」
「歩いてでもいいかな!!」
 名前が『ハト』なのに高いところが苦手とからかわれるカラムが必死の形相でオスカーに訴えた。
「いいですよ。足元、たまにフンが落ちてるので気を付けてくださいね」
 さらっとカラムに別の不安を与えながら、オスカーがカラムを恋人たち(の絵が描かれた丸太)のところへ先導した。

 残ったクロエとキャットが顔を見合わせてにこりとした。クロエが小さな声で言う。
「721番です」
「どこでやります? ここでもいいですよ」

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問題721
ブローンが持つドルイドロープで最大の土地を囲め
※ブローンの助けが借りられます
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 721番の解答には十三個の結び目が作られたドルイドロープが必要だ。
 これが何故ドルイドロープと呼ばれるのかはキャットには分からないのだが、チップによれば等分の結び目の三個目と七個目を角にして三角形を作ることで直角を出し、測量や建築に使われていたという。
 キャットは用意したドルイドロープをクロエに差し出した。
 クロエが少し恥ずかしそうに言った。
「この答えってブローンさんも知ってるの?」
「はい。ブローン問題はブローンが判定役になるので」
 クロエがますます恥ずかしそうな顔になった。
 が、周囲に人がいない今がチャンスだと思ったのだろう。ロープを地面の上で輪にしてその中に立ち、宣言した。

「私が立つ場所を外側と定義します」
※気になる方のための解答まとめ https://pisforpagelog.blog.fc2.com/blog-entry-955.html

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